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下ネタには気をつけろ!

僕はマジックが好きである。今はマジックとはまったく関係ないサラリーマンだが、元々はプロマジシャンとして活動していたこともある。そして、今でも大切な趣味である。

マジックサークルに顔を出しマジックについて語り合ったり、アマチュアながら自分のマジックショーを定期的に開催したり、レストランと契約しお客様にマジックを見せたりといった活動をほそぼそと続けている。

ところで、マジックと言うと「子供が喜びそう」などとよく言われるのだが、これは大いなる誤解である。

マジックは人工的な不思議体験を提供するエンターテイメントだが、この不思議とは観客の常識を裏切り知性に働きかける事により生まれるものである。だから、観客には一定の知性が必要であり、大人には大変不思議なマジックも常識を身につける前の小さな子供にはまったく通用しないことも多い。

マジックの演目によっては5歳以下の子供にもウケるものもあるが、定番のトランプマジックなどはそもそもトランプの性質を理解しているという前提が必要となるので、ほとんどの子供がきちんと理解できるようになってくるのは10歳くらいからである。さらに、ほとんどすべてのマジックを特別な配慮をせずに大人と同じように見せることができるようになるのは高校生くらいからだろう。

そのようなわけで、マジックというのは元来大人向きの知的エンターテイメントなのである。そのため、テレビなどでなく生でマジックを見られる場所というとマジックバーのようなお酒が出る場所、つまり大人向けのお店が多いのである。

さて、世の中には様々な人がいるが、こうした大人のお酒の席ではいわゆる下ネタを好む人も多い。「う◯こ!う◯こ!」みたいな子供の下ネタではない大人の下ネタである。マジックにも下ネタをテーマにした演目があり、個人的にはあまり好みではないのだが、TPOさえ外さなければ比較的カンタンにウケをとることができ、好んで演じるマジシャンは多い。

もう10年以上前になるが、テレビでマジックが流行っており、バラエティ番組にマジシャンが出ずっぱりだった時期があった。その頃、あるマジシャンの方が女性アイドル相手にこのようなマジックを演じているのを見た。

スポンジでできたボールを手でちぎるとちぎったどちらもがきれいな丸いボールになる。つまりボールが分裂して2つに増えたということだ。1つをポケットにしまい、もう1つをちぎるとまた2つに増える。これを何度か繰り返す。ポケットにはたくさんのスポンジのボールが入っているはずである。ここで女性アイドルに手を出してもらい、ポケットの中のスポンジのボールを取り出しまとめて握ってもらう。マジシャンは「何個でしょう?」とたずねる。

テレビを見ていた僕は嫌な予感がする。予感は的中した。「えー、8個くらい?」と言いながら手を開いた女性アイドルの手のひらの上には「ち◯こ」が乗っていたのである。すかさずMCがツッコミを入れて場を盛り上げたからなんとか空気が持ったが、ゴールデンタイムだというのになんということをやるのだと思ったものだ。

そのようなわけで、下ネタというのは成功すればウケるが取り扱いの難しい危険なものなのである。かくいう僕自信も下ネタで盛大に失敗したことがあるのだ。

定期的に参加していたマジックサークルの交流会で、いつものメンバーとマジック談義をしていたときのことだ。その中に、いつもクールなスーツ姿でいかにも好青年という感じの若手マジシャンがいた。ここでは彼のことを仮にKと呼ぶことにしよう。

Kは時々オリジナルのマジック用の小道具を作っては交流会で仲間たちに披露していたのだが、このときもご自慢のアイテムを持ってきていた。「見てください!コレ!なかなかよくできているでしょう?」そういうKの手のひらには、ビニールの小さなパックが乗っていた。

手のひらにちょこんと乗る小さなビニールのパックの中に丸いものが入っているのが見える。大人なら一目見ればなにかわかるアレだ。いわゆるコンドーム、通称「ゴム」というやつである。

「ゴムを使ったマジックですよ。ゴム!え?ゴムってなんだと思っているんですか?」Kは見た目は好青年なのだが、話し始めると変にいやらしくなるのだ。

もちろん、Kが避妊具を見せびらかして喜んでいる訳はない。さっとパックを開けると中から少し小さめのサイズの輪ゴムが2本出てきた。なるほど、丸い膨らみはコンドームではなく輪ゴムだったのだ。

「どうですか?ゴムを使ったマジックをやります!とか言ってこれを出せばウケますよ。輪ゴムを使うマジックはたくさんありますからね。キタニさんも1つどうぞ」

僕はこういう下ネタは好まないので、「僕はいいよ」と一旦は断ったのだが、繰り返しどうぞどうぞと言われると強く断るのも悪いと思い1つもらうことにした。そして、深く考えることなく財布の小銭入れの中にしまった。普段からちょっとしたマジック道具を入れておく習慣があったのだ。

これが僕の失敗のはじまりだった。

冒頭にも書いたとおり、僕はサラリーマンである。午前9時から午後6時まで、都内のオフィスでデスクに向かう。まぁ、実際にはこんなに時間通りにはいかないが、とりあえず一般的なオフィスワーカーのはずだ。

毎日午前中の仕事が終わると1時間の昼休みのあと午後の仕事をはじめる。昼休みは皆様々な過ごし方をしているが、僕はオフィスと同じビルに入っているコンビニで弁当を買ってサッと食べ、残り時間は昼寝をして過ごすことが多かった。

その日もコンビニで弁当を買おうとしていた。レジにはすっかり顔なじみになった若い女性の店員が立っている。あくまで店員と客なので個人的な付き合いはないが「午後も頑張ってくださいね!」などと声をかけてくれるのが少し楽しみだったりするのである。

「560円です」と店員さんが元気な声で言う。それに応えるべく僕は財布の中の小銭を探った。

その時である――

小銭入れからポロッと落ちたのだ。レジのカウンターの上に、あのゴムの入ったパックが――

店員さんの表情がこわばるのがわかる。それはそうだろう、当時、と言ってもせいぜい3,4年前の話だからすでに30代半ばのいい年したオジサンが財布の小銭入れに「ゴムの入ったパック」などを入れ、あまつさえ若い女性にそれを見せつけているのである。

これは、僕からすれば不幸な事故だが、店員さんからすれば恐ろしい事件である。身の危険を感じてもおかしくない。

僕はなるべく何事もなかったかのように、落ちたパックを素早くポケットにしまい、改めて560円を取り出すとカウンターにおいた。

「ちょ、ちょうどですね」店員さんの声が少し震えた気がした。とにかくお代は払った。僕は消え入るような声で「どうも」と一言絞り出すとカウンターに置かれた弁当をひったくるようにして急いでコンビニをあとにしたのだった。

下ネタは時として非常に爆発力のある笑いを生むことがある。しかし、常に危険と隣り合わせだ。僕は声を大にして言いたい。

「下ネタには気をつけろ!」

本日の結論は以上です。

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