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米国LL.M.留学後の研修 (OPT) (1/2)

はじめに

私は、日本で弁護士資格を取得した者ですが、2023年夏から1年間、米国テキサス大学のLL.M.に留学しました。今回は、留学後の研修(いわゆるOPT)が決まるまでの個人的な体験談について書こうと思います。

日本法弁護士が留学後たどるルート

F-1ビザを取得して米国留学する場合、卒業後にOPT (Optional Practical Training)を利用して米国内で就労することが認められています。

毎年多数の日本法弁護士が米国内のロースクール(LL.M.)に留学しますが、そのうちの相当数が、大学院修了後にいずれかの州の司法試験(Bar Exam)を受験し、その後、米国のいずれかの都市で、米系のローファーム等にて研修を積み、翌年夏に日本に帰国するというルートをたどります。この研修は、当業界では「2年目の研修」とも呼ばれたりしています。この研修を実現するためには、米国で適法に就労するための根拠が必要になりますが、それがOPTです。歴史的な経緯はわかりませんが、OPTという制度があるからこそ、「2年目の研修」という文化が生まれたのかもしれません。[1]

具体的な研修先を選定するプロセスは千差万別ですが、日本法弁護士がLL.M.に留学する場合、日本国内の法律事務所に在籍しつつそのスポンサーシップを受けて渡米することが多いため、所属事務所が、既に関係性のある米系ローファームに打診してポジションをアレンジするのが通例であるように思います。

私の体験談

本記事は、私が卒業後の研修先を探し出す過程を記録したものです。概ね時系列に沿って書いていきます。長くなりそうなので、複数回に分けます。

「日本法弁護士による留学→研修」という事例が既に数多く存在する中での私の体験談の特徴は、

  • 当初は通例に従って所属事務所にアレンジをお願いしていたものの、

  • 現地に来てからネットワーキングを進めるに連れて、自分で探し出したいという情熱が芽生え、

  • 諸々困難はあったが、所属事務所と二人三脚で取り組み、最終的には、自身の希望に沿う形で研修先を確保することができた、

という点にあるかと思います。

今後私と同様のアプローチを検討する方がいらっしゃったら、本記事が参考になりましたら幸いです。

【注】本記事では、OPTを含むビザ関連についても必要に応じて言及していますが、米国の移民法制は大変複雑なので、最新のルールを確認されることをお勧めします。


渡米前からテキサスで研修したいと思っていた(2023.1~9)

留学先をテキサス大学に決めたのが、渡米する年(2023年)の1月だったのですが、その時点で、所属事務所との間で卒業後の研修先について初期的な会話を始めました。この時点では、通例に従い、所属事務所にアレンジをお願いする以外の選択肢は特に考えていませんでした。

その際、是非ともテキサスで研修したいという希望を伝えました。この時点では、そもそもテキサスに行ったことすらないわけですが、せっかく1年間テキサスの大学に通うのだからとことんその地域に根を張ってみたいと思ったためです。関連して、卒業後に受験する司法試験もテキサス州にすることを留学前から決めていました。日本法弁護士のマジョリティは、ニューヨーク州かカリフォルニア州だと思いますが、研修先をテキサスにするのであれば、テキサス州の資格があった方がいいと考えたためです。

私の意向を汲む形で、所属事務所はコンタクトを開始してくれました。その結果、渡米前の時点で、テキサスを本拠地とする某ローファーム(以下「XYZ LLP」と言います。)が浮上し、今後は同ファームをメインのターゲットにすることになります。

テキサスに住み始めてから研修先探しを再開(2023.9~11)

テキサスでのネットワークを開始

2023年8月にテキサスに引っ越してきましたが、そこからしばらくは授業やら日常生活やらに慣れるための期間が続きます。9月下旬頃にようやく少し落ち着いてきたので、翌年に控える研修についても改めて考え始めました。といっても、この時点では完全に所属事務所に任せっきりだったので、できることは、せいぜい事務所に進捗状況を聞くことくらいでした。聞いたところでは、XYZ LLPでの研修については、まだ時間がかかるようであり、気長に待つほかなさそうでした。

他方で、この頃には、私自身も大学等を通じてネットワーキングを進めており(具体的には、JD向けのリクルーティング・イベントに紛れ込んで話を聞くなど)、テキサス所在のローファームとの接点も生まれていました。現地でのコンタクトが増えていくにつれ、卒業後もテキサスに残りたいという気持ちが一層強くなります。また、所属事務所によるアレンジに時間がかかるのであれば、すでに現地入りしているメリットを活かして自分の足で探す方が早い気もし、それはそれで面白いかもしれないという気持ちも芽生えました。

事務所との間での役割分担を確立

以上の状況を踏まえて、私の方でも、当地のローファームに初期的なコンタクトを開始しました。まずは、あくまで一般論として研修の可能性がないか聞く程度ですが。ただ、この場合においても、所属事務所側の動きとハレーションが起きないように、連携を密にすることが重要でした。コンタクト先によっては、事務所側であえて打診タイミングを見計らっている場合もあり、そこに私が独自にコンタクトしてしまうと混乱が生じるとのことです。そのため、私の方から本格的な打診をする場合には、事前に事務所から承認を得ること、という約束事が出来上がりました。自分のイニシアチブで動きづらいのがある種ストレスではありましたが、事務所の方でアレンジしてもらうルートも塞ぎたくはなかったので、やむを得ないところです。

なお、事務所ルートで模索中だったXYZ LLPについても、この時期に自分の個人的なチャンネルを確立しました。これは、テキサス大学の関連団体が提供しているメンターシップ・プログラムに参加したところ、そこでマッチしたメンターがたまたまXYZ LLPのシニア・アソシエイトだったという偶然によるものです。この方を通じて、XYZ LLPの内部に探りを入れていくこともできそうであり、実際、XYZ LLPでの研修を目指して折衝中である旨も認識してもらっていました。ただ、このルートについても、事務所との協議の結果、あまりアグレッシブにはいかないようにしようということになります。本筋はあくまで事務所を通じた交渉であり、フォローを入れられそうなタイミングがあったら入れてみるという状況が続きます(例えば、大学の交渉コンペで受賞をした際、レジュメをアップデートしたいという体で連絡を入れるなど)。メンターシップについては、月一で面談をしてもらっていたのですが、その都度、テキサスのリーガルマーケットの実情を踏まえてどの辺を重点的に開拓するのが良さそうかなど、ジェネラルな形でアドバイスをもらうことができ、大変心強かったです。

プランAが本格的にスタックしたので、プランBを練る(2023.11)

XYZ LLPの状況

XYZ LLPの返事待ちという状況が1ヶ月続いたのですが、一向に具体的な動きが見えず、プランAは本格的にスタックの様相を呈してきました。所属事務所からも、雰囲気的にXYZでの研修は難しく、他にテキサス所在のローファームで具体的な研修先がにわかに思い浮かぶわけでもないことから、その他の地域にも視野を広げて考える必要性がある、と伝えられました。

そこで、当方の意向の再確認も含め、所属事務所との間で一回プランBを検討するための話し合いが持たれます。そこでもあくまでテキサスに残りたいという私の希望を伝えましたが、これを前提にすると、米系ローファームは難しく、むしろ所属事務所から見た取引先(クライアント)の米国法人・支店をターゲットにしてみることも考えられるのではないか、というアイディアが提示されます。

インハウスになることについて

元々米系ローファームでの研修を念頭に置いていたので、この提案はやや寝耳に水ではありましたが、実際、日本法弁護士がクライアントの海外拠点で研修するという事例は相当数存在するように思います。

また、一般に、インハウス・ローヤーとして案件に関わることはプロジェクトに近い位置で全体感を持つことができるというアドバンテージもあります。仮にアメリカのローファームで研修したとして、具体的プロジェクトやそれを構成する個々のプロダクト(契約書等)にどれだけ深く関与できるかは未知数であり(周りが全員英語ネイティブまたはそれに相当する語学力の持ち主であるという中で、本当に責任ある仕事を任せてもらえるのか?)、という疑問は絶えずあり、クライアント側に身を置く方が実質的な研修になるのでは、という予感もありました。

加えて、私は、弁護士として駆け出しの頃にインハウスとして勤務した経験があるのですが、その後プライベートプラクティスを数年経験した今、インハウスの立場に戻ってみることは、当時と比較したときの己の成長を実感できて面白いかもと思いました。

以上の観点を踏まえ、上記打ち合わせ以後は、米系ローファームに加えて、日系クライアントも打診先としていくことになります。ただ、日系クライアントのルートは、現地にいるという地の利を生かすというよりは、東京側で当たってもらった方が早そうにも思えたので、主に事務所側でハンドルしてもらうことになります。

ローファームに書類を送る準備

他方、私の方では、足元のネットワーキングを進めつつ、テキサスで研修できそうなローファームに片っ端から書類を送るという地道な作業に着手しました。カバーレターやレジュメなどの書類については、大学のキャリアサービスに添削指導してもらいました。送る先については、闇雲に送るというわけではなく、NALPというローファームの求人ディレクトリー(https://www.nalpdirectory.com/)を使ってある程度絞りました。

検索条件としては、①Texasに拠点あり、②比較的大きい(=Globalなディールをやってそう)、③LL.M.を採用することを明言している、④私の専門(Banking、Energy)に近いプラクティスグループあり、といったあたりです。ただ、後述のとおり、状況がまた一転したので、この時点では作った書類を実際に送ることはありませんでした。

プランBが早速功を奏したが、一転して、選択を迫られる(2023.11)

プランBが功を奏する

所属事務所ルートで当たってもらっていた、クライアントの米国拠点については、早速動きがあり1社前向きに検討していただけるようでした(以下「A社」と言います。)。これは朗報です。

しかし、同時に、完全に動きが止まっていたXYZ LLPからも久しぶりにコンタクトがあり、研修の実現に向けて私のインタビューをすることになりました。こうしたXYZの動きをどう評価するかですが、通常の就職活動であればインタビューからが本番という感じもしますが、本件アレンジについては、事務所間の関係性構築のために弁護士を研修に送り出すという大きな枠組みがまずあり、しかも対象となる弁護士はバイネームで決まっていることから、敢えてインタビューの機会を設定するということは、受け入れに向けた内部的な整理は既に済んでおり、よほどの事故がインタビューで起きなければポジションは硬いのではないか、という感触でした。所属事務所も同じ意見だったのではないかと思います。

どっちにするのか?

そうすると、元々研修先を探し出すのに難儀するという状況だったのが一転して、いずれのポジションも決まりそうになったらどっちにするのか?という問題が発生します。

ただ、この時点での選択肢2つについては、いずれも自分が見つけてきたものではなかったため、情報量が乏しく決め手に欠くということで、改めて所属事務所との間で打ち合わせをお願いしました。直接のコンタクトを担当してもらっていた弁護士から生の感触を聞くのが目的です。また、過去の同種事例も踏まえて、今後のキャリア的にどっちを選ぶのが良さそうか、率直な助言をもらいたかったというのもあります。

この打ち合わせに先立って、自分の中でPros/Consを整理しました。以下の整理において前提としている理解が果たして正しいものかどうか、また、他に検討すべき点はないか、がディスカッションのポイントです。

  • ローファームの方が実際に手を動かしてスキルアップできるというイメージはあった。また、ローファームの中でも、とりわけ日本人弁護士の受入実績がないところ(XYZ LLPはその例)であれば、人間関係・クライアント関係など、諸々開拓する楽しさはありそう。あと、必然的に米国弁護士に囲まれて働くことになるので、英語能力は上がりそう。

  • 他方で、ビジネスサイドで外部のファームをハンドルするポジションの方が、全体が見えるという意味で、これまでとは違うスキルセットが得られるというアドバンテージはありそう。昔インハウスを少しかじっていたが、経験を積んだ今、改めてインハウスをしてみるというのは、いいチャレンジのように聞こえる。他方で、外国拠点とはいえ、事務所の既存クライアント(A社)にお世話になる形ではあるので、新たに開拓するという楽しさはあるのか?また、チームメンバー次第では、日頃のコミュニケーションは結局日本語になってしまうのではないか?

なお、本質的には、研修なんてのは行ってみないとわからないので、事前に研修の成果を予測するのは難しいという問題はあります。普通の就職活動であれば、「悩んでいるのでもう少し実情を教えてほしい」という形で、それぞれの就職先候補から話を聞き出していくことも可能かと思いますが、今回のアレンジについてはいずれのオプションも「お願いしている」という立場なので、そのような進め方も難しそうでした。

せっかくなので両方でどうか?

以上を踏まえて所属事務所との間で話してみたのですが、結局行ってみないとよくわからんよねという認識が再確認されただけです。そうであれば、「いっそのことOPT期間1年間を2分割して、それぞれで6ヶ月研修するのはどうか?」と提案してみましたところ、所属事務所としても、その点は違和感なかったらしく、ここからはその方向性で調整してもらうことになります。

他方で、私自身もネットワーキングを地道に続けつつ、ローファームに書類を送る準備を進めていたのですが、以上のとおり前向きな研修先が2つ突如出てきたため、自分の作業は一旦停止することにしました(期末試験の準備やら、ラテン・アメリカ旅行の計画やらで忙しかったこともあり。)。

今振り返ると、この判断が「悪手」だったということになりますが・・・。詳しくは次回書きます。


[1] なお、研修を実現するには、必ずしもOPTに限られるものではなく、本格的な就労ビザを取得するなど、他の選択肢もあり、実際にOPT以外で「2年目の研修」を実現した例もあると聞いています。ただ、OPT以外を利用する場合、研修先(就労先)の事務手間が増すので、研修先との力関係上、OPTを使う事例がほとんどではないかというのが私の印象です。言い換えると、OPTという負担感のない制度があるからこそ、米国内の研修先も、留学直後の日本法弁護士の受け入れに応じやすくなる、という関係がありそうです。


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