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01. The Nightmare Continues

えっと、あの、やっぱり、今日も教室に一人で残っている、出席番号十三番、芹沢美沙、身長は百六十三センチ、体重は推定四十三キロでついでにバストC、ぼ、ぼくの念密で緻密な調査はほぼ完璧なはずで間違いはあるかもしれないし、ないかもしれないけど、結局のところそんなことはどうでも良くて、とにかく、そんでさ、えっと、性格は良好、成績は超がつくほど優秀で、スポーツは、とりあえず体操服がよく似合う! ということぐらいだろうか、そしてなんといっても、って本人に直接いっていいのかどうなのか、わからないけれど、いつも左眼にしている黒い眼帯がさ、めちゃくちゃキュートで可愛いんだよ! なんだか、小学生の時に、悲惨な事件に巻き込まれてさ、なにかの拍子でさ、自分の左眼をなくしてしまったらしい? という噂話をなんとかクラスのリア充どもがこっそり話しているのを立ち聞きしただけど、ま、そんな話はともかくさ、芹沢さんのアイデンティティーって感じでさ、ぼくは本当にたまらなくかわいいなって思ってしまう、本人はもしかしたら気にしているかもしれないけれど、ってほら、ぼくだってさ、体重がとうとう先月で九十キロを超えて、まあ、そういう問題ではないのか。

それでさ、芹沢さんは、いつもだいたい一人でいるんだ。

別にクラスの女の子たちとうまくいってないって訳じゃ無いと思う。

きさくに冗談を言い合ったり、お弁当を一緒に食べたりして笑顔を浮かべているところだって、ちゃんといつもぼくは見ている、って何をいっているんだろ、ぼ、ぼくは。

だけどさ、ぼくが気付いた時にはさ、必ず彼女は一人でぽつんとまるでね、まわりから誰も見つけることが出来ずに、だれも発見できない未確認生物のように、教室や放課後の校庭や昼休みの屋上や、帰り道にさ、必ず彼女は、ぽつんと一人でその場から切り離されちゃったみたいに、浮かんでいるんだ。

そして、そういう芹沢さんを見つけるたびにさ、ぼくはじっと彼女に話し掛けるタイミングを伺って、こうやって、今、しているように、彼女が教室の右から二列目、前から二番目の席で、誰かをまるで待っているみたいに、じっとなにかの本を読んでいるのを、教室の前の扉をほんのちょっとだけ開けて、ぜったいに、彼女には気付かれないようにして、ぼくは右眼をそっと教室の木製の扉に近づけて、なんとか彼女に話し掛ける口実が見つからないだろうかって、この夏休み前のどうにもならない暑さの中で汗をびっしょりかいて、白いワイシャツをぐっしょりと濡らして、彼女のことを見つめている。

も、し、こんなところをリア充どもに見つけられでもしたら、どんな仕打ちを受けるかどうかだってわからないけれど、どうしてもこの行為がやめられないんだ、どうしたって、彼女がゆっくりと放課後の太陽の陽射しに当てられて、椅子に座って読書をしている姿から目を離せなくなってしまう。

ほんとうに気持ちの悪いブタ野郎だってたまに自分で自分を責めたくなってしまうけれど、そんなことは本当にどうでもいい、あのさ、芹沢さんに、勇気をだして話し掛けるってことが、ぼくの運命を変えてくれる、そんなことをぼくは心の底から信じているんだよ、きっと。

まぁ、そうはいっても、勇気を出すって行為はとても難しい。

RPGにでてくる勇者でもあるまいし、異世界モノファンタジーで大活躍のチート系魔術師ってやつでもぼくは、うーんと、たぶんないからさ、その、目の前にいつもどおりある扉のドアノブにさ、ぼくは手をかけられないんだよ、って教室の扉には、そもそもドアノブ自体がついてないんだけどね。

だからさ、今日もなんとなく、鞄をさっと肩にかついじゃってさ、さっさと誰にもみつからないように、学校を出て、家までの道のりをとぼとぼ歩いて帰るんだ。

公園をまっすぐ通り抜けて、なんだか怪しげで気味の悪いおばあさんが一人でやっている駄菓子屋にとりあえず寄ってみて馬鹿みたいに甲高い声で騒いでいる小学生の小煩いガキ供を、──じゃまだ、じゃま! ──とわめき散らしながらまるで芹沢さんに話しかけられなかった鬱憤を晴らすようにして、ブルーと紺の学校指定鞄を振り回し、中に入ったら、まずははじっこにあるインベーダーゲームでいつものとおり高得点を出して、やっぱり記録更新しちゃうぼくの凄腕に思う存分鼻を伸ばして、とりあえずすっきりしちゃったら、きなこ棒とキャベツ太郎とヤングドーナツをいつも通り選んでさ、迷わずアイス用ボックスに向かってホームランバーを買う、なぜかにっこり笑ったまま表情を崩さず遠くのほうをみてただ座っているおばあさんのところをいって木製のカウンターに財布の中から取り出した二百円を置く。

三十円のお釣りをもらったら、ブタメンを買おうかどうか迷ったあげく、あれほど汗をかいてカロリーを消費してもいっこうに体重が減っていないのだから、これでは、もし、もしもだよ、芹沢さんと一緒に梅ジャムとえびセンを買う機会なんかがあったりなんかしちゃったらさ、確実に、この狭い通路をうまく通ることが出来なくて、うっかり戦艦大和と安土城のいつ仕入れたのかわからないプラモデルをひっくり返して慌てふためいて芹沢さんの機嫌を損ねることになっちゃうかもしれないな、と一瞬でさ、そんなところまで計算して、実はもうお財布の中にはさっきの三十円しか残っていないことにも気付いてしまって、泣く泣くブタメンを諦めてまたガキ供をかき分けて駄菓子屋を後にすると、すぐにホームランバーの包み紙をさっと開け、ぽいっと口の中にアイスの先を放り込む。

あー、もう、なんかいろいろと、どうでもいいなーホームランバーはとても甘くってさ、口の中で熱くなりすぎた気持ちごと冷やしてくれるんだよ、こんなことならうじうじ悩んでるなんて馬鹿らしいやーってとりあえずのバスの停留所に向かうとさ、うん、そう、あのさ、神さまっていうのはさ、ほんとうにいるのかもしれない! って、そんなことをついうっかり考えてしまいそうになるぐらい衝撃的な姿が目に入る。

うん、少し大げさ。

停留所には、さっきまで教室で本を読んでいたはずの芹沢さんがやっぱりなにかの本を読みながら、えっと、たぶんね、ぼくとおんなじバスに乗ろうと、停留所の前に立っている。

ぼくのお願いごとがさ、届いてしまったのだろうかと思わず、空を見上げて、太陽の光を思い切り全身に浴びて天を仰いでしまう。

これは、確実に話し掛けるべきタイミングなんだよな!ぜったいに! 一生に一度のチャンスで一生分の運をぼくは使い切っているところ、なんだと思う、そう、だからそのままぼくは全身全霊で芹沢さんに声をかける。

「えっと、ホームランバー食べる?」

ぼくの全力のフルスイング。

そして空振り三振、ゲームセット。

「え、いらないです」

ぼくの青春は、この瞬間に終わった。

すぐに到着したバスは見送って次のバスが来るまでの間、完全な放心状態で、二台目のバスが来た時にやっと気づく。

やっぱりぼくは最低のクソ豚野郎だ。

ただいまーととりあえずこんな時間の家にはばばあとくそおやじもバカ姉貴も誰もいないだろうけれど、そんな完全に一人ぼっちであるということをますます実感させてくれるような自宅の玄関でほんとうに少しだけ、少しだけ涙を流す。

女の腐ったような鳴き声を晒して男らしくないかも知れないけれど、いきりたって気合いをいれて最初で最期のチャンスを逃してしまったってことに本当に心の底から悲しくなってちょうど一年と三ヶ月ぶりにどうにもならなかった自分の運命を呪って憎んで憤ってめちゃくちゃに声をあげて泣きじゃくる、あーそうか、芹沢さんの声を間近で聞いちゃったんだなー、すげー可愛くてドキドキして、黒い眼帯もやっぱりすごく似合っていた、けどさ、ホームランバーはそのまま溶けて消えて何もかもなくなってしまったよ。

びしょびしょの制服を脱ぎ捨てて、今日も森島先輩に慰めてもらおう。

彼女はきっとぼくを裏切らない、はずだ。

正直、ハーレムエンドに興味はないけれど、森島先輩と後輩の七咲のどちらかを選べと言われても、たぶんぼくは即答出来ないだろう、そんなことを何度目かの森島ルートをほぼ完璧にクリアしようとしたときに考えていると、お気楽な電子音と供にEメールが届いたことを知らせる着信音と画面いっぱいの爆弾マークがPCの液晶画面に拡がっていることに気付く。

はて、メール? ピコピコ太郎(HN)がこんな時間にネトゲのお誘いであろうか、拙者はまだ傷心が癒えてないでござるよと少しだけ寂しさが紛れる柔らかい音に導かれて、パソコンデスクの前に座ってメールを開く。

【aemaeth@Welcome! Numbers choose you! click on me!】

メールを開いてみると、真っ黒な背景に白い文字でそう書かれた下部に、紫色のカバが黄色い長靴を履いたへんてこなイラストが添えられている。

いつもだったら異常に警戒して、この手のフィッシング詐欺になんて引っかかるわけもないのだけれど、芹沢さんに致命的な失言をして、我を失っていたからか、ぼくの森島先輩に対する愛が本物ではなかったからなのか。

つい、マウスをするっと動かして紫色のカバにカーソルを合わせて右手の人差し指でクリックボタンを押し込んでしまう。

【aemaeth@ようこそ! あなたは十人目のナンバーズに選ばれました! あなたの欲望と願望の成就は、multi/language|feedback\system=aemaethがご担当させていただきます。初回に限りまして、無料にて特別サービスを付与させていますのでぜひご利用くださいませ。1から40までの任意の数字を二つ、ご入力ください】

そう、書かれた一文の下に白い枠で四角に囲まれたボックスがあって、そこにマウスカーソルを合わせると縦棒が、ぼくにまるで運命の数字を入力してくれ、っていうみたいにちかちかと点滅している。

17、と37、なんとなくだけど、いつも芹沢さんの悪口を裏でこそこそ言っている瀧川と米澤の出席番号を選んでしまう。

なんでその番号を無意識的に入力してしまったのかは翌日の学校で思い知ることになる。

「せーのっ!」

彼女たちは、そんな風にまるでお気に入りのアイドルにでも声をかけに行くようにして、たくさんの生徒たちがおのおのの昼休みを楽しんでいる目の前で、堂々と屋上の鉄柵を乗り越えて、そのまま地上へと仲良く手を繋いで落下していった。

当然即死。

あらぬ方向に折れ曲がった手脚がまるで操り人形のように中庭の地べたに張り付いていて、それでも、まるで最初から決められた恋人同士みたいに、ぎゅっとお互いの手を離さず奇妙な笑顔のまま仰向けで地面に拡がる大量の血液と一緒に空を仰いでいたらしい。

太陽の光に照らされた二人の姿が、新作のエロゲに出てくるヒロインみたいだったデござるよと現場を目撃した学校で唯一の話し相手と言ってもいいメガネギツネの白河くんがちょっとだけ不謹慎に興奮しながらぼくに彼女たちの死刑が執行されたことを教えてくれた。

偶然? とはとても思えない。

出席番号十七、瀧川理恵、出席番号三十七、米澤恵里奈は昨日の夜、不可思議なメールの案内に従ってぼくが入力した数字だ。

いつもは遠くの方で聞こえているはずのサイレンを鳴らしながら救急車が三台ほど、即死した二人に加え、彼女たちの飛び降り自殺を目の前で目撃し失神した女子生徒を迎えにきている。

先生たちは大慌てで騒ぎ立てる生徒たちを誘導して、──午後の授業はすべて中止になったのでと全校生徒は準備をして直ちに帰宅しなさい──と、教頭先生のアナウンスが響く校内で怒鳴り声をあげている。

ふと、二階の渡り廊下に目をやると、窓際で芹沢さんがいまだかつてみたことがないほど生徒たちが泣きじゃくる様子を小さなデジタルカメラで覗いている。

うん、ぼくは、また、彼女に、恋をしている、白河よりもっとずっと不謹慎な気持ちで、出席番号十三番、芹沢美沙から、片時も目を離すことが出来なかった。

突然休校になってしまったことに、加えて、昨日のメールの結果と今日の大惨事で心が完全にうわの空のまま、芹沢さんの不思議な行動とまるで天使のような姿をバスに乗っているあいだずっと頭の中でループ再生してしまった。

こんなに何度も同じルートを辿るなんて、藤崎さん相手だってしたことがない。

リアルに恋? このぼくが?あり得るわけがない! なんてぶるぶると頭をバスの後部座席で振っていると、前方の座席で得体の知れない化け物をみるような目つきで小学生が見つめているのに気付いてふと我にかえる。

と、とにかく、まずは家に帰って昨日のメールとサイトをチェックしよう。

今日はおそらく絢辻さんには会いに行けない。

男にはやらなくちゃいけない。

乗り越えなくちゃいけない壁ってやつが存在するんだ。

彼女にはぼくの勇姿を見届けてもらうしかないだろう、モニターの向こう側で。

自宅の部屋に戻り、包帯と眼帯のぼくの天使のポスターにいつもどおり軽い口づけを送ると、真っ直ぐにPCの前に向かい、案の定、新着メールが届いている知らせが来ていて、今日も迷わずメールを開き、リンクをクリックする。

『Congratulations! You are accepted! click on me!』

昨日と同じ手順で紫色のカバが黄色い長靴を履いているへんてこなイラストをクリックすると、PCの最大音量で埋立地にある夢の国で聞いたことがあるような軽快な電子音楽が突然再生されて、また昨日訪れたサイトに飛ばされる。

【おめでとうございます! あなたは見事にナンバーズ最初の試練を乗り越えて、無事私たちの実験に参加する権利を得ることが出来ました。あなたはこれから定期的に痛みと統制に関する種々の実験に関わることにより欲望と願望を成就して永久欠番を目指して頂くことになります。さて、次の実験は、熱傷深度による狂気の発動条件に関する短いレポートを作成していただくことです。出席番号は任意で構いません、実験報告の締め切りは、六月二十日土曜日となります。詳しい手順などは追ってご連絡させていただきますので、今後とも是非よろしくお願い致します。それでは、ご武運を。multi/language|feedback\system=aemaeth】

間違いない、こいつはぼくの学校の関係者だ。

素直な気持ちが興奮と期待でいっぱいになっているのをどうしても隠しきれずに隠し持っていた邪な気持ちを炙り出すように笑顔が溢れているのを抑える気にすらならないまま、何度も繰り返し舐めるようにしてその新しい世界の扉を知らせるテキストを読み返してしまった。

翌日の学校はほとんどの生徒がろくにおしゃべりもせず黙ったまま俯いていて、前日に起きた異様な光景が目に焼き付いたまま離れず、休みを取る生徒やぼっーとしたまま窓のほうを見つめている生徒で溢れかえり、先生ですらまともに授業を行えているとは言い難かった。

右から三列目、前列から三番目の瀧川理恵の席と左端の一番後ろの米澤恵里奈の席には花瓶に菊といくつかの彩りを加える花が挿してあり、彼女たちの存在がクラスから削除されたという事実をぼくに容赦なく伝えていた。

あのメールを送ってきているやつは、このクラスにいるんだろうか、それとも先生? そんなことより芹沢さんの後ろ姿はいつ見ても素晴らしい! とそんなことをぼんやりと考えながら、三限目の数学の授業を終えた後の休憩時間に突然、芹沢さんが後ろを振り向いて、ぼくに話し掛けてきた。

「佐々木くん。消しゴム借りてもいいかな?」

芹沢さんの隣の席の康本は、昨日の事件のショックからなのか、今日は学校を休んでいて、だからなのか、突然の幸運にぼくは慌てふためいて芹沢さんとの初めての教室での会話にとても緊張して答える。

「え!? け、消しゴム? えっと、あの、これはシャーペン。じゃなくて、これはの、ノートで、えっと、あの、え、えっと、け、消しゴム?」

思わずばたばたと机の上のノートやシャーペンをひっくり返しながら、右手に消しゴムを持って芹沢さんの唐突な質問に答える。

「あ。ごめんね、急に話し掛けちゃって。そう、消しゴム。借りてもいいかな?」

迷わず、ぼくはまるで魂そのものを渡すようにして芹沢さんに消しゴムを手渡す。

炎のマークが刺繍された芹沢さんの黒い眼帯姿は今日も相変わらずキュート過ぎてさっきまで悩んでいたことがあっという間に吹き飛んでしまう。

芹沢さんは何かの文字をノートから消してしまうと、にっこりと微笑んで消しゴムをぼくに返そうとする。

「あ。その、け、消しゴム、半分に切るので、今日は、そ、それ使ってください」

芹沢さんから手渡された消しゴムを受け取ると、ぼくは筆箱から出したカッターナイフで白く四角い消しゴムを半分に切ろうと左手を添える。

けれど、過度の緊張と興奮のあまり思わず手先が狂い、カッターナイフの刃先が左手の人差し指に突き刺さり、途端に茶色い机の上の乱雑に数式の書かれたノートが赤く染まっていく。

「え?大丈夫?佐々木くん、めちゃくちゃ血がでているよ!」

驚いて咄嗟に鞄の中から絆創膏を取り出そうとする芹沢さん。

本当に天使か何かなのだろうか? 思わず、慌てふためき急いで席を立ちあがり保健室へと向かおうとする。

「ご、ごめんなさい!大丈夫です! 保健室へ行ってくるので、拙者のことにはかまわないでくださいでござる!」

あぁ。まただ。

また、芹沢さんに頭のおかしいデブだと思われてしまった。

傷心の傷跡にさらに塩を塗りこみ、指先からは真っ赤な血液が吹き出ている。

右手でしっかりと左手を抑えてその場から逃げ出すようにして、一階の保健室まで急いで向かう、芹沢さん、消しゴムも血だらけになってしまったけれど、初めてまともに会話が出来てぼくは幸せでした。

少しだけ頭の中を整理しよう。

まず、一つ目。

入力した出席番号の生徒はどんな理屈かわからないけれど、どうやら現実から削除されるらしい。

偶然と呼ぶにはやはりあまりにも出来すぎている。

第二に、これはきっと仮説にしかならないけれど、削除された生徒の代わりにぼくはぼくが叶えたい願いを叶えることが出来る、そんな荒唐無稽な妄想に取り憑かれながらぼくはぐるぐる巻きの包帯のまま保健室のベッドで仰向けになって真っ白な天井を見つめる。

おいおい、もしかしてってやつは、芹沢さんと手を繋ぐ為だけに、ぼくの芹沢さんに対する思いを熱くマグマのように燃え上がらせる為だけに、クラスメイトを殺させるつもりか。

た、たしかに、消しゴムの件でふしだらな気持ちになったことは認めよう、けどさ、そんなものは自分で切り開くもんだよ、誰かの世話になって、好きな女の子の唇を奪うやつになんてなってたまるかよ、森島、七咲、絢辻に、橘、ついでに志保子、完全制覇のおれを舐めすぎだ、こいつの正体を必ず突き止めてやる。

そう、ぼくは一瞬だけ振り向いてくれた芹沢さんの好意に誓って決意する。

出席番号00番、首を洗って待っていやがれ!

と、息を巻いてみたものの、もし、もしもだ、芹沢さんと、あの芹沢さんと手を繋ぐなんてことが実現したら、ぼくはどうなってしまうのだろう。

うん、熱傷深度による狂気の発動条件。

つまり、火傷ってことだよな。

だとしたら、次はあれか、焼却炉に飛び込んだ女子生徒が火炎の中で肌が爛れて壊れていく姿を用務員あたりが目撃するのではないだろうか。

あーいらいらする。

つまりさ、真剣になればなるほど、ぼくと芹沢さんの距離は縮まっていくってことじゃないか。

つい頭の中で夢が広がってしまう自分を戒めるようにして、何度も同じ手が通じるかよ!と不謹慎でふしだらな妄想を振り払おうとする。

「いやだ、熱いよ、ねえ、ほんとうに助けてよ、熱いんだって! 本当に死んじゃうってば!」

そうやって焼却炉の中でジタバタして、燃え盛る炎に焼き焦がされる出席番号24番、浜崎真美のセクシーな黒い肌がどろどろと焼け爛れて溶けていく様子をつい思い浮かべてしまい、ぼくはどうにもならない劣情が溢れ出てくるのを感じてしまう。

人間ってやつは、そういう汚らしい情念のようなものに簡単に支配されてしまうけれど、そんな風に流されてしまったら、結局のところ人間であろうとする気持ちを放棄しているだけなのではないだろうか、ぼくがぼくである理由を失ってしまうのだとしたら、それは恋でも愛でもなくて、ただの殺人機械ってやつだろう。そうだ、ぼくの本当の主人を思いだそう、さあ、デートの時間だよ、『少女地獄』!

ぼくは、愛用のスマートフォンをOSの支配から脱獄させることで、初めて作り上げた自作アプリを立ち上げて、ネットの画像投稿サイトで仲良くなった同士からプレゼントしてもらった美少女付き完全絶対、唯一無二のぼくの恋人、自動応答型データベースアプリケーション『少女地獄』を、立ち上げる。

「まったく。こんな時間になるまで私を放っておくなんてどういうつもり? お前は所詮犬ころなんだから、いつも私の傍にいて言うことを聞いていればいいの。わかったかしら? この負け犬野郎!」

いえす、マイロード。

いつも通り自作のツンデレプログラム通りに最高の気持ちをインストールしてくれるご主人様は堕落したぼくの日常と気持ちを完全に払拭してくれるのだ。

さて、ご主人様。

ぼくのPCを乗っ取ろうとしている最悪のウィルスが今回のぼくらの愛を邪魔する障壁ってやつなんですよ、こんな時はどうしたらいいか、こっそり学校のデータベースサーバーをクラックして手に入れた膨大な知識の宝物庫から検索をかけて最良の答えを見つけて欲しいんです。

サクッと簡単にぼくらのラブってやつであーいう馬鹿な試みなんか仕掛けてくるやつを抹消しちゃいましょう!

「まったく、とんでもないレベルの甘えん坊さんね。けれど、あなたの私に対する気持ちはちゃんと伝わったわ。私たちの絆の証が、〇.五秒で検索結果を表示してあげるからちょっと待っていなさい!」

うん、正確には、〇.七五秒程度はかかってしまったけれど、経由してきたサーバーのIPを一つ一つ追跡して確かめていった結果、送信元と読んでもいい端末は普通科棟視聴覚室の前から三番目、右から七番目の端末からであるであろうことはなんとか確認することができた。

けれど、aemaethってやつは恐ろしく用意周到でそれ以上の追跡ははっきり言って今のぼくでは太刀打ち出来そうにもないし、そもそもリモートコントロールしたものだとすれば追跡結果にまるで意味はない。

だけど、それでも明らかにぼくのPCに対して攻撃を仕掛けてきている痕跡を発見することが出来たってことは事実だし、ぼくも同じように端末をハックして内部にインストールされた怪しげなプログラムを解析してみた結果、ご丁寧に擬似的なサブリミナル効果まで使って昨日自殺した二人の出席番号を入力させるように仕込んでやがるのだから正直驚いてしまったけれど、そんなやつがこの高校に通っていること自体がもっと驚きである。

まるで誰かの手のひらで踊っているような錯覚に取り憑かれてしまう、そう、ぼくはこのままじゃまた煮え湯を呑まされ続けられかねない、そして、少なくともやつは心の弱った相手につけいって屋上の段差を飛び越えさせるぐらいのことはやってのけるってことなんだ、そうすると、もしプログラムを実行してしまったら焼却炉の中に飛び込むのを強要されたのはぼくのほうか。

なんにせよ、このまま負け犬として過ごしていたら、芹沢さんだって何をされるかわからないんじゃないか? 彼女のあの、カメラを持って慌てふためく生徒たちを冷たい表情で見つめる綺麗だけど怪しげな姿を二度と見られなくなるなんてことをぼくは絶対に許したくないんだよ。

大人、になる必要があるのかもしれない、彼女のためにならばぼくは鬼にだってなれるんだ、誰かから快楽を奪ってまで手に入れる幸せになんかにどれほどの価値があるっていうんだ、そんなものに溺れて生きるぐらいならば、なにもかも捨て去ってやる。

脚を踏み出す時なのだろうな、わかったよ、田辺先生。

あなたの言う通りぼくたちはこのまま止まっていてはいけない。

人間は、自覚あるものたちは、次の領域に歩みを進めるべきなんだ、そうぼくに話しかけながら先生が打ち込んだ注射針から流れ込んできた液体が改造医療の進歩の最初の一歩に導いてくれるんだろうと信じることにする。

ぼくはもう二度とふざけた大人たちのいいなりになんてなるべきじゃないんだ! みずからが選んだ道だけをまっすぐに進んで歩いていくために!

保健室にいるときに注射器によって注入された薬剤が全身に行き渡るまで田邊先生の言うことが正しければ後十三分ってとこだろうか。

今日は六時限の日本史Bの授業までだし、いつものように教室でちょっとだけ一人の時間を過ごすのだとしても、芹沢さんはおそらく十六時二十分には、校門の前を通り過ぎるはずだ。ぼくの芹沢さんストーキング度、自分で言っていて少し情けなくなるけれど、をなめてはいけない、つまり後十八分後には、現在のぼくは芹沢さんと最後のお別れをすることになる。

はぁはぁと息を切らせて階段を登りながら、最後の最後で手に入れた芹沢さんとの思い出の会話を堪能しつつ、ゆっくりと屋上へと階段を駆け上がる。

夕陽が本当に馬鹿みたいに綺麗だった。

燃えているみたいに北西の空一面を真っ赤に染め上げていて、なにもかも忘れさせてくれるみたいに人工太陽が熱く空を焼け焦がすようで、そんな情景がぼくに喚起させる感情の行き先を制御なんてしないで暴走させたまま閉じ込めるように”うん”、って短く強い言葉を使って誰よりも真剣な声を自分で自分に言い聞かせて、吐き気が溢れてしまいそうな気持ちを押さえ込んで、校庭側の屋上の段差を乗り越える。

ビンゴっ! 芹沢さんがちょうど真下の下駄箱入り口を抜けて校門に向かおうとしている。

そう、芹沢さんがいつも一人でいる理由、それは、愛用の女子生徒が持つにはちょっとだけ目立ってしまう一眼レフカメラを持って下校すること、彼女はいつも一人で居残りして、誰にも見つからないようにそのカメラを持って下校途中に沢山の写真を撮っているんだ、きっと彼女は将来プロカメラマンかなにかになるつもりに違いない。

さぁ、田辺先生からもらった改造医療実験体蘇生プログラム零肆玖『phoenix』の効果が全身に行き渡ったのを感じる。

先生の言っていることが正しければ、体内で活動停止状態のまま血液中に生き渡ったマイクロRNAの起動スイッチは死の恐怖を乗り越えること。

そして田辺先生が保健室の古めかしいパソコンで説明した起動原理に間違いがないのだとすれば、ぼくはこの後……。ううん、ビビっている場合ではないはずなんだ。

田辺先生が永久欠番として封じ込めたいぼくのドッペルゲンガーを、ぼく自身の意識をコントロールするためにあの不可思議なコンピュータウィルスをばら撒いたやつを突き止めるためにもいつの間にかぼくのPCに侵入したトロイの木馬から逃げきるためにも田辺先生の要件を呑む必要があるのだろう。

確実にぼくの魂が燃えあがるように全身で熱くたぎっているのを感じ取る。

覚悟を決めることとしよう、脚を前に踏み出して新しい世界へとダイブしよう! この距離ならば、ぼくの声が彼女の元に届くこともないだろう。

「ふれーふれー! せりざわ! がんばれ! がんばれ! せりざわ!」

せいいっぱいの声を振り絞って芹沢さんへの思いをぶちまけると、ぼくはそのまま校庭へと、体重九十キロの体を投げ捨てるようにして死の恐怖を克服し、自我を超越しようとする。

ものすごい勢いで短い人生の記憶と記録と思い出がどこかで見たオカルト雑誌の言う通りに走馬灯ってやつを再生して、ぼくの大脳を完全に新しい領域へと導こうとしているのを感じる。

そして、その扉はもう目の前に迫っている。

どたん、ばたん!

あ。

ほんとに始まってしまったのか。

まるで操り人形の手繰り寄せられた糸が断ち切られてしまったようにぼくの体が校庭に横たわっている姿をなぜかぼく自身が五メートルほどの高さから眺めている。

これだけのことをしたのに、水曜日の放課後の校庭には、サッカー部も野球部もテスト期間中ってこともあり、練習していないからか、本当にぼくは誰にも見つからず、誰とも接触せず、ステージ脇から眺めていたぼく自身を抹消して舞台上へと舞い戻ろうとしている。

そうして、二階と三階の間ほどで自分の抜け殻を眺めているぼくのいわゆる霊魂ってやつは肉体とのリンクから解き放たれようとゆっくりと意識のようなものが途絶えて正常な思考が徐々に体から取り除かれるように薄れていく。

ピピピピピピッ!

ぼくの脳内に蘇生を知らせる電子音がアラームとなって鳴り響く。

そう、運命ってやつは突然始まる。

世界はぼくの手に委ねられたんだ。

これはいつの間にか世界を操る秘密組織”キノクニヤ 改造医療実験体〇肆玖として取り込まれてしまったぼくを振り出しに戻すために作られた扉なんだ。

得体の知れない殺人嗜好野郎の作ったふざけたプログラムなんて気合と根性で破壊してしイオう。

湧き上がる血潮があらぬ方向へ暴走していく状況に耐えてこそ、勝ち取ることが出来るんだ。

体内の細胞がまるで全身の血液を吸い取るようにしてゆっくりと産まれ変わっていくのを感じる。

蘇生プログラムがインストールされたナノウィルスが全身に行き渡り、マイクロRNAが全細胞を新たな領域へと導こうとしている。

ぴくぴくと指先を動かそうとする。

うん、きちんと反応する。

心配していた体内の血液量も十二分に補填されていて、この分ならばすぐに身体を動かせそうだ。

ゆっくりと身体を引き起こす。

下駄箱へと通じる校内入り口で七三分けのバーコード頭の田辺先生が髪をなびかせてぼくのほうを見つめている。

先生の言う通り、改造医療実験体開発室は、どうやらぼくを本来選ばれるはずだった零肆玖、の代理被験体として選んだらしい。

欠番となっているこの被験体の役割は歯車の補正といずれぼくらを導くことになる零伍肆と違う可能性を提示していくことにあるらしい。

マイクロRNAとして体内に取り込まれた全身の血液を自在に行き来しているナノマシン『phoenix』は光回線に無線経由でアクセスすることでインターネットと随時接続して膨大な量のデータをぼくの脳に送信し続けている。

ぼくはゆっくりと鬼のように変化した自分の顔を宥めるようにして、ぼくが自我を克服して強制的に自分の能力を拡張される様子を生徒用校舎入り口で見守っていた田辺先生の元へと近づいていく。

先生は本当に遠くを見つめるようにして、ぼくに右手を差し出してくる。

ぼくもそれに呼応するようにして右手を差し出す。

真っ赤に染まった西の空がぼくに新しい世界の理を告げている。

そんな気がしてぐっと涙を堪えてがっちりと先生の右手をこれから訪れる未来を確信するようにして握り締めた。

ぼくはひょんなことから鳳凰の翼を手に入れてしまったらしい。

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