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11.Just trust yourself, then you will know how to live.

「なんダベヨ、あれは。とんでもねえ音がした。はじめてミルデヨ、オラあんなの」

『鞠』の声で目を覚ましてはっと気付いて立ち上がり思い切り憎たらしい顔をして『類』は吐き捨てる。

「ほら。いうタとおりだ!あれが『預言』の光ジャガヨ! お迎えがきてオラは天まで舞い上がるんじゃざまぁみろ。穀潰しはおまんのほうじゃ!」

『類』はへらへらと笑いながら森の方へ小躍りをしながら走って行き、たまに後ろを振り返ると呆然としたまま動くことのできない『鞠』を嘲笑う。

「おい。オメエどこいく! いまお役人さんに馬を走らせたからそれまでまてぇや。なにもオメエがみにいくことなんてねぇべや」

地主である『幻花権左』が音を聞きつけて走り寄ってきて『類』を止めようとする。

『類』は吐き捨てるように笑って権左の静止を振り解く。

「いいか。オラはオメエなんかに遣われる器じゃねぇ、天の神様が待っておるんじゃ。じゃぁな。『鞠』はオメエさにやる」

森までは一直線でぼろぼろの草鞋は走り去りながら壊れて使い物にならなくなり裸足になり草に足を切られて血を流しても痛みなど気にせずただ無我夢中で『類』は走った。

恐怖は不思議と感じておらずただ全身から笑いがこみ上げ溢れ出るような高揚感だけが彼の身体を満たしていて疲れて走る速度が緩まるような気配すらなくただ音と煙があがる方角に向かって森の中を駆けずり回った。

途中猪や犬が『類』とは逆の方向に走り去っていきぶつかりそうになったけれど、勢いを殺さないままただ走り逃げる大熊に殺される可能性すら考えることもなくとにかく『類』は無心で走った。

何もかも捨て去ろうと走り続けた。

──そして俺は辿り着いた。手にしなくてもいい永遠。恋焦がれ続けた天の力。何もかもを思い通りに変える神の力を全ての喜びと引き換えに──

『類』が見たのは丸い蛹のような白い塊で粘性の糸があたりの樹や草にまとわりついている。空から落ちてきた衝撃で木々は倒れ、草は燃えている。

よく見ると白い繭は波打つように表面が蠢いていて内部に何か生き物のようなものがいるようだ。

『類』は近付いて手に触れてみようと考えるけれど、どうやら高熱を発しているのか迂闊には近寄れない。

しばらく眺めていると白い煙が発生して急激にあたりが冷え始めて白い繭から人間の手のようなものが這いずり出てくると中で丸まっていたモノが卵から孵る鳥のようにして産まれ出てくる。

「おい。オメエは神様か。オラに力をくれ。天さ、登って米さふらす。そしたらナコルルもルリコも思い通りだ。オメエさはなにもんだ」

繭から這いずり出てきたのは人の形をした銀色ののっぺりとした生き物で目も鼻も口もなくただ森の中に立ち尽くしている。

『類』が焦るように唾を飛ばしてにじり寄ろうとすると銀色の頭部が口を開いて奇妙な言葉を発する。

「שלום」

声が響いた途端に頭が割れるように痛む。脳味噌の全てが破壊されてしまいそうなほどの音が鳴り『類』は頭を抱えてうずくまる。

やがてゆっくりチューニングが合わせられるようにして痛みが引いていき銀色の生命体に目と鼻と口が産まれる。

「なんてイッタべや。はよ、力さくれ。オラはもうこんなところにいたくねぇ」

銀色の身体が内部から溢れる熱で零れ落ちて形が壊れていく。

銀色の生命体は左手に光の塊を作り出して『類』の方に向けて差し伸べる。

『類』は卑しい笑顔を零して裸足で土の上を這いずりながら銀色に近付いて両手で暖かい光の塊に触れようとする。

「תעצים אותך. לחיות」

『類』が光の塊を受け取ると全身に光が宿り始めて『類』は力が漲るのを感じてとても強い高揚感に包まれる。

両手の拳を握りしめて空に向かって掲げあげた瞬間に『類』の全身に例えようもない激痛が走り回る。

血液が沸騰し筋繊維の1つ1つが千切れては繋ぎ合わせられて骨組織が粉々に分解された後に再構成される。

細胞のプログラム死が活性化されて一秒間に一億個以上の細胞が死と再生を繰り返して全身を駆け巡る。

永遠とも思える時間がただひたすら続き、逃れようのない痛みから怒りに震えて『類』は地面を叩きつけ陥没させる。

発狂を選択する前に脳細胞が生まれ変わりそしてまた破壊される。

自身の記憶とおそらく銀色の生命体の記憶と呼ぶべき記憶が高速で再生されその一つ一つを細部に至るまで『類』は認識することが出来る。

目の前で銀色が高熱によって全身を溶かしながら『類』の方に近づいてきてようやく地上の言葉を翻訳し終わったことを確認するようにして熱で溶かされていく両手で『類』を抱きしめながら消失していく。

体毛や爪や皮膚が腐り爛れて崩れ落ちまた同じ形で組成されて身体中の痛みに耐え切る覚悟もないまま受け取った光弾の激痛によって行動の自由を奪われ続けるけれど思考だけが何にも阻害されることなく冷静さを維持できる状態へと移り変わっていく。

『類』は痛みに倒れて顔を銀色の生命体の身体が溶けていく方に傾けたままうつ伏せになると、目の前で銀色の粘液が集束して一つの小さな種へと生まれ変わる。

──俺はそうしてお前たちが『古代種』と呼ぶものの力を手に入れた。進化の極点に達することが出来たのはチルドレ☆ンだけではなかった。だから、彼らは『魔術回路』を作ったのだ。『ガイア』という実験場で何度も繰り返されてきた『陰陽魔導』という禁忌を復活させてでも。彼らは思い知ったんだ。彼模造品と呼んでいた現生人類が結局のところ自分たちと同じ行為を繰り返すだけの獣に過ぎないのだということを──

『類』が見せてくれた記憶はそこで途切れる。

ぼくら『七星学園』出身者は『どうとくのじかん』を通して知ることもあれば、乖次やルルのようにある程度教養として理解しているようなこともあるけれど、少なくとも『魔術回路』や『古代種』という存在に対する理解は史実や教科書とは違う記録が刻まれている。

「それなら納得出来ることがいくつかあるわ。私たちの神様が保有している技術は私たちが遥か未来で手に入れる知識も含まれている。『陰陽魔導』は私たちが広範囲の社会共同体を手に入れる前に実在した超技術ということね」

「例えば、小生たちの時代では理論段階に過ぎない核融合や量子コンピューティングやその先の技術も存在しているデござるということでござるな」

「和人の体内を巡っている『phoenix』もその一つということか。『キノクニヤ』なんて都市伝説だと思っていた。731部隊のなれの果てかと」

「正確にはKAMIKAZEの研究が引き継がれたんだ。最狂にして最悪、大戦中の連合国を翻弄し『大和』が受け継いできた『魔術回路』の全てを結集して作られた極悪非道の非人道兵器部隊。正気である必要性すらないと彼らは倫理の向こう側の汎用兵器を開発した」

「なんとなく西野さんの話を思い出してしまうな。私たちの高校時代のクラスメイト。とても冷徹で冷淡で知的。けれど、ある日突然姿を消してしまった」

「へー。つまり和人のいう『キノクニヤ』っていうのはそういうやつらばかり開発してる連中ってことか。和人も改造人間か。ひー!」

「高速でベルトの風車が回転するとバッタの化物に変身するんだな、俺様も知ってるぜ。巨大ロボットものは俺たちの仲間だな」

「お前たちの秘密はさておくとして、ぼくは本来当て嵌まるはずだった実験体の代わりとして選ばれたんだ。肆零番代は『執務室』やチルドレ☆ンの介入によって産まれてしまう歪みが普通の人間に与える結果として誕生する実験体なんだ。猟奇殺人や快楽殺人に走るコントロール不可能な、或いは意図的なバグとして社会に混入させる為の実験体だ」

「和人はそうではなく、零肆玖番を産み出さない為に作られたということなんだな」

「そういうことだ。君は特別な実験体だよ、佐々木和人君。あれは、零肆玖番は私たちでも完全に予測しきれない。行動原理に不明な点が多過ぎるんだ」

部室の扉を開けて入ってきたのは、かつて『七星学園』で嘱託医に変装してぼくを『キノクニヤ』『改造医療実験体』零肆玖番の代理被験体として選んだ『 茂一』『キノクニヤ』室長で、彼は殺人事件が起きたばかりの学生棟へと侵入し堂々とぼくらの元にやってきた。

「そこまでわかっているのならば彼の居場所を特定することも可能なのではないのですか。なぜそのまま放置しておくんですか」

「私たち『執務室』は確かに彼の存在を予測していたのは事実だ。だが、彼が出現してしまったのならば少なくとも私には彼を止める権限はない。それが『TV=SF』の意向であり決定事項だからだ」

「『TV=SF』? ネット配信番組か何かですか。馬鹿げてる、そんなものの為にあいつを放置しておくんですか」

「インターネットメディアを利用していることは事実だが、配信は限定的だ。いわゆる富裕層向けに作られた人間存在の拡張を目的に一部の人間だけが閲覧可能なメディア装置だ。君には情報を公開する許しが与えられている、ここに集まっている君の仲間たちにもナ」

「横尾さんが貴方たちの干渉を妨害していたはずですが、ぼくは自由に手にした訳ではなかった。どうしてそこまでぼくに拘るんですか」

佐々木和人の質問に『執務室』の極秘プロジェクト『KODE S』が『田辺茂一』の頭に過るが彼はその話を伏せたまま話を続ける。

「『記号と配列の魔術師』か。私たちを煙に撒けるまではこちらも計画の中に入っている。だが予測より早く零肆玖番は動き出した。だから、ここで君を捕まえることが出来た。私たちが君に非干渉であり続けるのは変わらんよ」

『田辺茂一』の言葉を全面的に信用することは出来ないけれど、全てをコントロールできているのかどうかは彼の言動から判別出来ない。

「小生たちが誰かの掌の上で踊り続けているマリオネットであることは社会構造上の必然でござる。何もかも自由になる世界などある訳がないでござる。とはいえ」

「自分たちで制御可能な部分まで侵食してきている可能性がある。あなたたちは進化なんてものに捉われていることが馬鹿らしく思えてきているのでは」

「佐知川ルルくん。バイオエレクトロニクスの優秀な学生である君が人間と機械の本質的な違いに意味などないことはわかっているはずだ。最新医療技術の発展は核兵器の開発と等しい。生きながらえることを望むこと、永遠に続くものを求めてなにが悪いのだと科学者ならばそう発言するべきだよ。学生であることは言い訳にならない」

「いえ、自分たちの領土の問題です。ぼくたちは思想や概念上の領域ですら貴方達に占有されたいとは思わない。庇護下に置かれて享受出来る幸せの相対的価値をここで議論する意味はないと考えます」

「ふん。戦争装置の必要性を訴え続ける平和主義者か。彼女の理論は解釈次第では暴力を無限に産むことになるはずだぞ」

「暴力を一元的に解釈し過ぎなのではござらんか。突発的な問題ですら発生を予測する構造を作り出すことは可能だという希望を小生たちは捨てないでござる」

「生来的に回路の違う人間の存在を我々は否定しきることは出来ない。現在もちいうるいかなる科学的見地からも見ても悪の定義を絶対的価値観に基づいて判断出来る人間は存在していない」

「疫病をコントロールする為に人はコミュニケーションを制御し、流通の制度化により文化的発展を続けて社会の安定を築きあげていきました。ガイア生命理論に基づけば私たちが選ぶ進化は暴力を内在させたまま抑圧の捌け口を限定させることが出来るはずだと考えています」

「ならば、結局のところ戦いたまえとしかいえないな。君達の敵となる思想を持つ人間が優勢を極めた場合には結局のところ君たちの領土を明け渡すほうが絶対多数の幸福は保たれる。私たちは大衆を救い続けることを選ぶだけだ」

『アースガルズ』が眼に光りを灯して『トール』がハンマーを振り回す。

「明日ぼくは四ツ谷警察署で二度目の事情聴取を受ける予定です。精神的負担から今日は免除されましたが恐らく捜査は難航している。ぼくもより詳細な事情聴取を受けるはず。覚悟をする必要がありますね」

乖次と沙耶が両肩を叩きぼくがともすれば暗闇に襲われて正常な思考を保つことすら不可能であるという事実を自覚させる。

少しでも新しいことを考え続けて前に動き続けることを選択しなければ自責の念と希死念慮がぼくを覆い潰してしまうかもしれない。

『現代視覚研究部』からこれ以上何かが失われてしまうことをぼくらは五人とそして二体の機械生命で出来る限り避けようとしている。

床下の白骨死体はぼくらのすぐ近くに死が寄り添っているということを訴えて続けている。

「とにかく、これで君は警察当局からも『執務室』からもマークされることになる。零肆玖番は君のことに興味があるようだと言っておこう。白骨死体の件は君らに任せる。こちらはあくまで警告と伝達のみだ。欠番予定であった零肆玖番を『TV=SF』は欲しがっている。君で代役が務まるのかどうか。パノプティコンはすでに作動しているぞ、佐々木和人」

殺意や悪意というものをどこかで誰かが必要としていていつか自分の元に巡ってきてくれますようにと願うのであれば、それはその黒い感情を最も必要としている人のところに届いて細やかな願いを叶えてくれるのかもしれない。

どんなに欲しいと願ってもずっと傍にいて欲しいと思う気持ちすらも簡単に破壊してしまう感情の爆発と暴走は何故かぼくの元には訪れてくれることがない。

悲しさや怒りで覆い尽くされてしまうのであれば、きっとぼくはとても簡単に手間のかかる問題を処理することが出来ただろう。

だから、神に願う気持ちをぼくらの世界を作ったチルドレ☆ンたちに届けたとしても何一つ叶えることはないんだという現実だけがぼくの目の前で形になり続ける。

『田辺茂一』室長が出て行った部室棟で繋がりがあやふやになりそうなぼくら五人を機械生命の二体のコミカルな動きがぎりぎり繋ぎ止めている。

「俺様には人間の悲しみなんてものは伝わらねー。いいか、けどな、大事なのはハンマーなんだぜ、和人。何もかも叩き壊せ、お前じゃなきゃダメなことはお前がやり通すんだ」

「兄者はいつもカッケーことを言うんだ。だから敬っちまう。いいか、けど、力を抜けよ、和人。何もかも自分だけでやることなんてないんだ」

ぼくは力が抜けて昨日の夜あったことをやっと整理して頭の中がいっぱいになり怒りと絶望を追いやる為に隠してきた感情が腹の底からやって来ることにようやく許可を与える。

ソファの上に崩れ落ちて無力さを嘆くことに溺れないようにしてきた自分を恥じてしまう。

涙は昨日使い果たしていたはずだけど、自然と零れ落ちる。

沙耶から溜息が漏れてルルと乖次が作業に戻る。

白河君はしゃがみこんで白骨死体を覗き込み、『アースガルズ』と『トール』が笑いながら用務員の変わり果てた姿をいじり倒している。

物資に変わってしまったかつて用務員だった物は呪印を施されたまま床下で眠りについている。

「和人殿。この白骨死体は警察には届けずこのままにしておくでござる。『陰陽魔導』のことも含めて小生たちで調べる必要もあるデござるが、そうでござるな、この用務員はこの場所がとても気に入っている。そんな気がするデござるよ」

床下は崩れ落ちた瓦礫と白骨死体が見えてしまう。

頭蓋骨の頭頂部部分に呪印の刻まれた骸骨は何か大切なことを伝えようとしたままぽっかりと穴の空いた眼孔部で部室の中を覗いている。

よく見ると白骨化した頭部にもびっしりと文字が刻まれている。

恐らく死後書き込まれたものではなく生前に何かしらの術式の影響を受けたものだろう。

「こんな芸当を実行出来る人間が野放しなんだ。ぼくを狙っているのだとしたらきっと『現代視覚研究部』のメンバー全員に危険があると考えるのが妥当かな」

乖次とルルが会話を辞めてぼくの方へ振り返る。

少しだけ逡巡して乖次がぼくに提言する。

「累と連絡を取ってみるよ。用務員失踪当時の状況をもう少し詳しく聞いてみた方が良さそうだ」

「彼女自身がなんらかの術式に関わっている可能性もあるのかしら。心理的な領域はやはり『魔術回路』の解析されていない分野の問題にも近いのだし」

「例えそうだとして累はそういうことにはあまり興味を持たないはずだ。確か彼女の妹は家系で唯一のエーテル持ち。酷く仲が悪くて話すこともほとんどなかったはずだからな」

「え? それじゃあ妹さんって、『累流羽』のこと? すごく有名な占い師さんで、予約取るのも大変なほど沢山の人が彼女の信奉者だよね。お姉さんとは対極的だよね」

「あぁ。累家でも彼女は冷遇されている。だから文恵が心理実験に傾倒したとしても『魔術回路』を通す可能性は低い。既に高校の時に家を出ている流羽とはほとんど連絡すらとっていないはずだ」

「小生は母が猫の獣人、とは言っても猫耳と尻尾程度の話でござるが。若気の至りを引き受けた父だからこそ小生のことには理解があるデござる。自分の選んだ道ならばと、何ひとつ文句は言わないでいてくれるでござるからな」

「ねぇ、チルドレ☆ンたちは自分たちが嫌いだったのかな。『魔術回路』や獣人は少なくとも歴史的には旧地球には存在していなかった。もちろん差別や階級に振り回されることはあってもチルドレ☆ンのご先祖様は何不自由ない世界を謳歌していたはずなのに」

乖次の話に白河君がぼくらの世界に存在する奇妙な配列について思索し、沙耶が感情的な意見を述べる。

難しい問題を今は話している場合ではないけれど、一つ一つ丁寧に横尾美緒が『インディペンデンス』に留学後初めて学会に提出し、『魔術回路』に関する研究の可能性を拡張することに成功したと言われる『パンデミックソフトウェア』と題された学術論文に目を通す。

ぼくらの科学的社会は錬金術と呼ばれる無限への希求によって中世の科学者たちが失敗から発掘した物理法則によっていわゆる神の御技と呼称され不明瞭な事態を知識として体系化することで未解明な事実を出来る限り消滅させることで成立してきた。

と同時に偶発的に通常の社会活動を行う人間とは違う生活環境を選択し、物理法則の外側に位置すると考えざるを得なかった『魔術回路』と呼ばれる構造を身体の中に併せ持つ人々もぼくらは許容してきた。

限定された能力を持つ人類たちの支配的征服や他種に対して劣等感を抱かせる能力を持った人間は回路の社会的有用性を提示することで自分たちの価値をぼくらの中に取り込むことを余儀なくし続けてきた。

彼らに現代の科学が与える確定的情報は体内で抱えている肺胞の構造にある種の遺伝的欠陥を発症しているという事実で、そのDNA構造が劣性遺伝として受け継がれることで増殖を繰り返しながら人種的価値を高めて優性証明することでいわゆる回路を持たないぼくらの中に溶け込みながら科学文明と並行する形で魔術社会を成熟させてきた。

エーテルと呼ばれる体内物質が肺胞で生成されることで『魔術回路』を持った人間たちは無機物や有機物などの触媒とエーテルを結合させる。

魔法を生成する彼らはある国によっては忌み嫌われる劣等種族として、ある社会においては神の力を具現化出来る高等民族としてさまざまな共同体の中には生き続けてきたと言える。

ぼくらが住んでいる『大和』においては十九世紀初頭に起きた二つの世界大戦以前支配的階級の中に彼らは多く潜み複雑な魔術式を利用することでいわゆる錬金術を基盤に発展してきた物質科学では実現不可能な魔術を使用して人種としての優性を証明してきた。

例えば、現代科学ではもはや当たり前になっている百円ライターはプラスチックと液化ガスと火打ち石という錬金術上の触媒を適切な形で科学的に組み上げることで誰が使用したとしても簡単に火を瞬間に作り出すことができるようになり汎用的価値を高めることに成功した。

けれど、『魔術回路』を持った人々のほとんどは大気中に存在する酸素分子のみを触媒として使用することでエーテルと意志を連結させることで掌の中に高温の燃焼現象を作り出すことが出来てしまう。

なぜ、エーテルのような意志によって不活性と活性を操作することのできる体内物質が産み出すことが出来るのかは現代の最新科学をもってしても完全に解析することができていない。

分子顕微鏡で『魔術回路』を持った人間の血液を観測したとしても1/fの確率でしか発見することさえ不可能な微粒子がエーテルと呼ばれる物質の一部であると言われているけれど、だからこそまるで実在と不在を同時に抱えたまま動き回るエーテル粒子体はいまだ研究途中の解析されていない物理法則の一つだと言えるのかもしれない。

「だから横尾先輩は解析という観点からではなくどのような科学的反応とエーテル粒子体を結合させることが出来るのかという観点から実験を進めた。実現させたいと考える事象をブラックボックスの中に放り込むことでエーテル粒子体の実在的利用価値を高めることだけに終始した」

ドラゴンと呼ばれる想像上の生き物が物語の中には存在する。

精神医療的には脳内で作り出された畏怖の概念を既存の生物と連結させることで未知の生命体として人類は美術や物語の中に閉じ込めてきたと考えられている。

けれど、それはエーテル粒子体と有機物が結合することで誕生していた実際に存在している生物を模写したものだと考えるとするとどうだろう。

例えば、急速でトマトを発育させてしまう化学肥料のような役割をエーテル粒子体が果たしているとしたら? 彼女はそういった問題を魔術式と科学式を照らし合わせながら、エーテルの代用として物理的高エネルギー体を科学的に組成することでいわゆる『魔術回路』と呼ぶべき事象を簡易的に生成することに成功した。

つまり物理的触媒を使用することのない現象を高高度のエネルギー現象の使用によって可能にしたのだ。

「──それを思念と呼ばれる波動まで拡張したのが『陰陽魔導』であり、我々魔術科学研究チームはゴーストと呼ぶ高次元思念体の研究を幕開けさせることでこの論文を締め括りたい。

2011.0521. 横尾深愛──」

簡単にいえば、気合と根性で実現不可能なことがあってたまるかとでも言い切ってしまいそうな横尾先輩の提案はいわば魔術の彼岸からぼくらが少しずつ近づいてきている高等物理論理が成就すべき問題の近道を提案しているのかもしれない。

四次元以上の時空をぼくらが概念として認識することはいまだ困難であると言えるけれど、それは何故ぼくらがぼくらであるのかという根本的な問題を定義するための解決策を求めようとする真理の道、大統一理論の実証に向けての大きすぎる第一歩と呼ぶことが出来そうだ。

「なんてひとでござるか。よもや神や愛とでも呼ぶことが出来そうな不可視の現象の確定的情報に関する非科学的論文を堂々と理論づくめで学会に提出するなんて、阿呆だと思われることになんの躊躇いもないでござるな、横尾先輩は」

病理を外在化して正当性を与えていくことを『魔術回路』と呼んでしまうのであれば、確かに巧妙に作り込まれた偏在的プログラムもまた魔術であると主張する横尾深愛は『インディペンデンス』で人間存在の拡張と発展を最先端の科学設備と多額の資金を導入して研究を続けている。

「ねえ、私の左眼をもし偉い人たちが興味を持ち始めてしまったらどうするべきなのかな。教えて、YOU。AIもたぶんSOMEBODYも私にとても冷たく接するんだ」

『聞こえない眼』でお話をするチルドレ☆ンの中には芹沢美沙のことを疎ましく感じる人もいるらしい。

少し前にただの人間がやってきて私たちのことを否定しにやってきたんだってYOUは冷たい温度のチルドレ☆ンのことをそうやって説明する。

『アトレーユ』が理解し合うことが出来ないといって切り捨てた『古代種』たちが自分たちとよく似た形をしていたことに戸惑いを覚えていたのかもしれない。

黒い眼帯の奥では憎悪や憤怒なんていう見えない感情がいつも蠢いている。

「いつのまにかみんな寝ちゃったのか。ぼくの負担を少しでも分担しようと必死になってたのかな。ほんの少しだけだけど、哀しみが分散されている。合理的な対応なんて人が嫌がることを彼らが率先して引き受けてくれたんだ。疎ましくすら感じてしまうな」

あははと会議用テーブルで仁王立ちをする『アースガルズ』が笑っている。

「お前たちがいう超高度な人工知能を持った無機物生命体、つまりは俺と兄者、では当たり前のことだぜ!」

「俺様たちの中には共同体って概念がプリインストールされていないと考えてくれ。ルルってやつはとても勉強熱心だな」

怖いのは世間だっていったのは誰なのかなとぼんやりと静かになってしまった部室の中で思いに耽ける。

例えばこの二体のロボットたちがぼくらの社会に等身大の実体として混入したら、世間は理解できないバグだといって廃絶してしまうだろうか。

誰とも似通わない形を持ったのならば、自分と同じではないことを理由に嫌悪を向けるだろうか。

きっと、それでも、理解し合おうとして、求め合うのではないだろうか。そういう一縷の希望がカーテンの隙間から差し込んで会議用テーブルでうつ伏せになる沙耶の寝顔を照らしている。

(個体運用の合理的実現性を我々の神が許すのかどうかを参照したまえ。唯一神は常に世界と共にある。聖戦の日は近いぞ)

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