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スタートアップ冬の時代におけるコスト優位戦略 ("スタートアップだから大手より安い"という神話の終焉)

DCMベンチャーズの原です。この記事は別記事の一つのカテゴリとして書いていましたが、昨今の経済環境の変化から、これまで多くのスタートアップが行ってきたアグレッシブな経営手法に変化が求められているので、しっかり書くことにしました。具体的には"とりあえず競合より安く製品やサービスを提供"、"利益率は度外視で成長"という姿勢から、本質的なコスト優位性が求められてくると思っています。

スタートアップのプロダクト/サービスは安いのか

スタートアップにとって、"既存のプロダクトやサービスより安い"ということはとても重要なユーザーへの価値でした。実際多くのスタートアップが"既存のプロダクトより安くする"ことで成功してきました。

イノベーションのジレンマのように、複雑化、高品質化しすぎた既存製品を簡素化することでコスト減を達成するSaaSに代表される企業。
広告の取り方を工夫して無料でサービスを展開するようなGoogle, Facebookに代表される企業。
オンラインチャネルやバイラルを利用して営業/マーケティング費用を抑えることに成功した企業。
ソフトウェアが持つ高い粗利率とスケーラビリティを利用して、巨大化したときにキャッシュフローがJカーブを描く企業。
”安さ”はスタートアップの強い武器です。多くのスタートアップは構造上"安かった"のです。

スタートアップをめぐるコスト環境の状況の変化

ただし、スタートアップには本当は構造上コストが低くないのに"スタートアップだから"安くしていた企業も多くありました。ベンチャーキャピタルから調達したお金を使い、利益度外視でユーザー獲得してきたケースや、ソフトウェアなので値付けが難しくとりあえず業界最安値にしてきたケースなど、この数年のあいだ数多く見られました。潤沢なベンチャーマネーと競争激化による利益率無視のユーザー獲得競争に支えられたこの数年。それが変わりつつあります。

まず、Facebook、Googleに代表されるオンラインでのユーザー獲得コストが上がり続けており、オンラインで獲得することがコスト優位性に繋がることがなくなってきました。
次に、甚大な資金を使いユーザー獲得したあとに複数事業の展開や広告により収益化する(Uber, Lyft, Slack)というこの数年の戦略が、実は思っていたようにはいかない事がわかっています。
また、今後の景気後退に合わせて顧客の価格感度も高くなってきます。「スタートアップって面白そうだから使ってみよう」、そう思う企業は減ってきます。価格交渉されるケースは増え、ツール/サービスの見直しによりチャーンレートも上がるでしょう。
そして、何より重要な事として、以上のことを踏まえてベンチャー投資が落ち込み、そもそもの"とりあえず競合より安い価格付け"ができなくなるからです。

"スタートアップだから安い"という神話の終焉

また現実的には、大手企業や既存の製品やサービスの方が安いことがほとんどです。大手企業は規模の経済もあり、ベースとなる営業などのバリューチェーンも存在し、オペレーションの質は高いことが一般的です。同じ質の製品を純粋に作り、同じ利益率を出そうとする場合、スタートアップの方がほとんどのケースで高くなるでしょう。特にソフトウェア以外の領域になると顕著になります。誰もユニクロより安く服を作ったり、トヨタより安く車を作ったり、マクドナルドより安くハンバーガーを提供することは出来ないと思います。

"スタートアップは安い"という神話に騙されず、事業の構造上、戦略上、コストを抑えられるという本来のスタートアップの姿に戻る時がきています。
その答えの一助となるよう、いくつかの企業のケーススタディをご紹介することにしました。

その前に: コスト優位戦略の前にもっとも大切なこと

コスト優位性を考えるまずその前に、自分の会社のコスト体質を見直してください。スタートアップなのに大手企業よりも高いオフィス賃料を払い、採用費用をエージェントに払い、無駄な広告をうち、高いコスト体質となってしまった企業が散見されてきました。
いくらコスト優位がつくれたとしても、そのコスト体質だと利益率で大手に敵いませんし、コスト優位性でとても大切な組織の経営実行力がない、と暗に示している事になります。

コスト優位戦略のケーススタディ

1. 独占市場の選択 (Warby Parker)

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Warby Parkerはメガネ/サングラスを販売するD2C企業です。WhartonのMBA出身者が在学中にアイデアを思いつき2010年に創業、$500するメガネを$95で販売する事で順調に成長し、現在のバリュエーションは$1.75B(約1900億円)。Warby Parker出身のD2C企業も多く、D2Cの代表格の企業です。

Warby Parkerはなぜ既存プレイヤーよりも安くメガネ/サングラスを作る事ができたのか。これは業界構造に理由があります。

アメリカでシェアの40%を持つLuxotticaという企業があります。Luxotticaは製造卸から事業をスタートし、小売のLensCrafters, Sunglass Hut, Pearle Vision, Target Optical, Sears Opticalという合計9000店舗のメガネ小売チェーンを傘下に収め、ブランドとしてはRay-Ban, OAKLEY, COACH, PRADA, CHANEL等とのライセンス契約を持つ巨大メガネコングロマリットです。
さらにLuxotticaはメガネを買う際の保険会社eyemed(3900万人の保険)、レンズ会社などもグループに持ち、アメリカ消費者がハイエンドのメガネを買う際には、Luxotticaの店舗、ブランド、保険、レンズを避けることはできない構造となっています。

その結果、原価に対して20倍の価格でメガネが販売され、独占状態であると議論を醸す状態になっています。Warby Parkerはそこに目をつけ、通常の利益率で$95で販売することを目的に始まったのです。約1万円というメガネの価格は、ZoffやJINSがある日本の消費者からしたら安くも感じませんが、アメリカでは既存大手に対してはコスト優位を保っているのです。

Warby Parkerはオンラインとオフラインのチャネルを持つオシャレなD2Cだとの認識が強いですが、実はLuxotticaという独占企業が価格を下げない利益率が極めて高い業界の隙をついた企業なのです

2. セグメントの絞り込み (SoFi)

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SoFiはオンライン融資企業で、現在$4.8B(約5200億円)のバリュエーションがつくFintechを代表する企業です。(DCMはシリーズAから投資しています。)

SoFiのメインのプロダクトは学生ローンの借り換え。アメリカでは学生ローン市場は現在は$1.6 trillion (約170兆円)もあり、住宅ローンに次ぐ2番目に大きいローン市場です。アメリカでは学生ローンの利率は2020年時点で6%台(連邦レート)で、学費の高騰が続き多くの学生が1000-2000万円を借りています。

SoFiが主なカスタマーにするのが、ハーバードやスタンフォードなどを卒業した高学歴の若いプロフェッショナル。彼らにどこよりも安い利率で学生ローンを貸し出しています。いくらいい大学を出ているとは言え、資産も持たない学生ローンの利率は高いのです(かつ連邦レートは学校によらない)。
(SoFi初めはP2Pからスタートし、その後自分たちのバランスシート、証券化へと推移してきましたが、本記事の内容とずれるので割愛します。)

SoFiのローンの主なコストは、資本調達コスト、クレジットコスト、マーケティングコストに分かれます。資本調達コストは大手銀行には全くかないません。しかし、SoFiは高学歴に絞ったことでデフォルト率は一般の学生の1/4-1/5、クレジットコストを大幅に下げています。かつ、学校を絞ることで、当時は安かったFBなどを利用したターゲティング、バイラルを効かせたマーケティングでマーケティングコストを著しく下げました。

SoFiもただ利率を安くしたわけではなく、その裏付けになるコスト構造に支えられているのです。

3. 破壊的イノベーション (Box, Dropbox等の多くのSaaS企業)

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この"イノベーションのジレンマ"で導入された"破壊的イノベーション"は多くの説明が必要ないかと思います。まさに多くのスタートアップの戦略の基本です。
大手企業が顧客の要望に答え続け、競合との機能開発競争を続けた結果、必要以上の高品質の製品やサービスを提供しており、そこに新興企業がシンプルで安い"破壊的な技術"でユーザーを奪いはじめ、次第に品質も追いついていくことをさし、HBSのクレイトンクリステンセン教授が提唱した概念です。

古くは日本車の台頭、本でも紹介されるハードディスクやパソコン市場、航空市場おけるサウスウェスト航空などスタートアップ界で常に起き続けているイノベーションのジレンマ。最近ではホテルに対するAirbnb、タクシーに対するライドシェアなど枚挙にいとまがありません。

多くのSaaS企業はまさにこれの好例の宝庫です。BoxやDropboxにとってのShare Pointなど、多くのSaaS企業には"ディスラプト(破壊)"する既存のプロダクトがあります。はじめは大手企業は見向きもしてくれず、そのためSMB (small medium business)から販売しはじめますが、次第に機能も拡充され、かつてはクラウドを敬遠していた大手企業へと攻め込んでいきます。

日本でもそのような例が多く見られるようになり、DCMの投資先の代表例としてはSansanやFreeeなどがあります。Sansanの売り上げに占める大手企業の割合の推移を見ると破壊的イノベーションの例がわかるかと思います。

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4. バリューチェーンの再構築 (IKEA)

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みなさんもご存知のIKEAもかなり強いコスト優位性を保っている好例です。IKEAがコスト優位性を保っている"仕組み"をいくつか記載します。

顧客による配送と組み立て: 従来の家具店は組み立てが終わっているものを販売しますが、IKEAでは組み立て前の家具(フラットパック)で販売します。組み立てをする/しないによって、配送コスト、店舗で必要とするスペース、店舗までの物流コストが大きく変わります。IKEAは"組み立て"というプロセスを顧客に行わせることで物流費、不動産コスト、配送費も削減しています。
顧客によるピッキング: IKEAで買い物をした方ならご存知の通り、IKEAではまずショールームがあり、そこで気になる家具の番号を自分でメモをし、フラットパックが積まれる"倉庫"で家具を選んでいきます。この店舗設計にすることで、本来は倉庫で行うべきピッキング事業まで顧客に行わせているのです。
販売プロセスの削減: また、IKEAははじめに並べられたショールームがあることで、通常の家具店にいる"インテリアアドバイザー"のような店員はいません。このような販売に関わる店内サービスを行わないことで、コストを削減しています。

以上のように、デザイン、製造、組み立て、物流、販売、ピッキング、配送という家具業界が持つバリューチェーンの中で、IKEAは組み立て、販売、ピッキングを顧客に行わせ、販売を省略することで大きなコスト優位性を保っています。スタートアップでも"全て"を行うわけではなく、顧客が求める価値"だけ"に注力し、そのほかは、省略、外注、顧客に行わせるなどでコスト優位性が出るかもしれません。

他にもこの例としては昨今増えているAPI企業も例に含まれると考えています。

5-1. テクノロジーの利用: 中抜き業者の省略 (Figure)

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ここからはテクノロジーの活用例です。イノベーションのジレンマと同様、スタートアップにとっては最も強力なコスト優位性の源泉です。

FigureはDCMの投資先で、住宅ローン(正確にはHELOC: Home equity line of credit)を提供するFintechのユニコーンです。
FigureはProvenanceというブロックチェーンプロトコルを用いることで、数週間かかり中抜きの多かったローン組成を短期間化、低コスト化しています。組成、証券化、評価と中抜き業者の多い住宅ローン市場。Figureはすでに100%のローンをブロックチェーン上で組成しており、大幅なコスト削減を行っています。

ただしそれでマーケティングはせず、ユーザーは裏側で何が起きているかはわかりません。ブロックチェーンもAIも(SaaSもD2Cも)、技術や流行り言葉そのものの価値ではなく、その技術によって提供される顧客への価値の大きさが重要だと思います。ただこの後はブロックチェーンによって、様々な業界で中抜きをなくし、顧客へコスト削減を提供する企業は増えてくるだろうと思っています。

5-2. テクノロジーの活用: マーケットプレイス/マッチングによる稼働率向上 (Uber, Lyft等ライドシェア)

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Uberも、ライドシェアのUber Xはタクシーよりも低コストの構造を実現しています。
Uberのドライバーもタクシーのドライバーも時給はあまり変わりません(年によってはUberドライバーの方が多く稼ぐ)。車両費用、保険、社会保険、福利厚生などがライドシェアのため削減できるということもあります。
ただ、モバイルを使ったマッチングを行うことで、稼働率を上げることに成功していることも重要な意味です。それによって同じ時給をたとえ払ったとしても構造上安くすることができます。スマートフォンの登場、これがなければUberは成功しなかったのです。

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5-3. テクノロジーの活用: マーケットプレイス/マッチングによるコスト最適化 (CADDi)

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Uber以上にマッチング/マーケットプレイスを使いコスト効率化を行っているのがCADDiです。CADDi(キャディ)はB2B製造業の領域で、サプライヤーとなる加工会社と、カスタマーとなる製造業企業をつなぐマッチングプラットフォームです。日本の製造業の規模は180兆円ありその2/3が調達コストです。その中で40兆円を占める多品種少量生産(飛行機、鉄道、重機、MRI等)がCADDiの主な市場になります。

CADDiはアップロードされた加工品の3DCADなどの図面データから瞬時に見積もり、プラットフォーム上にある数多くの加工会社からもっとも価格、品質、納期がすぐれたものをマッチングします。
通常は数週間相見積もりにかかるプロセスを瞬時に行うことで、交渉コスト、監督コスト、を下げる事に成功しています。

これらに加えてCADDi上での製品が発注者にとっては安く、受注者にとっては利益が高く提供できる理由があります
CADDiが扱っている製品は少量多品種をターゲットにしているため、どれもテーラーメイドの製品です。テーラーメイド製品の特徴として、ある製品Aは工場cが安かったとしても、製品Bになると工場cが常に安いわけではないのです。
これは工場によってコスト構造や得意とする加工が変わり、少しの加工や材料の変化で最も安いところが製品によって常に変わるためです。
国際貿易に近いものがあります。それぞれのサプライヤーの得意不得意が異なり、ある製品(e.g., コーヒー豆)を作るならそれぞれに最適なサプライヤー(e.g., ブラジル)がいるのです。
さらに、CADDiは加工会社ネットワークを広げ続けることで、ある製品の製造により一層向いたサプライヤーが見つかる可能性が高くなり、ますます発注者にとっては魅力的な価格を提案できています。
ここで重要なのは、サプライヤーも受注価格を叩かれて安い価格になっているわけではなく、得意領域に特価することで今までよりも高い利益率を実現していることにあります。

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マーケットプレイスやシェアリングエコノミーにおける、ロングテール製品についての昔ポストしたtweetのスレッドです。


そんなCADDiは今絶賛採用中です!どうぞよろしくお願いします!

↓CADDiの採用サイト


まとめ

ここまでお読みいただきありがとうございました。ここまでのまとめです。

A. スタートアップにとって、サービス/製品が安いことは武器の一つ

B. 一方で、裏付けとなるコスト構造に関係なく、ただ利益率を悪化させ"競合より安く"してきた企業が増えていた

C. 冬の時代を迎える今後は、本質的にコストを競合より抑えられる構造を持ち、持続可能なコスト優位性が持つことが求められる

D. ただし、そもそもの企業のコスト体質(オフィス、採用費用、広告費用)を削ることがまずはじめの一歩

E. その上で、1.独占市場や2.セグメントの選択、3.簡易的な製品による破壊的イノベーションの利用、4.バリューチェーンの調整、5. テクノロジーの活用、を行いコスト優位性をつくっていく。スタートアップにとってはとくに、3.破壊的イノベーションと5.テクノロジーの活用が重要

スタートアップの本来の姿である、大手よりも"かしこい"コスト構造を発見し、持続可能なコスト優位性によって、大きなテック企業が生まれる事を期待しています。

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