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シリーズ・映画配給会社プロジェクト    その1. 『天使の入江』

 5月20日のNHK NEWS WEBの記事によれば、「先月国内で上映された映画の興行収入は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で去年の同じ月と比べて96%減り、記録のあるすべての月の中で最も低くなりました」とある。先月とは2020年4月のことだ。緊急事態宣言とそれにともなう自粛要請の影響は、映画館はもちろんだが、配給会社、宣伝にも及んでいるのはご存じの通り。そんな中、映画館を運営し配給も行うUPLINKがオンライン映画館「UPLINK Cloud」を立ち上げた。定額制で期間限定見放題という取組みで、購入者の意志で寄付も可能というものだ。その「UPLINK Cloud」内で、独立系映画配給会社による「Help! The 映画配給会社プロジェクト」が先日スタートした。第一弾は5社が参加し、5月22日には新たに8社が加わるという。そこで、このプロジェクトで配信されている作品のいくつかについて、数回にわたって書いてみようと思う。気になる作品があれば、ぜひ上記リンクから申し込み、視聴いただければ幸いである。初回はジャック・ドゥミ『天使の入江』(配給:ザジフィルムズ)を取り上げる。

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『天使の入江』La Baie des Anges  (c) cine tamaris 1994


やめられないとまらない


 『天使の入江』は1962年の作品で、ジャック・ドゥミのキャリアの中でも初期のものにあたる(監督デビューが1955年、初の長編作『ローラ』が1961年作品)。主演はジャンヌ・モローとクロード・マン。パリの銀行に勤めるジャン(クロード・マン)はギャンブル好きの友人に連れられてアンガンのカジノに行き、ビギナーズラックかルーレットで大当たり。大金を手にして帰宅すると、時計職人である父にその金がギャンブルで得たものだと知れ、ジャンは勘当されてしまう。パリを離れ、ニースに着いたジャンは、通称「天使の入江」にあるカジノに通うようになり、そこでジャンヌ・モロー扮するジャッキーという名の女性に出会う。二人は意気投合し、ギャンブルのパートナーとしてルーレットに賭け続けた。

 ギャンブルなので勝つときもあれば大負けする日もある。すべては運次第。負けてすっからかんになったジャッキーは、ギャンブル断ちをして新たな人生を始めようと駅に向かうが、ルーレットの誘惑に抗えず、踵を返してカジノへ。ジャンもそれに付き合い、見事に大勝した。ふたたび大金を手にした二人は、その金でクルマやドレス、タキシードを買い、モンテカルロで優雅な生活をおくるようになるのだが––––というのが本作の途中までのあらすじである。

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『天使の入江』La Baie des Anges  (c) cine tamaris 1994


躁状態と運のなさ


 全篇を通して、ある種の躁状態、興奮状態、スピード感がついてまわる。それを端的に現しているのが本作のオープニング・シークエンスだ。「天使の入江」(ニースに実在する湾である)沿いにのびる「英国人の散歩道」を歩いているジャッキーの姿を正面から捉えているカメラは、猛スピードでジャッキーから遠ざかり、「英国人の散歩道」の両側の景色を後方に追いやりながら進んでゆく。添えられたミシェル・ルグランの手になる曲が躁状態に拍車をかける(この曲はルーレットの音を表現するべく作られている)、大変素晴らしいオープニングである。そしてこのオープニングはエンディングと対をなすものなので、ぜひこの機会にご覧いただければと思う。

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『天使の入江』La Baie des Anges  (c) cine tamaris 1994

 それにしてもジャッキーは「私にとって賭けは宗教も同然よ」と宣うわりには自分だけだとさっぱり勝てない。勝つのはジャンといるときだけだ。運がないのである。そうした観点からオープニング・シークエンスを思い返すと、ジャッキーを離れてゆくカメラは、運あるいは神的な視点なのかもしれない。そんな運のないジャッキーだが、不思議と悲壮感はなく、ルーレットのカラカラとした音のように乾いた印象がある。生活のため、単に金を稼ぐために賭けるのではなく、あくまでも賭けるという行為そのものを真剣に執り行っているからであろうか(もっともそれが厄介なところでもあるのだが)。劇中の身なりも品格と艶っぽさがあり(ジャンヌ・モローの衣装はピエール・カルダンが担当)、ブロンドヘアとも相まって明るいイメージを形づくっている。

 上のトレイラーは、2017年の特集上映「ドゥミとヴァルダ、幸福についての5つの物語」の際のもの。この特集上映では、ジャック・ドゥミとアニエス・ヴァルダ夫妻、それぞれの作品がスクリーンにお目見えした。今回の配信でもその特集上映時の全作品(『ローラ』『天使の入江』『ジャック・ドゥミの少年期』『5時から7時までのクレオ』『幸福(しあわせ)』)がラインナップされている。

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