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情報格差による不利益や被害は、その人の自己責任?
情報格差は、どこにでも存在する。
同じ人間であっても、同じ情報量を持っていることは決してない。
例えば、モノを売る側と買う側。
売る側のほうが情報を基本的には沢山持っていて、不都合な情報を渡さないのは基本。
上司と部下。
その間にはマクロな情報とミクロな情報という観点で、差が存在している。
親と子供。
その間には、時間と経験を通しての差が存在している。
一般人と政治家。
見える世界はもちろんのこと、入ってくる情報や質は、全く違うものであるに違いない。
質のいい情報と嘘が紛れ込んだ情報というものについても、ある人にとっては宝物になるし、ある人にとっては毒物にもなる。
それだけ、本質を見極められるかどうかという事の差は大きい。
情報格差によって不利益や被害を被ることがある。
それは税金の話であったり、お得な情報の有無であったり。
税金に関する知識がある人は、最も効果的に税金を少なくする方法や手法をうまく活用することで合法で税金から逃れることも可能だが、知らない場合は無駄な分の税金も沢山納めることになる。
さらに世界情勢に関して、今後の見通しをある程度得ていない場合は、給与が上がらなかったり、最悪お金がインフレによる紙くずになったときに対処が出来ない。
一方で知っている人はふるさと納税やNISAや不動産投資、その他さまざまな手法で自分の資産を保全できたりする。
命にかかわる情報格差も増えてきているのも、現代の特徴。
食に関して何も気にせずに周りに流されて食べているならば、それは病気という大きな不利益がいつかやってくる。
病気における高価な薬やワクチン一つとってみても、情報があるかないかによってその判断は分かれる。
この情報を得ることが出来た人、得られなかった人で、大きな格差が生まれる。
特に、その結果として不利益を被るような機会が多くなっているように感じる。
不公平だ、この格差をなくさなければならない、誰にでも平等に情報にアクセスできる状態であることが望ましいと主張するひともいるかもしれない。
ただ、その情報を獲得するために動くことが出来たかできなかったかは、根源的にはその人の行動次第というとこになる、ある意味自己責任の面が大きいような気もする。
情報格差による不利益や被害は、その人の自己責任で片づけてしまっていいのだろうか。
もちろんある程度は自己責任になるかもしれないが、個人的にはそうは思っていない。
そもそもの仕組みとして、現代では情報へのアクセスの可否による、情報格差に陥らないようにする仕組みはあまり多くは存在していない。
というのもよほどプライベートな情報を除いた公開情報のほとんどはアクセス可能で、情報への門戸は開かれていることがほとんど。
お金をかければある程度質の高い情報を得ることが出来るが、その情報ですら一度世の中に出た地点で何らかの形で全世界が知る手段があるといっても違いない。
ただ、その情報に対して認知させないための罠が沢山溢れている。
その結果として本当に知るべき人が認知出来ず、結果として重要な人に対してアクセス不能というものも多くある。
重要だと認識できないこと、真贋を見極めることが出来ないこと、そのための知識や知恵が圧倒的に不足していることが、情報格差の要因であることが多い。
認識に差があり、それが情報格差につながることを認知できない、このことについては知っておいた方が良いように感じる。
なぜならそれを知ることが出来れば情報格差の存在が認識出来るようになり、情報差を埋めようと努力し挽回することはある程度可能であるから。
街を歩いていても、目に映るものは人によって全く違う。
ある人にとっては情報して映るものも、ある人にとってはそもそも認識されない。
その結果として、情報源にアクセスできる人と出来ない人の差は大きい。
その差をどこまで認知することが可能か。
それがしっかりと認知出来てさえしまえれば、情報格差による不利益や被害を避ける手段を選ぶことが出来るようになる。
アンテナ高く、認識を網を広げ、得られた情報から最適解を常に考えて選択し続ける。
その努力を続けることが出来れば、意外と何とかなってしまうことも多いに違いない。
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