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経口中絶薬の承認にあたり

注)このnoteは、株式会社ネクイノ代表取締役の石井健一が株式会社ネクイノメンバー向けに書いているnoteです。そのため、使用している用語に通常で使われているものと意味合いが異なる場合があります。

1.経口中絶薬がいよいよ承認へ

臨床試験の終了、申請から1年以上経過していよいよ経口中絶薬が承認、供給される見込みとなりました。今までの流れから推測すると保険適応ではないため「薬価がつかない」形での流通になるので、早ければ1ヶ月以内、遅くとも2〜3ヶ月以内には流通が開始されると思います。
まず、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)社会実装の観点から、新たな選択肢が認められ実用化されることは大いに喜ばしいことと考えます。
一部社内メンバーは既知のことかと思いますが、実はネクイノ社内ではオンライン診察プラットフォーム「スマルナ」上でこの経口中絶薬をどう扱うべきかについて販売元であるラインファーマ社が申請を行なったフェーズからプロジェクトに参画する先生方や外部専門家の方々と協議を重ねてきた経緯があります。その一部は社内勉強会として、また時には日頃情報提供をさせていただいているメディアの方々向けにクローズドの勉強会としてこの経口中絶薬の特徴やこのお薬を取り巻く環境、安易に海外での状況と比較をすることの危険性などについてコミュニケーションをとってきました。
今回の承認を契機にこの内容をいくつか紹介いたします。

2.経口中絶薬ってどういう薬?

経口中絶薬は、その名の通り「経口(口から服用する)で妊娠を中絶することが可能な薬」です。主たる有効成分として
●ミフェプリストン
妊娠を維持するために必要なホルモンの働きを抑える
●ミソプロストール
子宮を収縮させるこの2種類の成分の効果として妊娠を維持できなくなり、中絶ができる仕組みです。
服用方法、有効率については公開されている添付文書(案)から引用するとまずミフェプリストン錠1錠(200mg)を内服します。その後36〜48時間後の状態に応じてミソプロストールバッカル錠(バッカル錠とは、頬と歯茎の間に挟み唾液でゆっくり溶かせて口腔粘膜から吸収させるお薬のことらしい)4錠(計800μg)を左右の臼歯の歯茎と頬の間に 2 錠ずつ30分間静置する。30分間静置した後、口腔内にミソプロストールの錠剤が残った場合には飲み込む、という方法で使用するそうです。
有効率に関しては、国内第3相試験においてミソプロストール投与後24時間での中絶成功率は93.3%海外での臨床試験とほぼ同等の成績が出ています。

3.有効性はわかった。安全性は?

少し前の海外での報告になってしまうのですが、いわゆる人工妊娠中絶術(手術、吸引法)と経口中絶薬を比較した報告があります。

社会勉強会で使用した資料

これは少し乱暴な比較なのですが、手術に比べ中絶失敗率、有害事象全般、出血、不完全流産は経口中絶薬の方が多くなっています。一般的に手術と経口薬を比較する場合、手術の方が侵襲性が高く経口薬の方が安全性が高そうなイメージがありますが、データから見ると決してそうとも限らない、ということが示唆されます。

4.費用はどうなるの?

保険適応外の薬剤になるため、いわゆる公定価格=薬価がつきません。そのため流通金額がどのくらいになるか、最終的に生活者が支払う金額がどのくらいになるのはについては現時点(2023年4月24日現在)では不明です。先行報道ではWHOでは数ドルだから・・・といったような報道も見受けられますが、同じような物価水準だったり医療インフラがある国でどのような運用がされているか調べてみました。

中絶の費用について

各国、保険制度や償還の仕組みが異なるため一概に値段を比較することができないのですが、参考文献に記載があるように「比較的信頼できる機関」の情報を中心に抽出すると上記のスライドのようになりました。これらによると概ね手術の際の費用は500USDから1,000USD強、日本円で7万円から14万円くらいでしょうか。これに対して経口薬を使用した場合の費用は同じく400USDから700USD、これも日本円で6.5万円から10万円くらいと手術と同等かやや安い値段設定になっている、とざっくりご理解ください。なお、経口中絶薬の費用の中にその後の処置や管理の費用が入っている場合と入っていない場合がありますが、少なくとも先進国において先行報道にあったように数ドルで提供しているケースは見当たりませんでした。(繰り返しになりますが各国では保険制度・償還制度が異なるので一概に比較はできません。)

5.手術と経口薬の使い分け、適応判断

勉強会の中で講演してくださった医師へ出た代表的な質問の一つですが、結論から言えば「学会などが一定の指針を出すであろうから待とう」というものでした。日本の人工妊娠中絶術は非常に安全で成功率が高いものなので、この仕組みをあえて手放して経口薬から優先して使用する、というのは理屈だけで考えると蓋然性は低いです。一方で、侵襲性を望まない生活者にとって経口薬は選択肢を広げられる可能性があるので、いきなり結論を出すべきではなく世の中と対話をしながらあるべき姿に着陸させていくのが良い形なのかもしれません。

6.スマルナで経口中絶薬を取り扱うの?

結論:現時点で取り扱う予定はありません。
勉強会開催時点でこの判断はすでに持っていましたが、いくつかの点でオンライン診察を中心としたソリューションの中に「組み込むべきではない」ものである、と判断しています。参加していただいている先生方からプラットフォーム上での運用について強く要望が出てくるようであれば再度協議を行いますが、現時点では上記のとおりです。
理由:生活者の安全性が確保できないから
妊娠の確定には検査薬を用いた検査のほかにエコーほか診断機器を使用した検査が必要です。特に、子宮外妊娠などのリスク除外について現時点の技術水準ではオンライン診察で的確に行うことは不可能と言わざるを得ません。また、服用後の予期しない有害事象(出血ほか)への対応が自宅では不十分であると考え、これらは安全な手術が可能な日本において著しく生活者のリスクを高める以外の何物でもない、と考えています。(実際、承認要件として薬を投与できるのは「母体保護法指定医師」として都道府県医師会に指定を受けた医師のみに限られ、服用した人が横になる場合に備え、ベッドがある病院や診療所のみで使用が認められそうです)

最後になりますが、もしかしたら『生活者の選択肢を確保する!経口中絶薬を飲む権利を支援するんだ!』といった文言を巧みに使い、オンライン診察を使って医薬品を供給するプレイヤーが出てくるかもしれません。そういった情報を目にしたときは、改めてこのnoteを見直してもらって、「科学的根拠に基づくとか、生活者の安全とかそういうのは横においておいて、”ああ、そういうスタンスなんだな(遠い目)”」ってそういったプレイヤーを見てもらえればいいんじゃないかな、と思います。

繰り返しますがスマルナ(ネクイノ)では科学的根拠を大切に考え、そこから生活者の利便性や未来の形を推測し提案することにこだわりを持っています。それは医療に軸足を置くチームだからこそです。
SRHRの社会実装に向けてはまだまだ道半ばです。僕たちだけで解決できるとは限りません。これからも社会と対話をしながら「医療空間と体験のサイテイギ」に向けて一歩一歩進んでいきましょう。

2023年4月24日
株式会社ネクイノ
代表取締役 いしけん

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