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旅人のうっす~いnote4選-うっす~い文章を書くためのメソッドを8つ添えて


春の始まりの中央線に揺られていると、情感たっぷりのエッセイが読みたくなる。

普段は情報量が多い本を好んで読んでいるけれど、この季節だけは、決まってエッセイを読む。

僕の住んでいる東京の西のはずれから新宿駅までは、電車で大体1時間だ。穏やかな春の陽光が差し込み、真新しいスーツの新入社員が乗り込み、くたびれた部活帰りの高校生が座り込む。毎年恒例であろう車内の様子を背景にして読む本は、小難しくないものがいい。ワクワクする春の空気に合わせた、エモーショナルなものがいい。

昨日は、久しぶりに沢木耕太郎さんの『深夜特急』を読んでいた。大学生の時に読んで以来だから、8年ぶりくらいだ。


「バックパッカーのバイブル」なんて表現されることもある本である。30年くらい前に一世を風靡した本で、当時のバックパッカーは全員読んでいたらしい。

僕の世代のバックパッカーも結構な確率でこの本を読んでいたので、世代を越えて読みつがれる名著なのだろう。かくいう僕も学生時代にこれを読んで、居ても立っても居られずに旅に出たことがある。この本には、そういう魔力がある。


沢木耕太郎さんの文章には、気負ったところがなく淡々としていて、でも筆力が極上なものだから、異様な情感と迫力がある。

香港を移動するためのフェリー「スター・フェリー」についての描写を引用しよう。


スター・フェリーには、昼には昼、夜には夜と、その時刻によってそれぞれ異なる心地よさがあった。

光の溢れる日中には、青い海の上に真っ白な航跡が描かれ、その上をゆったりと鳥が舞う。大気が薄紫に変わる夕暮れどきは、対岸の高層建築群に柔らかな灯が入りはじめる。そして夜、しだいに深まる闇の中で、海面に映るネオンが美しい紋様を描いて揺れるのだ。私はこのスター・フェリーに乗ると、それまで自分が身を置いていた街路の興奮から醒め、心が穏やかになっていくのを感じた。

(中略)

人が狭い空間に密集し、叫び、笑い、泣き、食べ、飲み、そこで生じた熱が湯気を立てて天空に立ち昇っていくかのような喧噪の中にある香港で、この海上のフェリーにだけは不思議な静謐さがある。それは宗教的にも政治的にも絶対の聖域を持たない香港の人々にとって、ほとんど唯一の聖なる場所なのではないかと思えるほどだった。

(中略)

払っている金はたったの六十セント。しかし、それ以上いくら金を積んだとしても、この心地よさ以上のものが手に入るわけでもない。六十セントさえあれば、王侯でも物乞いでも等しくこの豪華な航海を味わうことができるのだ。

六十セントの豪華な航海。私は僅か七、八分にすぎないこの乗船を勝手にそう名付けては、楽しんでいた。

沢木耕太郎.深夜特急1―香港・マカオ―(新潮文庫)(Kindleの位置No.1377-1399).新潮社.Kindle版.


どうだろうか。ただ乗り物を描写しただけなのに、香港の人たちの見ている景色や、生活や、心情がありありと伝わってこないだろうか。

この一文がとにかくすごい。「それは宗教的にも政治的にも絶対の聖域を持たない香港の人々にとって、ほとんど唯一の聖なる場所なのではないかと思えるほどだった」。特別行政区・香港が持つ危うさを、フェリーが持つ穏やかさと対比することで鮮やかに描き出した一文だ。

「街角の喧騒から逃れてフェリーで静謐を味わう」という叙情性たっぷりの旅行体験に、香港の複雑な情勢を重ねて描き出すセンス。完璧な文章だと言っていいだろう。村上春樹は「完璧な文章などといったものは存在しない。 完璧な絶望が存在しないようにね」と書いているが、僕はそうは思わない。

こういう完璧な文章を読むと「やられたな」と感じるし、「僕もこういうものを書きたい」と感じる。そして、つい自分も旅に出たくなる。


完璧な文章は存在しないとしても

旅について書いた文章は「紀行文」と呼ばれる。文学の伝統的な一大ジャンルだ。松尾芭蕉『おくのほそ道』はもちろん、マルコ・ポーロ『東方見聞録』だって、紀行文と呼んで差し支えないだろう。

人類は何百年も、何千年も、旅についての文章をしたためてきて、いくつもの名文を生み出てきた。そして僕らは、そんな先人たちの名文に触れてきた。中学生の時、『おくのほそ道』の序文を暗唱するテストがあった人はかなり多いはずだ。きっとあなたも「月日は百代の過客にして~」というフレーズに聞き覚えがあるだろう。


あらゆる芸術や技術は、先人たちの功績を踏み台にして高いレベルに昇華されていくものである。だから、これから新たに紀行文を書く人は有利だ。

『おくのほそ道』や『深夜特急』を越えられるかどうかはともかく、先人の功績にアクセスして学ぶことができるという点で、後世の僕らには大きなアドバンテージがある。少なくとも昔より、良いものを生み出しやすい環境は整っているはずだ。



にも関わらず


現代の旅人が書くnoteはビックリするくらいつまらないことが多い。


なぜか分からないが、書き手が「オレ旅人で~す!」と自称していればしているほど文章の水準が劇的に下がる気がする。

その水準の低さは並々ではない。沢木耕太郎さんのスターフェリーの一文が出るか出ないかとかそういうレベルでなく、やる気のない小学生の作文に勝つか負けるか、そういうレベルである。

「インドに行きました!楽しかったです!インド最高です!みんな優しかったです!人生ってすごいです!インド楽しかったです!」みたいなnoteが散見される。

松尾芭蕉の辞世の句は「旅に病んで 夢は枯野を かけ巡る」だが、現代の旅人の文章は「旅に病んで 文は気合が から回る」といった趣がある。


もちろん、noteは誰でも文章が書けるプラットフォームだし、玉石混交が前提だ。旅人に限らず、あらゆるジャンルの文章で品質の低いものはたくさんある。

しかしなぜか、僕の観測範囲に入ってくる旅人のnoteは輪をかけて品質が低い。「料理」記事の平均点が70点であるのに対して、「旅」記事の平均点は21点だ。


一例を挙げよう。2年前にバズっていた、インドで詐欺に遭った旅人の記事だ。「緊急帰国」とシンプルに銘打たれたその記事は、SNSでかなり拡散された。読んだ方も多いかもしれない。

緊急帰国

この記事、とにかく文章力が低すぎてめまいがする。「インドの警察に扮した詐欺グループに騙されて100万円以上取られた」という経験自体は非常に貴重で面白いのだが、いかんせん文章力が低すぎて「インドの詐欺グループも問題だが、それより日本の国語教育が問題だ」と全然関係ない問題意識で頭がいっぱいになってしまう。一部抜粋しよう。


二日目は、ドレスを仕立てる以外に何も予定がなかったので、村の子供達と
ひたすら遊んでいました!特にけん玉は人気でした!クリケットのような
遊びも教わりながら一緒に遊びました!とても楽しかったです!
遊んで疲れたら、少し昼寝をしてまた遊ぶ。子供たちの無邪気な笑顔は最高でした!


「一緒に遊びました!とても楽しかったです!」と、完璧な小学二年生構文を見せつけてくるところに迫力を感じる。

完璧な文章は存在しないとしても、完璧な小学二年生構文は存在するのだ。これは村上春樹も異論がないだろう。


「緊急帰国」から内容を引き算した記事

とはいえ、先ほどの「緊急帰国」記事は「つまらない旅人のnote」として取り上げるようなものではない。内容が興味深いからだ。

文章には0点の評価しかあげられないけれど、インドで豪快に詐欺にあった話はとても興味深いし、社会的な意義も大いにある。手口を世間に周知させる記事はとても有益だ。たとえそれが小学二年生構文であっても


ということで、本格的にバカにするべき旅人のうっす~いnoteとは、「緊急帰国」記事から内容を引き算したものである。つまり、純度100%の、存在意義が分からないnote。

たまにそんなうっす~いnoteを目にしてしまい、読み終わった後に「何も残らなかった……」と完璧な絶望をすることになるのだ。完璧な絶望は存在する。完璧な小学二年生構文が存在するようにね。


そういうワケで、今日は僕が厳選した「旅人のうっす~いnote4選」を書こうと思う。情報をくれた皆様に心からの感謝を申し上げたい。


ツイートをしたら割とすぐに見ず知らずの人からたくさんの情報をいただけて、「ああ、世界はこんなにも優しいんだなぁ」と感じて、涙が出てきました。人の優しさにふれることができたのが、今回の旅のいちばんの収穫でした。

その日見た夕焼けは本当にキレイで、言葉も通じないおばあちゃんからもらったチャイが身体に染みました。人のあたたかさに触れることができて、こんなにキレイな夕日も見れて、勇気を出して旅に出て本当によかったと思いました。一生ものの経験です。また必ずインドに来ます。ほんとうに皆ありがとう!またね!!


……間違えた。僕は別にインドで情報をもらったワケではない。旅人のうっす~いnoteを一度に読みすぎて脳が蝕まれてしまった。

とにかくそういうことで、今日は旅人のうっす~いnoteを紹介しつつ、その特徴を分析/分類しながら、イジっていこうと思う。

特徴をしっかり分析するので、本記事を読んでもらった後は、旅人のうっす~いnote風の文章が書けるようになる。旅人のうっす~いnote風の文章を書いておままごとならぬおうっす~い旅人ごとを楽しみたい皆さんはぜひ読んでいただきたい。

実際、本記事のメソッドを使って僕は近々うっす~い旅人風『走れメロス』を書こうと思っている。そういう形で活用していただければ幸いだ。


それでは、以下実名が出るので有料になる。単品購入(300円)もできるが、定期購読(500円/月)がオススメだ。いつ入っても今月書かれた記事は全部読める。4月は4本更新なので、バラバラに買うより2.4倍オトク。


では早速1本目の記事を見ていこう…。


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