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バカが自称しがちな肩書一覧-現代にあふれるプチ葦原金次郎。

あなたは、「僭称」という日本語をご存じだろうか。日常会話で使わない言葉なので、聞いたことのない方も多いかもしれない。

僭称とは、自分の身分を越えた地位を名乗ることである。王ではないものが王を名乗る、あるいは、皇帝ではないものが皇帝を名乗る、といった塩梅だ。皇帝じゃないのに皇帝を名乗っちゃった人は、僭称皇帝と呼ばれる。

一見、そんなことあるの?頭おかしい誇大妄想野郎じゃん。と思うような話だが、実際はそうでもない。僭称皇帝は大抵「派閥争いの結果生まれるもの」である。というのも、世界史では実にしばしば「オレが本物の皇帝だ!」「いや、オレこそが本物の皇帝だ!」という戦いが始まる。

そして、勝った方が本物の皇帝になり、負けた方は僭称皇帝になる。「勝てば官軍」とはよく言ったものだ。世界史の本質を表してる言葉ナンバーワンなんじゃないかと思う。


さて、そういうワケで、「僭称皇帝」はヤバいヤツなのかと言えば決してそんなことはなく、むしろ、時代に担ぎ出されたものの、敗北して僭称の烙印を押されたかわいそうな人なのである。


……と、ここまでは「僭称」の一般論である。世界史の教科書に載るような「僭称皇帝」は全員このパターンであると言っていい。彼らはヤバいヤツではなく、かわいそうな人だ。


ホントにヤバいヤツの事例もある

ところが、ホントにヤバいヤツが僭称しているケースもある。

日本での有名な事例で言うと、「葦原金次郎」という人がいる。

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この人、24歳の頃から精神がだいぶおかしくなり、自分のことを「将軍」であると思い込むようになった。そして、「相撲取りの部隊を出してロシア軍のトーチカを破壊せよ」などの名言(?)を毎日のように残している。

葦原金次郎の奇抜で過激な言動はマスメディアに大いにウケた。たくさんの新聞記者が彼の話を聞きにきて、こぞって記事にしたという。当時は「精神がおかしくなった人をバカにする」ことがマスメディアで認められていたようだ。精神病院のことが「癲狂院」と呼ばれていた、おおらかな時代である。

筒井康隆は、そんな葦原金次郎の生涯に着想を得て、短編小説を一本書いている。

「将軍が目醒めた時」、最近読んだのだが、実に優れた短編だった。

小説のざっくりしたあらすじはこうだ。

・50年近くも「将軍」として精神病院で生きてきた葦原が、ある日突然正気に戻る。
・医者から、50年間自分が行ってきたことを聞かされ、大いにショックを受け、反省する。
・ところが、病院の院長から「正気に戻ったことは隠しておいて欲しい」と頼まれる。(新聞記者からの注目度が高く、病院の利益に繋がっている葦原が正気に戻られると病院は困る)
・仕方なく葦原は正気を保ちながら狂気のフリを続けるが……

筒井康隆らしい変な設定がたまらない。僕は筒井康隆の作品は「時をかける少女」みたいな名作よりも、こういう変なものの方が好きだ。

筒井康隆はこの変な設定を通して「正気と狂気」というテーマを鮮やかに描き出している。僕が特に注目したいのは、何年も狂気のフリをした後の葦原のセリフである。


考えてみると、わしがいちばん幸福だったのは気が狂っておった間ではないかという気がするのです。
『将軍が目醒めた時』(新潮文庫Kindle版). Kindle位置:4329
つまり、他人から認められたいというわしの夢を実現するためには、わしは気が狂っていなければならなかった
『将軍が目醒めた時』(新潮文庫Kindle版). Kindle位置:4333


何年も「狂気のフリ」をしているうちに、彼は自分の幸せは正気ではなく、狂気の中にあったのではないか、と思い始めるのである。

彼は狂気の「僭称」によって、他人から認められていた。堂々と僭称者でいることが、彼にとっての幸せだったのだ。


プチ葦原金次郎で満たされた世界で

僕はこの小説を読みながら、現代社会はプチ葦原金次郎で満たされているのではないかと考えていた。僕の身の周りにも、プチ葦原金次郎がたくさんいる。

例えば、収入を盛りまくって公開してしまう情報商材屋。「スキルゼロの状態から爆速で月収500万を突破した仕事術」みたいなのを公開する人。彼がやってるのはしょぼいごまかしであり”僭称”なんて大げさな言葉を使うべきではないんだろうけど、実際には名乗るべき立場にない人が名乗ってしまうという意味では、プチ僭称といえよう。

そして、このプチ僭称は、インターネットだけではなく、至るところで見られるのだ。情報商材屋みたいなわかりやすい事例でなく、普通の飲み会で普通の人もよくやっている。

葦原金次郎が”他人から認められたいという夢を実現する”ために狂気の僭称を行ったのと同様、飲み会で「他人から認められたい」と思った人は頻繁にプチ狂気のプチ僭称をする。”将軍”ほど大それていないけれど、明らかに名乗るべき立場にない肩書を名乗ってしまう。

今日はそんな、しょうもない人がやりがちなプチ葦原金次郎ムーブについて書いてみたい。

なお、実際に身の周りの人が言っていた言葉を事例つきで取り上げているので、以下有料である。気になる方はぜひ課金して読んで欲しい。単品購入(300円)もできるが、定期購読(500円/月)がオススメです。いつ購読開始してもその月に書かれた記事は全部読めるよ。3月は5本更新。


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