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今だから書ける、やめた事業の裏話。ハイになるキノコ/廃棄物処理場にされる敷地。

大人は色々なしがらみがあるもので、身の回りの出来事をなんでもかんでも書いていいワケではない。当然だが、秘密保持義務がある話は一切インターネットに出せない(賠償金を取られるから)。それから、シンプルに違法な話も書けない(捕まるから)。

あと、社会的にウケが悪そうな本音も、あんまり書けない。自分が今やっているビジネスについては特にそうだ。飲食店のオーナーが「客はバカだから化学調味料をいっぱい使えば喜ぶ」みたいなことを言ってしまったら、たいへんな反感を買って店の経営が立ちいかなくなることもあるだろう。

また、客が離れそうな失敗談なども書けない。「うっかり店のバックヤードがゴキブリだらけになっちゃった☆」などと書こうものなら、その店に行く人は激減するだろう。

そういうことで、僕のような比較的あけすけにものを言うタイプの人間でも、「これは今の立場だと書けないなぁ」と思うことがたくさんある。

しかし振り返ってみると、かつて「書けない」と思っていたが、今なら書けるようになったことがたくさんある。インターネットの発信にも時効があるのだ。具体的には、昔やっていたけど撤退してしまった事業の話とか。

もっと具体的に言うと、僕は2017年から月額会員制村作りサービスなる謎のビジネスをやっていた。この頃の話で、「当時は書けなかったけど、今なら書けるな」と思う体験がたくさんある。

だから、今日はそんな「今なら書けるもの」を書く。いわば時効蔵出し記事である。

今なら書けるとはいえ、あまり表立って言うべきことでもないので、途中から有料になる。気になる人はぜひ課金して読んでほしい。単品購入(300円)もできるが、定期購読(500円/月)がオススメだ。いつ入っても今月書かれた記事は全部読める。2月は4本更新なので、バラバラに買うより2.4倍オトク。


その辺に生えているキクラゲらしきものを食べる

二泊三日の「家作りワークショップ 第1回」をやったときの話だ。家づくりワークショップは何度かやったけれど、このときは初回だったので一番印象が強い。

ワークショップの初日夜、僕たちは火を囲みながら語り合っていた。客が10人ほどと、運営スタッフが5人ほど。インフラも届いていない限界集落の山奥だったので、ほぼキャンプである。ワークショップのときは夜になると焚き火を始めるのが常だった。今思えばずいぶん贅沢な生活だった気がする。客と運営者の垣根を越えて、焚き火を見て酒を飲みながらいつもダラダラと4時間くらい語り合っていた。


あの頃はよく、焚き火と酒瓶の写真を撮った。


焚き火を長時間やっていると、燃やす薪がなくなってくる。都会のキャンプ場だと薪は買わないといけないけれど、僕たちは違う。薪はそこら中に落ちている。自分たちが借り切っている1400坪の敷地があるので、敷地内の枯れ木や枯れ竹を拾ってきて燃やせばいいのだ。(たまに敷地外からも拾ってきていたような気もするが、その点について深入りするのは避けよう)


で、この日もいつものように薪を取りに行ったのだが、そこで異変が起きた。キクラゲっぽいものを見つけたのだ。

キクラゲっぽいもの


僕は大喜びで「キクラゲ生えてない?」と枯れ木を持って帰った。当時の僕は狩猟採集民族のような価値観だったので、森で珍しいものを見つけたらエラいと思っていたらしい。

そんな僕を迎え入れるスタッフと客数名。彼らの反応は千差万別だった。

キモっ!!!!何これ????」という反応をする人もいれば、「すげえ!!キクラゲだ!!食おうぜ!!」と言う人もいた。


ところで、アウトドアサービスをやる上で一番大事なのは何だろうか。言うまでもなく、顧客の安全である。客にケガをさせてしまったら笑い事ではないので、いつも安全第一でリスクを減らすようにしていた。たとえば「10歳未満の子どもは原則常に親御さんと手をつないで行動してしてください」といったルールを整備した。僕らの土地はあちこちに竹が生えていて、無数の枝や枯れ竹がそこら中にあった。子どもが走り回って転んで目に刺さるリスクを最小にしたかった。

とまあそんなリスクヘッジを頑張っていた僕の意思決定方針だと、どう考えても「危ないから食べないでおきましょう」一択である。キノコの類は本当に危ない。素人が手を出していい領域ではない。命にかかわることもある。

しかし、いかんせんこの日は既に酔っ払っていたので、「食ってみたいな」という気持ちが上回った。「これ食えるかなぁ???ググってみようぜ!!」となぜか僕が率先してググった。責任者が責任を放棄する瞬間である。

ググった結果、分かったことはこんな感じ。

・「キクラゲ属」に属するものに毒はないので、とりあえずキクラゲなら食べられる。

・キクラゲに良く似た「クロハナビラタケ」という毒キノコも存在する。

・見分け方は、キクラゲは「生えている段階(収穫前)は褐色」、クロハナビラタケは「生えている時点で既に濃い黒色」。

・僕が拾った「キクラゲらしきもの」は褐色なので、多分毒キノコではない。(キクラゲに似た毒キノコはクロハナビラタケ以外には存在しないようだった)

・つまり、このキクラゲ(?)は毒キノコではなさそう。食べられそう。

・ところで、我々がスーパーや飲食店で目にするのは普通「乾燥キクラゲ」であり、「生キクラゲ」はそれなりに珍しい。ましてや、「国産・野生」となるとほぼ常人は入手する機会がない

・つまり、このキクラゲは今しか食べられない幻の食材なのだ!

ということで、一通り理論武装が終わった。「毒ではない(多分)」という守りの武装もできたし、「今しか食べられない」という攻めの武装もできた。僕は酔っ払っているので、「よっしゃ!!準備が整った!食うぞ!」と大いにテンションが上がった。

そして、「僕は食うけど!!何が起こるか分からないので!!一緒に食べる人は自己責任でお願いします!!」と言いながら料理を始めた。酔っ払っていても一応最低限の保身はしようとしている。せせこましい人間である。

シンプルにごま油と塩コショウで炒めたように記憶している。


で、食べ始めた。キクラゲは信じがたいほどプルップルで、僕の常識の中にあるキクラゲとはまったく別のものだった。キクラゲよりもむしろトロトロに煮込んだ軟骨とかに近い、コラーゲンのようなプルプルさ。

「すげ~!食ったことない味がする!」と感動しながら食べた。ほとんどの客は賢明な現代人なので「私はやめておきます」と言っていたが、数人のリスク判断バグりパーソンが「私も食べます!自己責任で!」と手を挙げた。僕は「死んでも責任は取れませんよ!!」とか何とか言いながら、一緒にキクラゲを食った。

今になって落ち着いて考えてみると、とんでもない判断だ。実際にここで食べた人たちが病院に搬送されたとしたら、あまりにずさんなサービス運営であるというそしりは免れない。そもそも「自己責任でお願いしまーす!」という口約束には証拠が残らないし、妥当性も怪しい。ビジネスとしてやるならちゃんと同意書を書かせるべきだ。

しかし、酔っ払って上機嫌で薪を探したらキクラゲを発見してテンション上がっているアンポンタンにはその正常な判断ができない。うっかり客と一緒にキクラゲらしき謎のキノコを食べて、「プルップル!」と大喜びしていた。プルップルなのはお前の頭である。


キノコでハイになった人

この夜は本当に楽しかった。これほど楽しい夜は、人生の中でそう何度もない。

この楽しさを支えていた大きな要素が、「理不尽な死」であるように思う。

マンガ『アカギ』より引用

僕は『アカギ』のこのシーンが大好きだ。アカギいわく、ギャンブルの本質は損得計算などではなく、「理不尽な死」だという。

なるほど分かる気がする。ギャンブルの本質である「理不尽な死」には、ある種のカタルシスがある。「なぜこんな非合理的でリスキーな選択をするんだ」という狂気の行動は気持ちがいい。「狂気の沙汰ほど面白い…!」のである。


マンガ『アカギ』より引用


僕は割と合理的な人間であると自負しているのだが、それでもしばしば不合理な選択をする。たいていの場合は「この選択は不合理だ」と自覚しながらも、「それでもなぜか僕はこの選択をしたい」と選び取っている。きっと僕は心のどこかで、理不尽な死にわずかに近づくことを求めているのだ。狂気の沙汰に近づく振る舞いを求めているのだ。

この日、キクラゲ(?)を食べたくなったのも、それに近いだろう。最悪のリスクが「死」であることを考えると明らかに割に合わないギャンブルなのに、思わずやってしまった。アカギが切り抜けてきた戦いに比べるとあまりにもしょぼいけれど、たしかに僕は心のどこかで「狂気の沙汰ほど面白い…!」と思っていたような気がする。

だから、キクラゲを食べながら、何だかワケの分からない興奮に包まれて、僕はやたらハイになっていた。理不尽な死に近づく非合理的な遊びで、アドレナリンが出た。ジェットコースターに乗った後のテンションに少し似ている。死に近づくことによる本能的な恐怖と、そこから生還する喜び。


それだけではない。「森で発見した未知の食材を食べる」という体験にもワクワクする。ほぼトリコだから。そして、「なにこれ!?食べたことない!美味い!」という感動もついてきて、まさにトリコ的な探検家&美食家としての喜びもあった。

あと、みんなで謎の料理を作って一緒に味わうという共同作業の楽しさもあったし、単にキャンプとしての楽しさもあった。

つまりこの夜は、「①狂気の沙汰」「②未知の食材との出会い」「③新しい食体験」「④キャンプの楽しさ」などさまざまな楽しさが渾然一体となり、めったにないぐらいハイになってしまった。

結果として、なんとなくハイになるキノコを食べた人みたいな感じになってしまい、客は数人引いていたような気がする。恐らくあれは毒キノコではなかったと思うのだけれど、よりによって僕がハイテンションになってしまったため、事業責任者がハイになるキノコを食べているアウトドアサービスだと思われてしまった。人生には不幸な偶然がつきものである。

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