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経営者版『蟹工船』-「おい地獄さ行ぐんだで!」は経営者のセリフにふさわしい。

関東が梅雨入りして数日が経った。

たった数日で早くも「うわっ!梅雨ってこんなにストレスだったっけ!?」と驚愕すると共に、「ありえない。来年の6月は絶対北海道か海外で過ごそう」と思った。

そして、ふと思い立って昨年の日記を読み返してみた。昨年の僕は梅雨をどんな風に乗り切っただろう、と思ってのことだ。

そこには、こう書いてあった。


梅雨がとんでもないストレスなのを思い出した。不愉快で頭がはたらかず、生産効率が落ちる。だから、来年の6月は東京から避難することをここに誓う


なんと、「誓い」を立てていた。

「ここに誓う」なんてセリフ、言ったこともなければ書いたこともないと思っていたが、昨年の僕ははっきり日記に書いている。

だが、恐らく人生初の僕の「誓い」は虚しく忘れられてしまい、今年も当然のように東京の自宅で梅雨を迎えている。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とはよく言ったものだ。


人間は皆、大なり小なり愚かである。

人類に最も大きなインパクトを与えた物理学者アイザック・ニュートンは、18世紀イギリス最大のバブル「南海泡沫事件」でとんでもない金額の損失を被った。現代の日本円に換算すると4億円以上とも言われている。

しかもニュートンは、この時薄々「これは実態のないバブルではないか」と勘づいていたらしい。それでも「これは儲かりそうだ」という気持ちに負けてしまい出資し、大損した。

彼はその損を受けて、「天体の動きは計算できるが、人々の狂気は計算できない」と言った。これは翻訳すると「バブルに投資して大損しちゃった(テヘペロ)」なのだけれど、未だに「ニュートンの名言」として後世に残されている。投資の失敗談を悔し紛れに名言風に語ったらそれが後世に残っちゃった、と考えるとめちゃくちゃ笑ってしまう。偉人、何でもありだ。


ともかくそんな風に、人間は愚かな生き物だ。僕もそうだし、ニュートンでさえも例外ではない。

そう。我々は他人の愚かさを許して受け入れていかなければならない。自分を棚に上げて他人の愚かさをあざ笑うようなものを書くのはよくない。

だから、来年の6月はこんな有料マガジンを書いてないことをここに誓う



「哀」が90%のルポルタージュ

梅雨の時期にはちょっと暗い本というか、ダウナーなものが読みたくなるものだ。

僕は最近、『自動車絶望工場』という本を読んだ。


1970年代、トヨタの工場で季節労働者として働いた著者が書いたルポルタージュである。当時かなり読まれて有名になった本らしいが、僕は全く知らなかった。Kindleで偶然発見したので買って読んでみた。

ベルトコンベア労働の非人間的な労働環境と、その中で働く労働者たちの喜怒哀楽(というか、「喜」も「楽」もほとんどない。「哀」が90%で「怒」が10%だ)を克明に描く面白い本だった。

さりげない描写が異常にリアルでいい。例えば、「ベルトコンベア労働者は食事すらも流れ作業だ」というくだり。


汚れた作業服、作業帽の労働者たちが門から飛び出して来た。たちまちのうちに階段を駆け登り、並びひしめき、そして埋め尽くす。アルマイトのお盆を取り、ポリエチレンの湯飲みを取り、はしを取り、大きな運搬車に積んだ惣菜の皿を取り、台の上の丼めしを取って、テーブルを確保し、食べ終わるとそのままのスピードで、ドラム缶に残飯を捨て、食器を洗い場の中に放り込んで、お盆を積み上げる。それがまるで流れ作業のように、まったく無駄な動作がない。入って来て、出て行くまで、ひとつの大きな流れとなって流れているのだ。談笑しながら食べている人はいない。驚嘆した。食欲は減退した。

鎌田慧.新装増補版自動車絶望工場(講談社文庫)(Kindleの位置No.124-134)


こういう部分こそ、実際に物書きが潜入して肉筆で書くルポルタージュの醍醐味だ。ネット社会では、トヨタの工場における労働環境はググれば分かりそうなものだが、「食事時のさりげない異常さ」みたいな話はなかなか出てこない。


あと、この「コンベア労働者の消費傾向」のところ。これも素晴らしい。

「風呂はやっぱりでっかい方がいいなあ。おれが家を建てる時は、風呂はでっかくするぞ」
労働が苦役化すればするほど、労働者が物体化すればするほど、その代償を物質にもとめるのだろうか。寮内の若い労働者のほとんどは、カラーテレビ、ステレオ、そして車を持ち、マイホームの建設を夢みている。

鎌田慧.新装増補版自動車絶望工場(講談社文庫)(Kindleの位置No.1170-1173).講談社.Kindle版.


工藤君はまるで敵討ちのように物を買う。かれは買う行為自体に熱病的な渇望を示す。買った腕時計は押入れに入れ、鍵をかけている。労働者の総取引きは〝販売をもって始まり購買をもって終わる〟のだ。

鎌田慧.新装増補版自動車絶望工場(講談社文庫)(Kindleの位置No.2186-2189).講談社.Kindle版.


まるで敵討ちのように物を買う」という描写の鮮烈さで、コンベア労働者がどれほど物質消費に精神を依存しているのかよく分かる。

「大量生産/大量消費」の生産システムの中で働く彼らは、まさに同じ「大量生産/大量消費」の消費システムの中でそのストレスを解消するしかない。そうやってストレスを解消することで更にシステムは巨大になり……という無限ループだ。

これ何かに似てるなと思ったら、夜の街の無限ループに似ている。風俗嬢はホストに貢ぎ、ホストは夜の街にまた金をばら撒き欲望のシステムは膨れ上がり……というループにそっくりだ。人間の視野は狭いから、ごく狭いところで救いのないループをし続けてしまう生物なのかもしれない。


悲しすぎる連綿とした営みを思い、人間という生物の虚しさを思う……『自動車絶望工場』はそんな機会を与えてくれる、良いルポルタージュだった。

良いルポルタージュを読む度に「僕もこういうの書きたいな」と思うが、「でも絶対に潜入はしたくないな」と思う。クリエイターとしての欲望と人間としての欲望は一致しない。人生は難しいものだ。


困った左翼あるある「とにかく文句をいっぱい言う」

さて、この『自動車絶望工場』、読み物としてはとても面白かったのだけれど、著者の思想にはあまり共感できなかった。

特に終盤では「トヨタのこういうところが問題だ」「労働者を搾取している」「秋葉原大量殺人の犯人は派遣切りにあったトヨタの派遣工だった。トヨタのせいで殺人者が生まれている」「こんな雇用の仕方は間違ってる」みたいな論調になる。

それを読んでいると「この人なんか文句ばっかり言ってるな」という感覚になるのだ。ちょっとモヤッとする。

労働者には労働者の苦悩があり、経営者には経営者の苦悩がある。株主を筆頭に様々なステークホルダーがいて、彼らを満足させながら会社を存続させるために経営者は必死に戦っている。

そういう事情を何ら斟酌せずに、「労働者を酷使するな!!賃金を上げろ!!」と一方的に文句ばっかり言ってる人を見ると、「困った人だなぁ」と感じられるものだ。


そう。これが、「困った左翼あるある」である。「困った左翼」は「ず~っっとエラそうに文句ばっかり言ってる人」になりがち。

この本の著者、鎌田慧さんは文章も上手いし好感が持てる。だけどやっぱり労働者目線のものを書く人であり、若干の困った左翼感は出てきていた。


ちなみに、この手の困った左翼筆頭代表藤田孝典さんである。


この人は大体いつも「給料を上げろ!」「待遇を改善しろ!」と大企業に文句を言っている。

僕は彼のことをフォローもしてないし特に頑張ってウォッチもしてないのに、度々困った左翼として話題になってタイムラインに流れてくるので「いつも文句言ってるな~」とおもしろく眺めている。


一番面白かったのは、「ZOZOは時給が低い!時給1000円で非正規雇用を使い倒すな!!」と文句言ってたら、田端さんに「まあ御社は月17万円でフルタイムスタッフを雇用してますけどね」と痛恨のカウンターを食らった事件である。これには爆笑せざるを得なかった。

特大ブーメランが頭に突き刺さる人、何回見ても大笑いしてしまう。こういうの面白いので藤田さんは今後も困った左翼として文句をたくさん言っておいて欲しい。

「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」(ヨハネによる福音書 第8章7節)はあまりにも有名な聖書の一節だが、藤田さんはぜひこの鉄則を守らずに生き続けて欲しい。石をたくさん投げていた人が特大の石に潰されるを見続けたい。

『さるかに合戦』は、硬い柿を投げてカニを殺したサルが、大きな石臼に押し潰される場面で終わる。インターネットでも往々にしてあることだ。ZOZOの低賃金をあげつらって攻撃していたサルも、やはり大きな石臼に押し潰されてしまった。インターネットさるかに合戦はTwitterを開けばいつでも見ることができる。

僕はこれを見るのが大好きなので、あなたもどこかでインターネットさるかに合戦を発見したらぜひ僕のTwitterまでご一報いただきたい。いつかインターネットさるかに合戦アーカイブ集を作りたいと思っている。


カニといえば……

「さるかに合戦」で思い出したが、我が国にはカニに関する本で、なおかつ労働問題を扱った名作文学が存在する。

『蟹工船』。言わずと知れた日本プロレタリア文学の代表作だ。昔読んだ気がするが、どんな内容だったか全然憶えていなかった。

『自動車絶望工場』を読んでモヤッとしていた僕は、『蟹工船』と対比してみることで何か新しい気づきがあるかもしれないと思い、この機会に読み直してみることにした。


そして、この判断は正しかった。『蟹工船』を読んで、非常にスッキリした。蟹工船の労働環境は地獄だな~と思うと同時に、『自動車絶望工場』で描かれていた文句のどこに大きな違和感があったのかよく理解できたのだ。


蟹工船の、地獄のような環境

『蟹工船』の中では、労働者はそりゃあもう地獄のような状態に置かれる。ベルトコンベア労働者が天国に見えるような環境だ。

例えば、漁夫が滞在する居室の表現がすごい。


漁夫の「穴」に、浜なすのような電気がついた。煙草の煙や人いきれで、空気が濁って、臭く、穴全体がそのまま「糞壺」だった。

小林多喜二.蟹工船(Kindleの位置No.149-151).青空文庫.Kindle版.


なんと、「糞壺」である

すごい。人生で初めて目にした言葉だし、多分今後も目にすることはない。口に出して言うことは生涯ないだろう。

この先何十年生きたとしても、「うわっ、ここ、糞壺だな~」と言いたくなることはない気がする。友達の部屋がどんなに汚かったとしても、「ここ、糞壺だな~」とは言えない。

というか、仮に「糞壺だ」と思ったとしても「ここ、糞壺だな~」と口に出してしまったら関係が終了する気がする。20年来の付き合いの友人でも「ここ、糞壺だな~」と言ってしまったら終わりだ。

僕は大学生の頃、よく部屋を散らかし倒してとんでもないことになっていたので、部屋を訪れた友人に様々な罵詈雑言を浴びてきた。「汚部屋じゃん」「ゴミ屋敷かよ」くらいならまだ良い方で、「地獄の釜の底だな」とかも言われたことがある。そのうち段々慣れっこになっていき、どんな罵詈雑言にも揺らがぬ精神を手に入れていった。

そんな僕でも、「ここ、糞壺だな~」とは言われたことがないし、仮に言われたら「いやいやいや!お前言っていいことと悪いことがあるだろ!!」とキレる。”糞壺”という単語にはそれだけの破壊力がある。「ゴミ屋敷」や「地獄の釜の底」はいくらでも許すが、”糞壺”だけは看過できない


そんなヤバすぎる表現”糞壺”が、全編を通して普通に使われているのが『蟹工船』の面白いところ。


仕事が終ると、皆は「糞壺」の中へ順々に入り込んできた。手や足は大根のように冷えて、感覚なく身体についていた。

小林多喜二.蟹工船(Kindleの位置No.231-232).青空文庫.Kindle版.


最初に喩え話として「糞壺」を使っただけかなと思いきや、ずっと当たり前みたいに使われていて、驚きを禁じえない。

お前の部屋、糞壺かよ」って言われるだけでも衝撃なのに、「今日糞壺行っていい?酒飲もうぜ!」とか「糞壺にコントローラー4個あったっけ?」とか言われる衝撃はとんでもない。当たり前みたいに”糞壺”を使うな。


蟹工船ばりの地獄に陥るのはむしろ、経営者だ

だいぶ脱線してしまった。100年前の名作に”糞壺”というパワーワードがいっぱい出てきたのが嬉しくてテンション上がってしまった。話を戻そう。

『蟹工船』の書き出し「おい地獄さ行ぐんだで!」はあまりにも有名だが、読んでいると「これは確かに地獄のような環境だ…」と思わされる。命の危険がある大波の日にも漁夫は無理やり漁に出させられるし、監督の意に沿わないことをしたら死ぬほど殴られるし、仲間の船が沈没して死にかけているのに、救いに行くことすら許されない。そして、居室は糞壺


『蟹工船』の初出は1929年。労働基準法が制定されるのは戦後になってからなので、この頃は労働者保護の法律はほとんどないと言っていい。(この時代に存在した「工場法」などの法律は、年少者や女性労働者といった一部の労働者しか保護していなかった)

つまり、『蟹工船』はこの時代だったから成立し得た労働環境である。現代では労働者を”糞壺”に放り込んでいいワケがない。書かれるぞ。口コミサイトに書かれるぞ。「この会社は最悪。社員寮が糞壺でした。星一つです」って書かれるぞ。労基署の監査が入って、調査書に書かれるぞ。「社員寮が糞壺である。改善の必要あり」って。


ということで、『蟹工船』を読んでいて思ったのは、「これ、現代では労働者よりむしろ経営者に発生しがちだな」ということである。


僕が見た経営者版『蟹工船』

ということで、ここから本題である。

あいにく、トヨタのような大企業の経営者の知り合いはいないが、中小企業の経営者はたくさん知っている。

そして、彼らは割と頻繁に「おい地獄さ行ぐんだで!」みたいな状態になっている。彼らを見ていると「ベルトコンベア労働の方がよっぽど楽だと思うな…」と感じてしまう。現代の労働者は蟹工船に乗ることはないが、経営者は気づいたら蟹工船に乗っていたみたいなことが起こりうる。

ということで、今日は僕が見てきた経営者たちの悲哀を『蟹工船』のパロディをしつつお届けしたい。


なお、あんまり口外すべきでない話が出てくるので、以下有料である。

単品購入(300円)も可能だが、定期購読(500円/月)がオススメだ。いつ入っても今月書かれた記事は全部読めるよ。6月は5本更新なので超オトク。


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