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恋をむさぼり食う死に至らないために憶えておくべき言葉「吟遊詩人の影響、受けすぎ…?」。

ほどほどに愛するがよい。そのような愛こそ生命が長いのだ。
(『ロミオとジュリエット』第二幕第六場)


『ロミオとジュリエット』のこのセリフは恋に限らずあらゆる人間関係に敷衍できる、「人間関係の万能薬」であると思う。

あらゆる人間関係はほどほどにした方がいい。親子でも、友人でも、仕事仲間でも、必死すぎると失敗する。「子どもを何としてでも成功させてあげたい」と怒涛の教育をほどこした結果、二度と修復不可能な親子関係が生まれる。そういう事例は枚挙に暇がない。

そういうワケで、子どもは「まあ勝手に育ちなさい。あ、今のお前にはこの本オススメ」とたまに本をレコメンドするくらいのユルさで教育する方がいいと思う。僕はそうやって育てられたので、両親との関係はずっと良好である。関係を良好に保つという意味では良い方針だったと思う。(人の悪口を書いて生計を立てるインターネット珍獣に育ててしまったという意味では良くなかったかもしれないが、その議論に立ち入るのはやめておこう)


人間関係における悲劇的な結末は、大体が「ほどほどに」できなかったことから生まれる。

『ロミオとジュリエット』のあらすじはあまりにも有名だろう。ロミオとジュリエットはそれぞれに名家の生まれだが、両家は激しく対立しており、二人の交際は許されない。

それでも二人の間に燃え上がった恋の炎は消えることはなく、彼らはこっそり真夜中の結婚式を挙げる。神父ロレンスと、ロミオとジュリエット、3人だけの密かな結婚式である。

冒頭の「ほどほどに愛するがよい」というセリフは、そんな真夜中の結婚式の中で、神父ロレンスが浮かれているロミオに贈ったアドバイスだ。


というのも、ジュリエットの到着を待つロミオは、こんなことを言っていた。

いかなる悲しみが来ようとも、その代償として与えられるあの人に会うただひとときのその喜びにまさることなし

(中略)

恋をむさぼり食う死が何をしようとかまいはしません。ジュリエットをわがものと呼ぶことができるだけでじゅうぶんです。

シェイクスピア.ロミオとジュリエット.大山敏子訳.グーテンベルク21社(Kindleの位置No.1057-1060).Kindle版.


ロミオ、完全に舞い上がっている


恋をむさぼり食う死」って何??その表現いつ思いついたの???

結構色んな恋バナを聞いてきたけど、「恋をむさぼり食う死」というフレーズは一回も聞いたことがない。

「オレ、ユキちゃんと付き合いはじめてからすごく幸せなんだよね。めちゃくちゃ相性良いんだと思う」
「それはすごいね。どれくらい幸せなの?」
「そうだなぁ……恋をむさぼり食う死が来てもいいくらいかな

居酒屋の隣のテーブルでこういう会話が交わされてたら四度見するわ。「どういう言語感覚のヤツ???」って気になってしまってもう料理の味分かんなくなるわ。


ともかくそういうことで、ロミオは近年まれに見る浮かれポンチになっているので、神父ロレンスは思わず忠告するワケである。「ほどほどに愛するがよい」と。さすが神父、実に適切なアドバイスである。

皆さんもぜひロレンスを見習って欲しい。身の周りの人が「恋をむさぼり食う死」とか言い出す浮かれポンチになっている時は、「ほどほどに愛するがよい」と言ってあげて欲しい。


正しい。だが、効果はない

ロレンスのセリフは実に正しいが、残念ながらロミオには響かなかった。物語は悲劇的な結末を迎える。

ロミオとの結婚が認められず、他の男と結婚させられることを嘆いたジュリエットは「仮死状態になる薬を使って死んだことにする」という作戦を実行する。

この作戦は途中まで上手くいくが、ロミオに連絡が伝わらず、ジュリエットが死んでしまったと誤解したロミオは自殺。仮死状態から目覚めたジュリエットもそのことにショックを受けて自殺する。悲惨な話である


この悲劇はどうすれば避けられたか?

もちろん一つの答えは「ちゃんとロミオに連絡を伝えること」という話なのだけれど、これは結構難しい。古今東西、人間はコミュニケーションの失敗から大失敗を繰り返してきた。

だから、もう一つの答えの方がより現実的だっただろう。それは「ほどほどに愛すること」だ。ロレンスの忠告に従うことができていれば、この悲劇は避けられただろう。


ロミオは、ジュリエットが死んだ(実際には仮死状態だが)という知らせを聞いて、即座に毒薬を買いに行く

毒薬を手に入れた後はすぐにジュリエットの墓に行き、そこで毒薬を飲んで死ぬ。全体的にものすごい行動の迅速さである。

その迅速さが非常に悪い方向に作用してしまう。ロミオが絶命した直後にジュリエットは意識を取り戻す。もしロミオがもう少し躊躇したり行動が遅かったりすれば、二人とも死ななくて済んだだろう。


結局のところ、ロミオは恋をむさぼり食う死に向かっていく浮かれポンチであり、「ジュリエット死んだ~!はいじゃあオレも死ぬ~!」という発想にすぐに至る過激な愛を持ち続けていた。ほどほどの愛は持てなかった。神父の言葉は彼の耳には右から左だったのだろう。

神父ロレンスはこの悲劇を見て、「だから言ったのに…」という気持ちになったに違いない。そしてきっと、ロミオの愚かさをバカにしたくなったに違いない。


ほどほどに愛するために。あるいはロミオをバカにするために

そんなロミオと神父ロレンスにオススメの本がある。これだ。

「恋愛」というものがいかなる変遷をたどってきたかを一気に論じた意欲的な通史の本である。


本書を読むと「恋愛に夢中なヤツ、バカだなぁ…」という気持ちになる。人類が作ってきた恋愛という制度は、ほとんど文化的な偶然性によって生み出されていて、絶対的なものでもなんでもない。


一つ例を挙げて見てみよう。古代ギリシャでは恋愛といえば少年愛であり、告白時の定番アイテムはニワトリだったそうだ。


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(鈴木 隆美. 『恋愛制度、束縛の2500年史~古代ギリシャ・ローマから現代日本まで~  』 Kindle位置No.530. 光文社)


あなたもきっと、この恋愛観に真剣になることはできないはずだ。「全力で少年にニワトリを贈ったけど振られてしまったよ……」と友だちが落ち込んでいたら「何言ってるの?」と笑ってしまうのではないだろうか。僕は大笑いする自信がある。

しかし、古代ギリシャではこれが大マジメな恋愛だったのである。恋愛とは絶対的なものではなく、「こういうものだ」と刷り込まれるものに過ぎないのだ。きっと僕らも古代ギリシャに育っていたら、少年にニワトリをプレゼントすることこそが恋愛であると考えるようになっていただろう。全然想像つかないけれど。


言うまでもなく、現代に生きる僕は少年にニワトリをプレゼントしたことはない。あなたも多分ないだろう。

古代ギリシャの価値観は逐次アップデートされていったのだ。ローマ風の荒っぽい価値観が合流したり、キリスト教の禁欲的な教えが合流したり、騎士道と合体したり……という様々な改変が施された。2500年間にわたって

2500年も改変が繰り返されれば、かなりムリのある合体が連発されることになる。それもう原型留めてませんやんみたいな場所はあちこち出てくるし、明らかな矛盾が生じている部分もある。


恋愛はいわばスマブラみたいなものである。あちこちで流行ったキャラクターをごちゃまぜにして1つのパッケージに詰め込んだものだ。


これはスマブラという一つのゲームとしては成立しているが、それぞれのゲームの魅力は全く表現できていない

最近のスマブラには「Wii Fitトレーナー」というキャラクターが登場するが、Wii Fitというゲームの魅力は自宅でフィットネスができることであって、ヨガのポーズで敵を吹き飛ばすことではない

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任天堂公式チャンネルより引用)


つまり、スマブラはあくまでいびつな形の寄せ集めに過ぎないのであって、キャラクターの本来の魅力からは程遠かったり、間違いだらけだったりするのだ。

スマブラに全てがあると考えるのはよくない。フィットネスがしたいのならばWii Fitをやるべきであり、スマブラをやるべきではないのだ。

しかし、いかんせん現代に生きる我々は「恋愛とはこういうものだ」というボンヤリした常識を与えられ続けて育つせいで、落ち着いてキャラクターを分割することができない。「そうか!僕がしたいのはフィットネスでありスマブラではないのだから、Wii Fitをやろう!」という気づきを得るタイミングがないのだ。

常識を疑う時間がなければ、人は常識に染まるしかない。生まれた時からスマブラ以外の情報を一切与えられなければ、ヨガは人を吹き飛ばす技術だと勘違いしてしまうだろう。


ロミオは、そんな典型的なスマブラしか与えられなかった浮かれポンチであった。ヨガは人を吹き飛ばす技術だと思い込み、それゆえに恋をむさぼり食う死に達してしまった。

ロミオが事前にこの本『恋愛制度、束縛の2500年史』を読んでおけば、彼はほどほどにジュリエットを愛することができたと思う。「うわっ……吟遊詩人の影響、受けすぎ…?」などと自戒の念をはたらかせたはずである。悲劇的な結末を迎えることもなかっただろう。

また、逆に言えば、本書からはロミオをバカにするために有用な語彙がたくさん得られる。神父ロレンスはこの本の内容を知っておけば「失恋引きずらないで盆踊り行けよ」などの悪口が言えて溜飲が下がったはずである。


そういうワケで、今日は本書から得られる、ロミオに使える悪口を紹介していきたい。神父ロレンスに読んでもらいたいのはもちろんのこと、ロミオ自身にもぜひ読んで欲しい。今後の人生を考える上で役に立つかもしれない。

あと、せっかくなので有料部分では、ロミオっぽい実例もセットで具体的に悪口を使っていきたい。

そういうことで、以下有料になる。単品購入(300円)もできるが、定期購読(500円/月)がオススメだ。いつ入っても今月書かれた記事は全部読めるよ。8月は5本更新なので単品で買うより3倍オトク。ぜひ定期購読をご検討ください。



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