言葉は心の窓

言葉は「心の窓」

人と人との間で言葉が交わされるとき、これに乗せて伝えられるものは、文字どおりの「言葉が指し示す事柄」だけではありません。そこには必ず、言葉を発する人の心が表れています。
例えば「おはよう」という朝の挨拶ひとつをとっても、温かさや明るさ、あるいは冷たさを感じさせるものだったり、元気があるかないかが察せられたりと、発する人によってその響きは異なるのではないでしょうか。また、同じ人が同じ言葉を発しても、いつでも同じ響きになるとは限りません。その意味で、言葉とは、発する人の心をかいま見る「窓」の役割を担っているといえます。
さらに、人と言葉を交わすことは「相手に心を向ける行為」でもあります。好意的な気持ちに基づく言葉を交わすほどに相手との親密さが増していくことは、言うまでもありません。


■人間関係を豊かにする言葉

私たちは、周囲の人たちからかけられる言葉によって、誰もが日々、さまざまな影響を受けています。特に優しい気持ちから発せられる温かい言葉は、受け取る側の心を温め、和ませてくれるだけでなく、その人たちをめぐる人間関係や心の絆を、より豊かなものへと育んでいくのです。
次に紹介するのは、小学校6年生の小俊貴君による “家族の絆” をテーマとしたエッセイです。

「俊、邪魔するなよ」。リビングでみんなで勉強していた時に、2人のお兄ちゃんに言われた。僕はいやになって部屋にひっ込んだ。
少ししたら、「俊、風呂一緒に入ろう」と2番目のお兄ちゃん。僕のこと邪魔だと言っていたのに何だ? と思ったけれど、少し嬉しくなってだまって一緒に風呂に入った。1番上のお兄ちゃんも入ってきた。2人のお兄ちゃんの背中が何だか大きくみえて、さっきの嫌な気持ちがどこかへいった。
風呂からでたら、お母さんが、「俊、米たいておいてくれたの。ありがとう。みんな感謝だよ俊に」と。妹も、「ありがとね」と笑顔。お兄ちゃんたちも、「さすが俊。ありがとね」と。みんな勝手だよなと思ったけれど、なぜか心があたたかくなり、みんなの笑顔がやさしくみえた。お父さんが「俊はよく気が付くな。ありがとう」と。
家族全員に「ありがとう」と言われてこんなに嬉しいと思ったのは久しぶりだった。僕の方こそ、「みんな、いつもありがとう」。
(モラロジー研究所主催「生涯学習フェスタ2013」家族のきずなエッセイ・柏市長賞受賞作品)

日ごろから家族のみんなで支え合い、「ありがとう」という感謝の言葉が飛び交う家庭の温かさが、よく伝わってくる作品です。
私たちがこうした言葉を受け取ったときに喜びを感じ、相手に対して親しみを抱くのは、その言葉に込められた “あなたのことを大切に思っています” “あなたがしてくれたことに感謝しています” といった心を感じ取るからでしょう。発する側の「相手を思いやる心」があってこそ、その言葉は人と人との絆を強める力を持つのです。
「言葉は心の使い」ともいうように、心の内で思うことは、自然と言葉に表れるものです。日々、さまざまな場面で言葉を発する私たちは、1つ1つの言葉のもととなる自分自身の心を、あらためて見つめるようにしたいものです。


■言葉は力である

『氷点』『塩狩峠』など、多くの小説を著した三浦綾子さん(1922~1999)は、次のように述べています。

「言葉は力である、と私は思う。一言がその命を奪うこともあれば、受けた人の人生を変えることもある。『舌先三寸で人を殺す』という言葉を、幼い頃からよく聞いたものだ。言葉というものは理不尽なほどに人間を動揺させ堕落させ、非情に走らせるかと思うと、奇跡のように甦らせ、向上させ、意欲を与えるものである」(『小さな一歩から』講談社文庫)

私たちが発する言葉が大きな力を持つことは、古今東西で、多くの先人たちが述べてきました。道元禅師(1200~1253)の「愛語、よく回天の力あり」(心のこもった温かい言葉には、世の中を変えるほどの大きな力がある/『正法眼蔵』)なども、その1つです。
近年は携帯電話やインターネットをはじめとする通信技術の発達により、多種多様なコミュニケーションの手段が生まれました。離れた場所にいる人に対して、また不特定多数の人に対しても、手軽に言葉を伝えることができるようになり、格段に便利になっています。それだけに、一方では顔と顔を合わせて言葉を交わすときと同様に、「伝える言葉に真心を込めること」「発せられた言葉から相手の心情を推し量ろうとすること」の大切さは、変わらず心に留めておかなければなりません。
また、「言葉は身の文」といいます。言葉とは、発する人の人間性を表すものであるということです。私たちは自分自身の心を磨き、日々、よりよい言葉を発していきたいものです。その言葉によって周りにいる人に喜びを与え、温かく親密な人間関係の輪が広がっていけば、その輪の中にいる自分自身にも大きな喜びがもたらされるでしょう。

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