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古文嫌いの例外:今昔物語集、宇治拾遺物語

【はじめに】
大学入試の国語では現代文、古文、漢文が出題されたので、高校の国語授業もこれら三つを授業中に内職をせず学ぶ必要があった。この中で最も得意なものは漢文であった。得意・不得意はさておき、余り好きではなかったのが古文である。

漢文は、ドイツ語と同じよう(黙読でなく)声を出して読むと、例え日本的な漢文訓読であっても頭の中によく入る。以前、「平家物語:声で語るべきもの」で書いたよう古文も声を出して読むべきものは好きであったが、そうでないものは今一好になれなかった。そんな中好きだったのは、ウィット、エスプリに富む「説話集」と一般的に言われる今昔物語集と宇治拾遺物語であった。
<補足>
嘗て今昔物語、宇治拾遺集と習った記憶がある。今は今昔物語集、宇治拾遺物語というのが正しいらしい。

【今昔物語集】
平安時代・院政期に成立と想定。全31巻あったようだが3巻が欠落。
元々、今昔物語集という名前があった訳ではなく、「今は昔」で始まるのでそうなっている。話数は一千数十話で数的に千夜一夜物語に近い(千夜一夜は実際に1001話であったかは怪しい)。当然乍ら、高校の教科書で取り上げられる説話(或いはエピソード)の数は自ずと限定され極一部が紹介されるに過ぎない。「今は昔」は、現代語訳では「今となっては昔のことだが」とされていたと記憶しているが、「この話の今というのは「昔のこと」「昔の今である」という解釈も並列してある。蛇足乍ら、今昔という中国から来た用語は「今と昔」という意味で「今は昔」という意味ではない。

この物語集は三部構成で、明確な意図を持って編集されている、つまり構成が体系化されていると言われている。
 ○第一部:天竺部(インド部)・・仏陀(釈迦牟尼)も登場
 ○第二部:震旦部(中国部)
 ○第三部:本朝部(日本部)・・実際は「仏法部」と「世俗部」がある
この流れになっているのは、底層に仏教思想があるからだと思われる(仏教伝来順)。高校の国語で天竺部と震旦部が紹介されることはなく、本朝部も紹介されるのは世俗部だけのはず(仏教色を排除か?)。

この物語集は長い間あまり有名ではなかったようで、芥川龍之介が短編小説の題材にしたことから有名になったそうだ。芥川の以下は多くの人が読んでいると思う。
○羅生門 ○鼻 ○芋粥 ○藪の中 など
この中で最も有名なのは黒沢明の映画タイトルになった『羅生門』だろう。今昔物語集に載っている内容と芥川作のそれは当然違う。映画に至っては、物語集と芥川作の双方と全く別物で、舞台として羅生門(らじょうもん)が使われているに過ぎない。映画の題材だったのは同じ芥川でも『藪の中』(今昔物語集の巻29第23話が元ネタ)である。
<参考>
NHKの大河ドラマ『光る君へ』で紫式部、清少納言、安倍清明が出ている。これらに関係するものも出ている。
○紫式部の父、藤原為時が漢詩を作ったお陰で越前守/受領になれたこと
○清少納言の夫、橘則光は中々の強者で強盗一味を切り捨てたこと
○天文博士(陰陽師)安倍清明が驚くべき呪力を持ち呪術を操っていたこと

【宇治拾遺物語】
鎌倉前期~中期の作と想定されており(諸説あり)、15巻・197話である。先行する今昔物語集と重複するものも多い(他の書物とも重複あり)。拾遺とは散佚したものを拾い集めるという意味。宇治大納言と呼ばれた源隆国の作とされる『宇治大納言物語』・・現存せず正しいか不明・・から散佚したものを集めたという趣旨の模様。今昔物語集と重複が多いのは、今昔物語集も宇治拾遺物語も宇治大納言物語を底本としているからではないかと言われている(宇治大納言物語は今昔物語集に先行する)。
<補足>
芥川『芋粥』は今昔物語集が題材と一般に言われるけれど、宇治拾遺物語にも載っている。『鼻』は今昔物語集、宇治拾遺物語の両方を題材。宇治拾遺物語を題材にした芥川の作品として『地獄変』がある。

宇治拾遺物語の序には、「天竺の事もあり、大唐の事もあり、日本の事ともあり」、「貴き事もあり、をかしき事こともあり、恐ろしき事もあり、哀れなる事もあり、きたなき事もあり、少々は空物語(嘘のこと)もあり・・」と書いてある。今昔物語集のようには体系的に物語が並んでおらず、混然と並んでいる。編者が敢えてそうしたという説はさておき、今昔物語集よりも面白く読めるのではないかと個人的には思う。

因みに宇治拾遺物語の各話の出だしは
・「今は昔」・・83話
・「これも今は昔」・・65話
・「昔」・・33話
・「これも昔」・・3話
・特になし・・13話
となっている。
民間伝承で有名なものとして、「わらしべ長者」、「雀の恩返し/舌切り雀」「こぶとりじいさん」などが収容されている(尚、「わらしべ長者」は今昔物語集にも出ている)。但し、これは宇治拾遺物語がオリジナルということではない。
蛇足:
嘗てこぶとりじいさんと聞くと「小太りな爺さん」を連想していた。鬼からこぶをとってもらったので「こぶとれじいさん」が正確か?。雀の恩返しは舌切り雀ではなく腰折れ雀となっている。

【おわりに】
今昔物語集も宇治拾遺物語も全話は読んでいる訳ではないので、改めて読み直そうかと思案している。ナイトキャップ代わり?に1日1話~数話読むのに適していると思う。書籍で読まない場合KindleのWhite Paperが良さそうである(寝る1時間前にパソコン、タブレット、スマホを使うのを止めないとよい睡眠が取れないと言われているけれど、White Paperなら影響が少ないと勝手に思っている)。今昔物語集に比し宇治拾遺物語は古文でも読み易い。

参考:
「平家物語:声で語るべきもの」
https://note.com/kengoken21go/n/nd8b9d80d1ee5



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