平家物語:声で語るべきもの

平家物語:声で語るべきもの
 
「原典にあたれ」とはいかないが、リンボウ先生こと林望『謹訳 平家物語』を読んだ。
読み易くて面白いのであっという間に読める本である(全4巻)。対訳版として評価の高い杉本圭三郎『新版 平家物語』(講談社学術文庫)の原文と何箇所か読み比べてみたところ原文の良さは全くといっていいほど失われておらず、大凡原典といっても差し支えない気がする。
 
リンボウ先生は、平家物語は読むものではなく、琵琶法師が大衆に聞かせるものであったことを念頭に「語り」「朗読」の調子の良さに留意したとのことで、それがよく分かる。
俳人のある方が「平家物語の文体を装飾過多として嫌った川端康成に本書見せれば「千古の趣がある」というのではないか」と書いていた。川端が実際にそう思うかはともかく、意図するところは十分理解できる。
 
それにしても登場する男性も女性もやたらと袖を濡らして泣くシーンが多い。やはり語りものであるが故のことであろう。また、出来た人物であった重盛が早逝しなければ平家も早く滅亡しなかったのではないか、とよく言われるのは平家物語の重盛の描写に依存する処が大きいと思う。宗盛が凡庸に見えるのも然り(他の書にも同じような人物記述があるかは調べていない)。
 
平家物語のあと呉座勇一『頼朝と義時』を読んだので、今度は『今鏡』を読まねばと思っている。尚、平家物語は「物語」であって歴史書ではないので、創作や脚色が当然入っているし、歴史事実に比較的忠実とされる今鏡も何らかの潤色が入っていることは言うまでもない。
尚、呉座勇一さんは「鎌倉殿の13人」の時代考証を担当していたが、自身のツイッターに一部、不適切な内容の投稿をしたとして自ら降板した。残念である。
 
補足1:平家物語ストーリーと関係ないが、読んで思ったことをいくつか書いておく。
① 鉄道等のただ乗りを嘗ては「薩摩の守」という隠語でよく言ったが、今の若い人には
全く通じないであろう。キセル乗車も含め、そもそも今の電磁気方式の改札では不正乗車は困難。
② 三種の神器(神鏡・神剣・神璽)が出てくるが、内侍所=八咫鏡、天叢雲剣=草薙剣の由来は色々書いてあるが、八尺瓊勾玉は璽or璽の箱と書いてある位である。神器は元々二つ(神鏡・神剣)という説と関わりがあるだろうかと思った。
③ 最後の方に「後鳥羽上皇が謀反を起こされた(受身ではない)」と出ている。原文もそうである。上皇や天皇が謀反を起こすという表現は珍しいのではないだろうか。
④ 維盛のところで高野聖(高野の聖)が出てくる。泉鏡花の本とは特に関係はない。調べたところ水中昆虫「タガメ」は高野聖という別称があることを知った。小学生の時に水溜まりで見つけたタガメを暫く飼っていた。
⑤ 神鏡の由来で天岩戸が出てくる。「面が白いというのが「面白い」の語原になったと聞こえている」と書いてあった。⑥ 有名な物語の冒頭に、奢れる人も久しからずの例として「遠く異朝を訪へば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱忌(周異)、唐の禄山、此れ等は皆・・・」がある。王莽と安禄山は歴史の教科書に出てくる。趙高は始皇帝や韓非のエピソードなどでよく登場。朱忌だけはこれまで出会ったことがない。
 
補足2:以下の人口に膾炙している話は(出所がすべて平家物語であるかは別として)創作、誤解或いは話の尾鰭と考えられている。
①富士川の戦いで水鳥の音に驚いて平家が退却したこと。尚、源氏方は武田信義。
②平家都落ち後の追討から義経が最初外されたのは検非違使任官で頼朝が激怒したことに因る
③倶利伽羅峠で木曽義仲が牛の角に松明を付けたこと
④屋島攻略時の義経の景時の逆櫓論争(景時は実際は範頼軍に従軍)
⑤壇ノ浦の潮流が最初は平家有利に、その後源氏有利に変わったこと
⑥同じく壇ノ浦で義経が漕ぎ手に矢を放って戦況を有利にしたこと(平家物語では戦況が既に源氏勝利に傾いた後そうしたと書いてある)



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