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技術とは何か?
「技術書典」という、いわゆる技術同人誌のイベントに、コロナが流行った 2020 年から参加しています。その頃から現在まで、気づけば10冊も本を書いてきました。ただ、私自身が技術者(エンジニア)というよりは研究者とか科学者という認識があって、書くものも狭義の「技術書」とは言えないものもあったりします。今回の「技術書典16」での「刺され技術書アワード」応募作品として、イベントの主催のお二人に貴重なコメントを頂いた中で、この「技術とは何か?」という問いを、それからしばらく考えいています。答えは出てませんが、なにか今まで見えてなかった情景が見えはじめてきた気がします。
はじめに
このノートは1ヶ月前(6月11日と記録があって、ほぼこのノートのアカウントを作った時です)からツイートしたり、それを元に書き始めてたもので、「完成」してない気分で置いていてものです。先日(7月12日)リリースした、ポッドキャストのエピソード『〈トーク〉ひとり出版者「灰泥屋」 (S03E06)』で、この頃モヤモヤと考えていたことを喋ったのをいい機会と思い、現状の思ってることの記録として一旦、ノートも公開しようと思います。
「技術とは何か?」という問い
広い意味での「技術」
プログラミング以外に、料理も、音楽も、なんでも技術じゃん
【思索】技術とは何か?
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 7, 2024
1つは「万人が再現可能な手順」と言ってもよい(かな?)
その意味で、裁縫も料理も技術であり、技術書たりうる、というスピリットですよね
「音楽」も他の分野と同様に、一歩引いて傍観者的に消費するだけなら別だが
逆に一歩踏み込むと、むしろ極めて技術的なものですよね
そうかっ
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 7, 2024
つまり、今こそ「音楽の技術書」を書くべきかっ!
(そうすると……オレの理解が足りない……)
個人的には LaTeX で音楽を書く、今日的状況にちょっと興味がある。 Lilypond とか、別なツールを使うのではなくて(なんかありそうな感触がある)
>その意味で、裁縫も料理も技術であり、技術書たりうる、というスピリットですよね
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 8, 2024
実際 #技術書典 マーケットにも
『洋裁の技術』https://t.co/3TdHrXDEVk
『餃子をつくろう』https://t.co/hEDupalfXS
『家事修行の理論と実践』https://t.co/s7Fh12k1J9
とかありますね(自分の本棚より)
「技術」を対比で考える
つまり「技術」or「技術書」のアンチって何か?
【思索】技術とは何か? その2
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 8, 2024
ある対象(テーマ)へのアプローチは大きく分けて二通りあって、レシピ的アプローチと、手品的アプローチ。
語弊はあるが極論、前者は理系的、後者は文系的
(あるいは、もっと毀損はあるが、前者は男性的、後者は女性的)
みたいなイメージhttps://t.co/GqVEmsi79n
執筆者視点で言うと、前者は技術書で、後者は小説。
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 8, 2024
ぼくは基本的に前者の人間だけど、後者のスキルを身に付けたいと、最近思っている。
多分、後者的なものに対する拒否感があって、それはヤラセ的というか、演出的な「作為」に由来するけれど、
自著を売り込む、宣伝することと深く関係してるよな
「営業とは何か」
自分の営業下手について、考える
という流れを、ここ数日、フワフワと考えている。https://t.co/PhdqaIIjPL
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 8, 2024
……とか、悠長な話では、実はなかった。
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 8, 2024
そうだ、オレは今、個人事業主になったんだったね。
「一人出版者」とか口だけで言ってるが、独立研究者とかエッセイストとか言いながら、気持ちはずっと同じだな(言ったら、大学の頃から……)
まずは、自分の書いたものを、きちんと届けるようにしよう
そうそう、
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 8, 2024
この精神で
(と、頭では分かってるけれど、なかなか……)https://t.co/MIvDXbDrnq
そうそう、
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 8, 2024
こういう「事実」もあがってる訳だし
(と、頭では分かってるけれど、なかなか……パート2)https://t.co/FYWquaDTRv
初手の『音楽と数理』
これは、「音楽」を技術書のネタとして取り上げたという意味で、スジとしてはよかったのかな、と。
昨日「書籍紹介」でエッセイ本4冊紹介されてから、音楽と技術について考えてましたが、
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 8, 2024
いや「まさに音楽は技術だな」と確信した
振り返るとぼくの(技術)同人誌の1冊目『音楽と数理』、通称「耳コピ」本https://t.co/LfX7iOA7Eh
は、いい筋だった https://t.co/UtihIrzVsC pic.twitter.com/N1TXS39Iyg
対比で考える(2)実践の大切さ
別の対比を思いつく
技術とは何か?から、物事に対するアプローチにレシピ的(理系的)と手品的(文系的)がある話
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 9, 2024
これ、昨日つぶやいてからボーッと考えてる
自分に欠けてる後者をどう取り入れるか、と
で思ったこと。
前者は説明的、ネタバレ的で、アームチェアディテクティブ的(腰が重い)のに対して…… https://t.co/8yrHE4GvzP
(つづき)……
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 9, 2024
後者は実践的、頭より体を動かす、というか
あと野田俊作的に言うと「お稽古ごと」的なのかな、と
つまり、自分に足りないのは、単に、実践だ、と
これ、本当はオレ、二年前にポッドキャストはじめた時に実感したことではなかったか?
つまり、「技術書」的なものは説明的でアームドチェア・ディテクティブ的なのに対して、「小説」的なものはまず行動するとか「お稽古ごと」的なのかな、と。「技術書」タイプの自分に足りないものとしての「実践」に気づく。
っていう「螺旋階段」のはなし、確かにしてましたね
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 9, 2024
エッセイ『ポッドキャストは自由にする(抄)』https://t.co/bksk1z0Tii#技術書典 16 は今日まで、紙の本の送料無料も今日までです
(と、うまく宣伝につなげたね) pic.twitter.com/IXuh5Vvtg4
ちなみに、このエッセイ本は、元はポッドキャストの文字起こしなので、ポッドキャストがあります。
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 9, 2024
この辺で喋ってますね、「螺旋階段が〜」ってのはhttps://t.co/ARfvLPOuSu
このスレッドに付けておこう。
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 9, 2024
これも、同じラインのはなしだよねhttps://t.co/sl386Vlat2
対比で考える(3)貶すタイプと褒めるタイプ
依然、悶々と考えている
— ichiki kengo (@ichiki_k) June 9, 2024
世の中には、貶すタイプの人と褒めるタイプの人がいる
前者はレシピ的(分析的)で、後者は手品的(行動的)なのかな、と
これって表裏であり順序の問題なんだろうな
文句を言うのは簡単で、褒めるのは難しいという視点もある
前者は後出しジャンケンだからね
じゃ後者は? https://t.co/EkwyjxXnH4
モヤモヤと、フワフワと、考えている。
クロージング
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
コメントや感想など、待ってます。
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