エネルギッシュなおばちゃんを好きになる現象[恋と似て非なるもの1]
「恋と似て非なるもの」シリーズを書いていこうと思う。その際、以前のnoteに書いたことだが、僕は「恋の個人的な原体験」を比較基準として、「似て非なるもの」を定義することにした。すなわち、[恋と似て非なるもの0]は、熱力学第0法則(温度計の有効性を担保する概念)のようなものだ。
そんな風にして物差しを自ら選び取らないことにはおちおち個人的な記事を書くことすらできない気がしてしまう。(病の一種かもしれない)
※エネルギッシュ、という言葉はかなりおかしな言葉だ。僕はこの言葉を「どこか得難い一点に向かって収束していくような知性のある性質」という意味で使っている。エネルギッシュな女性は、ただ活動的なわけではなく、全体がうっとりしてしまうような知性に覆われている。なんとなく整っている感じがするのだ。
さて、今日(2020/9/4)、書くのは「エネルギッシュなおばちゃんを好きになる現象」について、だ。僕にはエネルギッシュなおばちゃんを好きになってしまう(しまいそうになる)という困った性質がある。その性質にはどうも「サピオセクシャル」という名前がついているらしい。そのことを知ったのは残念なことに、知る必要のあったタイミングのおよそ三年後である。
時として、僕の中の「サピオセクシャル・スイッチ」はオンになる。その時、僕は目の前にいる知的で、エネルギッシュな女性をほとんど好きになりかけてしまう。大抵の場合、そうした女性は僕よりも一回りか、二回りほど年上なのだが、そうした年齢の壁なんてどうだっていい、と言い切れるほどの好意を抱く。
しかし、その感情は、よくよく観察していくと、どうも「恋と似て非なるもの」だという気がしてくる。なぜなら、会っていないとすぐに冷めてしまうし、冷めてしまえばどうして好きだったのかがよく分からなくなるからだ。
そうなった後には面倒ごとが控えていることもある。そうしたグシャグシャを僕は抱え続けることができなくなってきた。(結構、疲れるんだな、これが。)だから、僕はそれを「恋ではない」と結論づけ、自分自身に対して注意喚起を促すことにした。
「おい、気をつけるんだ。今、お前は、サピオセクシャル・スイッチがオンになっている。だから、目の前の人を極端に魅力的だと勘違いしているんだ。いいか?これは、恋じゃない、かもしれない。今、一歩を踏み出したりするなよ。結論と行動は先延ばしだ。先延ばしは何よりも得意だろう?」
そんな風に自分に言い聞かせる。
(実は、サピオセクシャル・スイッチが入っている状態を「恋ではない」と断定するに至った背後にはちょっとした事件がある。その内容についても書くけれど、それは、ちょっとばかしヤバ目の話なので、最初から有料結界を張らせていただく。ただ、その内容はあまりこの話の本筋とは関係がない。)
〜〜〜個人的な内容を書くので、9/5の午前中にこの場所に有料結界を張る。その代わり、以下、筆を抑えずに書く。〜〜〜
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