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『CHESS THE MUSICAL』未完成の作品に豪華キャストが挑む

行ってきましたよ『CHESS THE MUSICAL』(東京国際フォーラム)。一昨年の『エビータ』、昨年の『ジーザス・クライスト=スーパースター』に続き、世界のラミン・カリムルーが出演。しかも映画『レ・ミゼラブル』でエポニーヌを演じたことでも知られるサマンサ・バークスも出るという。ほんと梅田芸術劇場のキャスティングパワーは称賛に値するというより感謝の言葉しかない。

そんな二人が出るというだけでもう行かない選択肢はないわけだが、この『CHESS』という作品は1986年の初演。作詞が「ジーザス・クライスト=スーパースター」以来世界のミュージカル界を支え続ける重鎮ティム・ライス、作曲がABBAのメンバーであるベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースの2人という異色ともいえるコラボレーションによって生み出された。

東西冷戦のさなか、チェスの王座をめぐり世界の才能が激突する。そしてそこに政治的な思惑と、複雑な人間模様が絡み合う――と、さすがはティム・ライス、興味をそそらずにはいられない構成だ。しかしこの作品はなかなかに厳しい運命をたどる。

その数奇な運命については、今回のプログラムに掲載されたインタビューに詳しい(ほとんどは2015年になされたもの)。初演時、演出にマイケル・ベネットが起用され、降板し、引き継いだトレバー・ナンがロンドン初演を成し遂げたもののブロードウェイ上演では脚本を大きく変更、結果興行的には失敗に終わる。その後もさまざまなプロデューサー、演出家がこの作品に挑むが、ティム・ライスいわくまだ「決定版」がない。2008年にイディナ・メンゼルやアダム・パスカルらが出演した『CHESS in Concert』は好評で、日本でも2012年にコンサート版上演、続いてミュージカル版が上演された。

なぜ「決定版」が出ないのか。これは上記のインタビューの中でティム・ライスが語っているように「極めてクレバーな作品」、要するに複雑でわけがわからないのだ。

物語自体はさほど複雑ではない。しかし登場人物たちの心情やそこに影響する時代の空気感を言葉というより音楽で表現しようとしており、その音楽が非常に音楽的、というか、マニアックなのである。

ABBAのシンプルでメロディアスな音楽を期待した人は、その180度対局にある音楽に面食らう。ベニーもビョルンも、ABBAとしては封印せざるをえなかった音楽性の追求、ミュージシャンとしての矜持を爆発させたんだろうなあと思う。このために、自分のように音楽に造詣の深くない人間はかなりの確率でこの舞台が「わけがわからない」状態になる。

そんなわけで今回の『CHESS THE MUSICAL』、作品としては正直ぴんとこなかった。きほん明るく楽しい、そして展開の早いエンターテイメント色豊かな作品が好きな自分としては、1幕の静かな展開はつらかったし、2幕のソビエト勢の暗躍は面白かったけど、バンコクの描き方は「いつまで欧米人は東南アジア=ミス・サイゴンなんだよ」って感じで微妙だったし、いろいろ突っ込みたくなるところ満載である。

しかしさまざまなクリエーターがこの作品にインスピレーションを感じ、自分が決定版にしてやろう、と取り組んでいるのは面白い。いつか、素晴らしい才能のプロデューサーや演出家が現れ、この難解な作品を読み解いて聞かせてくれるのを待とう。自分が生きてるうちに頼むぜ。

もちろんラミン・カリムルーは相変わらず素晴らしい。この数年どんどんマッチョになるラミン氏だが、今回は頭脳派のキャラクターが抱える深い苦悩と煩悩を歌い上げてくれた。圧巻だ。

そしてサマンサ・バークス。その歌声をライブで聴くのは初めてだが、これまで映像で触れていた以上に、というかその数倍、魅力的な歌声だった。それにアレだ、やっぱりキレイだ。フローレンスという役どころは、ちょっと共感が得られにくい立ち位置だけど、駄目人間のミュージカルファンとしては、もうどんどんフローレンスに肩入れしながら観てしまった。

だが実は今回、いちばん印象的だった登場人物は佐藤隆紀演じるアービターである。試合の審判であると同時に、チェスの世界を統べる神様のような、そしてチェスの世界から人間世界を見通し警句を投げかけてくるような、不思議な存在。その威厳と異世界感を醸し出しながら、朗々と歌い上げるその姿は実に演劇的で、ミュージカル的だった。ティム・ライスは「この作品は映画向きなのかも」と話しているが、このアービターの存在の一点で、舞台に繋ぎ止められていると言ってもいい。

というわけで、自分に才能と知識と経験と金とコネクションがあって『CHESS』の演出をすることになったなら、だんぜんアービターの視点で再構築するね。とか世迷言を言いながら東京国際フォーラムをそそくさと出てきました。

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