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夢のような日々の一日目

彼女と同じ部屋で住み始めた最初の日は、仕事が終わると一目散に退社した。一本でも早い電車に乗るために、会社から駅までは走った。駅の階段は駆け上がった。電車の中で息を整え、降りた駅から自宅までまた走った。おかげで、まだ日が沈む前にワンルームマンションのドアの前に立っていた。汗びっしょりになっていた。

彼女の顔を一秒でも早く見たかった。というのはもちろんだが、僕を走らせたのは愛情というよりも、「帰ったら彼女がいなくなっているのではないか」という不安だった。

女性とろくに付き合ったこともないのにいきなり始まった同棲生活。上手く行き過ぎだ。こんな夢みたいな生活はやはり夢で、うちに帰ったら魔法は解けていて彼女はいないんじゃないか。朝、会社に向かう通勤電車の中で揺られながら、そんな気持ちが頭の中に雨雲のように広がっていた。

だから、帰って彼女の顔を見たときには心底ほっとした。思わず、「ただいま」ではなく「よかった」と言ってしまい、彼女に「何それ」と不思議な顔をされた。

魔法は解けていなかった。でもそれほど長くも続かなかった。