施設長と面接【4】
特養の面接で通されたのは施設長室だった。毎度の事ながら面接は緊張する。
特に、面接の合格率が低い事を自覚していた私は、事前に、軽く面接の脳内シミュレーションをやってみた。その時、意外にも比較的スムーズに合格する姿が見えた。何の根拠も無かったが少し安心した。
とにかく、何とかこの面接1回で受かりたいと思っていた。ようやく念願のヘルパー資格を取得し「さあ働くぞ」とやる気スイッチが押されている状況の出鼻を挫かれたくはない。
今回を逃せば、また別の施設を探さなければならないし、当然また面接を受けなければならない。何とかここで決めたい気持ちだった。
実は、その時の施設長との詳しいやり取りは覚えていない。ただ、一つ印象に残る質問だけ。それは今も私の記憶に残っている。
『私があなたを採用するメリットは何ですか?』
これだけ聞くと少しパワハラ気質にも聞こえなくもない。実はその前のやりとりがある。
何を隠そう、私の母は当時現役の訪問介護ヘルパーだった。
つまり、面接時に施設長から、私が介護の仕事を始めるきっかけを聞かれた。その時とっさにヘルパーの母の話が口から出た。それが先程の質問の引き金になった。
施設長は意地悪そうに、言った。
『もし、あなたのお母さんと、あなたが2人面接に来た場合、私は間違いなくお母さんを採用します。』
『私があなたを採用するメリットは何ですか?』
そう、ここに繋がる。
施設長が意地悪なのはこの時点で確定したが、案外的を射た質問でもあるのが悔しい。図星だ。私は全くの未経験者。経験者と比べられては手も足も出ない。未経験者が経験者に比べて優れている所など...無くもない。
経験者なら、過去の職場での経験則を優先し、現施設の理りを無下にしてしまうリスクもあるだろう。
しかし、未経験者はどうだ。介護の右も左も分からない、真っ白のキャンパス。署先輩方の教えの通り、施設の理りの通り動くほか無い。
今なら、こんな感じで返答していたかも。
今でも施設長の質問の意図はわからない。ただ、意地悪な質問に対して、真面目な返答を期待していたとも思えない。
実際に私は施設長から悪意に満ち満ちた表情を感じ取った。おそらくだが、私を馬鹿にして喜んでいたんじゃなかろうかと。施設長がただ個人的に、素人に対してドヤりたかっただけなんじゃないかと...真相は闇の中だ。
さて、私は施設長の問いに何と返答したのか。
『私は母よりも若い。体もよく動き、活躍も出来る。私に賭けてください。』
結果、私は採用された。
続きます。
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