新人 1-6 充血した土曜

「おたくの所長さんのせいで、人生狂ったよ。。。。」

アストラス製薬の須田はそう言うと、黒みがかった顔が夕陽で紫っぽく照らされた。新人は、「知らんは・・・」と、思いながらも、自分の将来の姿のダメパターンと認識した。

金曜日の夕方にしか訪問が許されていない、世田谷の外れの大学の分院。MRも疎らの中、須田は新人に突然話しかけたのだった。明日はアストラス製薬として須田も担当している善福寺川国際病院の麻雀大会である。

「俺の明日を返せよ!」

薄暗い病院の廊下を去りながら、ヨレヨレのスーツで肩を落としながら、振り返りざまに目を充血させて須田は新人君に捨て台詞を吐いた。


・・・なんだあのおっさんは? 


ーーーーーー 善福寺川国際病院 麻雀大会ーーーーー

「院長先生、うちの娘がこないだジャニーズジュニアの彼氏連れてきたんですよ。マスコミ出たらどうしよう。あははは。」

善福寺川国際病院担当して15年を超える所長の周囲はいつも笑い声で絶えない。

新宿の会員制のバニーガールの居るクラブを借り切って、その場に不釣り合いな雀卓が並べられた会場で、善福寺川国際病院の麻雀大会は、月に1回、土曜日に開催された。

土曜日と言うのに、国内、外資含めて名だたる製薬メーカーの担当MRが勢ぞろいしている。それもそのはず、何しろこの麻雀大会に参加する事が、善福寺川国際病院で訪問許可が出る唯一つの方法となっているのだから。

麻雀大会の参加が、訪問許可の条件。この仕組みを作ったのは、弱小メーカーの所長である。

「先生、ちょっとこのワイン院長のところに持ってってよ。」
若手の医師までも、所長に指図されている状態である。

「あの人、どこのメーカーなの?」
「弱小製薬だよ。」
「へー。ほぼ院長と同じだね。」
「業界の有名人だよ。知らないのか?」
新担当者のメーカーMR同士でヒソヒソ話が聞こえる。

「姉ちゃん、この先生、将来有望だよ!」
所長がひとりのバニーに声をかけ、同じテーブルに座る若手医師のことを持ちかけた。 

「彼女いないんだろ、なあ?」
所長が若手医師に話しかける。場がとにかく盛り上がる。

アストラス製薬の須田を含めて、参加している数十社の製薬会社MRが驚きの表情を隠しながら眺めて居た。

☆   ☆   ☆

田舎者で負けず嫌いで努力家。須田のプライドは東京に転勤後にズタズタになって居た。

大手企業のプライド。

成績優秀者として地方から都内に転勤してきたプライド。

都会的で洗練された、しかも相手にならないような弱小メーカーの所長に、須田はぼろ負けしているのである。キャラも、数字も、そして何より麻雀である。

何しろ、金持ち医師もたくさん参加する麻雀である。負けも勝ちも大きい。

勝ち続ける所長を裏腹に、須田は負け続ける。負けることを良しとしない、田舎者の須田は、カッと熱くなり、所長にだけは勝とうとする。やがて借金しながらその麻雀大会に参加するようになった。

「アストラスさん、完全にやばいよねあれ?」
「そうだよね、適当に流せば良いのに。」
「なんか、勝負に出ちゃってるよね。小さくこっちでやってれば良いのに。」

メーカー同士のヒソヒソ話をよそに、須田はコントロール不能となって居た。院長や所長に敢えて挑んでくるものの、負け続けることがパターン化している。

何しろ、大会に参加しなけえば善福寺川国際病院を訪問できない。ただ、参加すれば良くて、中には適当に顔だして飲食しているMRも多数である。

須田にとってはその分野で都内で患者数1位、2位を争う善福寺川国際病院で数字を上げなければならないのだ。

放棄すれば、鳴り物入りで都内に転勤してきた、須田の数字はガタ落ちし、高いプライドがズタズタになる。



借金がバレて、須田の奥さんが弁護士を立てて協議離婚手続きに入ったのは、先週のことである。


「ポン!!」

須田の震える怒りに追い討ちをかけたのは、卓上で牌を投げながら発した、所長の楽しげで大きな声であった。須田は充血した目で、所長を睨んだ。



*この物語は全て想像で、登場する固有名詞は架空のものです

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