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あの頃を思い出す

買い物から戻ると、妻がスマホで音楽を聴いていた。YouTubeで見つけた80年代のヒット曲メドレーらしい。私たち二人の大恋愛、親からの猛反対、隠れるように深夜ドライブに出かけたあの頃を思い出し、ベッドで体を休めていた妻の側に座り、しばらく一緒に聴いた。

マドンナの「La Isla Bonita(ラ・イスラ・ボニータ)」がかかった時、妻が「哀愁だね」とポツリと呟いた。そう言えばそうかもしれない。美しい旋律、そしてその底には熱い思いやもどかしさが感じられる。妻はもう一度「哀愁…」と呟いた。

僕は振り返り微笑んだ。妻は少し寂しそうな顔で微笑みを返した。妻がまた呟いた時「あいしゅ」と言ったように聞こえた。

「え?」僕は戸惑った。
妻は最近、言葉がハッキリしなくなる事が時々有る。愛している。だから失い始めるのが怖い。

「アイシュ」

「…うん、聞いてるよ…」

「アイシュ有る?」

「…うん、哀愁が有るね…」
お願いだ、もう少し一緒に居たい。

妻は立ち上がってキッチンに向かった。そして、冷蔵庫から何かを取り出した。

「?」

妻は僕に向き直り、満面の笑みを浮かべ、先ほどまでの僕の不安を吹き飛ばすくらいのハッキリした声で言った。

「2人でアイスを食べよう!」

僕はそんな妻が大好きだ。

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