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あのとき がむしゃらだったおれへ

 デカい紙コップにぎっしりの氷とコーラ。今ではほとんどマクドナルドでだけ出会う程度になったそんなコーラ。そんなコーラを飲むといつでも、おれはあのころを思い出す。なによりもまっすぐで、ただただエネルギッシュで、どうしようもなくバカ。仲間もぜんぶ、同じようなバカだった。なぁ、このコーラはあの頃のと同じ味なのか?

 色とりどりの強力なライトが落ち、客電がついて拍手が引き潮のように去る。たった今まで轟くような爆音をまき散らしていたメインスピーカーは囁くようなBGMを流し始める。一つになっていた観客はがやがやと散らばり、三々五々、フロアを後にする。熱気を帯びた空気が静かに落ち着いていく。

 終演後のあの空気がおれは好きだった。演奏中の高揚からジッパーをスッと閉じるようにして切り替わる空気。同じ空間とは思えないほど、ライブハウスはまったく別の顔になる。フロアから観客が一人もいなくなると、フロアやステージの蛍光灯が点灯する。ステージの照明や客電が非日常を演出するライトだとすれば、蛍光灯は無慈悲な日常だ。蛍光灯に照らされたステージやフロアは、あちこちボロボロにはがれ、傷だらけで、みすぼらしい。おれたちだって、楽器を降ろし、ステージ衣装を脱いでピンク・フロイドのTシャツかなんかを着ていれば、いい年してロクに仕事もしていない落伍者みたいなものだ。無慈悲な蛍光灯の下で傷んだ設備と慰め合うようなあの撤収の様子が、おれは好きだったんだ。

「おつかれ!」

 ライブハウスのスタッフやメンバーとコーラで乾杯する。ステージや楽器を片付けたら機材車を運転して帰らにゃならん。だからおれたちの乾杯はいつだってコーラだった。

 バンドは売れなかったから、おれたちは最後まで演奏を終えた後自分たちで撤収作業をして、自前の機材車に自分たちで機材を積み込み、自ら運転して帰った。だからメンバーやライブハウスのスタッフと酒を飲んだ記憶というのがあまりない。ドライバーはおれだけだったが、メンバーも誰も酒を飲まなかった。おれたちはロックバンドだったのに、誰も煙草を吸わないし、酒飲みもいなかった。だから成功しなかったんじゃねぇの、と半分冗談で、半分は本気で、思う。

 あのころ、おれたちは練習スタジオのロビー、郊外の深夜のファミレス、調布かどこかのスタミナ丼屋、飽きもせずに中身のない話を夜通しし続けたものだ。後にも先にも、同じ仲間とあんなに長時間会話したという経験はない。でもいったいなにをそんなにしゃべったのか、ほとんど記憶にない。夜通し走り回り、しゃべり倒していた。なぁ、おれはいったいなにをそんなにしゃべっていたんだ?

 あれから二十年が過ぎたよ。おれはずいぶんと遠いところへ来た。どこだって? おまえが想像もできないようなところだよ。

 おまえはどうしようもないバカだったよな。でもおれがそう言ったらおまえは「うるせえ」って言うだろう。それでいいと思うよ。

 ごめん。おまえの思い描いた夢は一つもかなえられなかったんだ。おれたちが若さの全部を賭けて演奏したライブハウスもさ、ことごとく姿を消したよ。あいつなんて言ったっけな、ライブハウスの店長。いたよな、おまえより若かったやつ。あいつ実家に戻って家業を継ぐとか言ってたよ。

 今さ、世界はSFみたいなことになってるよ。感染性のウィルスが蔓延して、おれたちみたいなインディーの端っこだけじゃなくて、超メジャー級も含めてみんな、ライブができねえんだ。おまえ信じるかよ、こんな話。おれたちみたいな小さいのも、超メジャーのアリーナ級も、ロックフェスも全部中止だぜ。信じられるかよ。演るほうも観るほうもなし。おまえならどうするよ。

 おまえならビデオ撮影してネットに流すって言うよな。Youtube なんか出てくるはるか前から、テープで撮影するビデオカメラでライブを撮影して、歌詞のテロップを入れてホームページで配信してたもんな。今、そんなことはもっとはるかに簡単にできるんだぜ。ライブハウスが無くなっちまったらおれたち帰る場所がないけどさ。おまえならなにか希望を見つけて進むよな。

 おれはさ、おまえに会わす顔があんのかなって、ときどき不安になるよ。おれはたしかにおまえの続きのはずなんだ。だけどおまえほどまっすぐなのかって言われたら、ちょっと自信がない。

 おれはおまえと夜通ししゃべってみたいよ。ドリンクバーのコーラで乾杯してさ。

 おれに会ったらおまえなんて言うかな。

「ずいぶん落ち着いたオッサンになっちまったなあ。それでもおれかよ」

「うるせえ」

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