ホンダ・スポーツ
1964年、ホンダがF1に初参戦した。
それからちょうど60年を迎える。
それまで二輪メーカーだったホンダ。
前年の1963年、初の四輪車として軽トラックT360とスポーツS500を発売。
そして次の年に、早くもF1参戦とは驚きである。
スーパーカブで大成功を収めたホンダ。
F1をやりながらも、働くクルマは忘れない。
そして、発売中のCAR GRAPHIC 11月号。
「ホンダ・スポーツ、夢と情熱の根源」と題して、50ページにも及ぶホンダ特集。
シビックRSとR、e:HEVの試乗記にはじまり、インサイト誕生25周年、かつてのコンセプトカー ホンダ HPX ピニンファリーナ、60周年を迎えたS600の試乗記、4速だったS600の5速目のトランスミッションの話、ホンダとカーグラフィックの1964年、佐藤琢磨✖️田辺豊治 対談、本田宗一郎とモータースポーツ、ホンダの原点など興味深い記事が並ぶ。
中でも、興味深かったのは「ホンダとカーグラフィックの1964年」と題した記事。
当時、カーグラフィック創刊編集長の小林彰太郎、ホンダ初のF1参戦取材をしながら欧州をホンダS600で旅行をしたが、同行した満里子夫人にインタビューした。
夫人目線から見た欧州旅行のお話は、楽しく読ませていただいた。
それにしても、ナビもスマホもない時代、ロードマップを頼りの欧州旅行は、それだけでも大冒険だったと思う。
最初英国に入って、その後ドーヴァー海峡をフェリーでフランスのブローニュに渡ったところ、ヘッドライトが黄色くないと言われ、足止めをくらったなんていうエピソードも面白い。(フランスでは1939年から1993年まで54年間、乗り物のライトは黄色という変な法規があったらしい)
「本田宗一郎とモータースポーツ、ホンダの原点」は小林大樹氏が、本田宗一郎の子供時代からの歴史を振り返りながら、多摩川スピードウェイのこけら落としとなった1936年の全国自動車競争大会に、本田宗一郎が自ら作ったレーシングカー濱松号で出場した話など記されている。なんとそれから28年後にF1参戦とは、まさにここにホンダの原点があったのだ。
まだまだ興味深い記事が盛りだくさんのCAR GRAPHIC 11月号。
ホンダファンだけでなく、自動車好きにはタマラナイ本です。
書店ほかAmazonでも購入できます。
今日もお付き合いいただき、ありがとうございます。
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