見出し画像

ヒ素を飲まされた「被害者」のはずが…… 故・田中満さん ガンで闘病中も訴えていた林眞須美死刑囚の「冤罪」

 5月22日のnoteでは、和歌山カレー事件の犯人とされる死刑囚・林眞須美さんに保険的目的でヒ素を飲まされた「被害者」とされた男性2人が対談し、事件の真相や捜査の内幕を明かした記事を紹介しました。

 この2人のうち、林眞須美さんの夫・健治さんは、マスコミにもよく登場してきた有名な人なので、知っている人が多いだろうと思います。一方、2009年に亡くなった故・田中満さんのことを知っていた人はほとんどいないはずです。

 田中さんは生前、林眞須美さんの支援者らが和歌山市で開いていた集会に出席し、自分が被害者であることを否定したうえで、林眞須美さんの無実を訴えていたのですが、なぜか、取材に来ていたマスコミがこのことをほとんど報じていないからです。殺人未遂事件の「被害者」とされた人物が、被告人の無実を訴えるという非常に特異な事態が起きていたにも関わらずにです。

 今回は、この田中さんが上記の対談を行う少し前の2008年8月、週刊金曜日に初登場し、林眞須美さんの「冤罪」を訴えた拙記事を紹介します。林眞須美さんは当時、最高裁に上告中でした。一方、田中さんは当時、ガンで闘病中で、病をおして受けてくれた取材でもありました。

 実は、田中さんは林眞須美さんの裁判において、ヒ素を飲まされた「被害者」とされていただけではなく、この事件の最大の物証・ヒ素に関しても重要な証言をしています。今読み返すと、煽り気味に書いていますが、原文ママで掲載しました。そのうえで、特別に説明が必要と思える部分に関しては、注釈をつけました。

画像1

和歌山カレー事件発生から10年で新展開 眞須美さんはやってへん 「被害者」男性が実名明かし激白(初出:週刊金曜日2008年8月29日号54~55ページ)

発生から一〇年が経った和歌山カレー事件。一、二審で死刑判決を言い渡された林眞須美被告人(四七歳)は今も無実を訴えて上告中だが、ここにきて新展開。一審の証言台に「被害者」として立った男性が、初めて本誌で実名と顔写真を明らかにし眞須美被告人の無実を訴える。

「眞須美さんはカレー事件なんかやってへん。一日も早く自由の身にしちゃってほしい」

 七月二〇日、事件の地元・和歌山市で開催された林眞須美被告人(四七歳)の支援集会。見るからに体調の悪そうな男性が約八〇人の参加者たちの前でそう訴えたとき、会場の空気は張りつめた。かつて「被害者」とされた人物が病の体をおし、悲痛な面持ちで被告人の無実を訴える姿はそれだけで迫力に満ちていた。

 地域の夏祭りでヒ素が混入されたカレーを食べた六七人がヒ素中毒に罹患、うち四人が死亡した事件の発生から七月二五日で一〇年。ここにきて一、二審判決に疑問を投げかける報道も出始めたが、そんな中で登場したのがこの男性の新証言だ。

 男性は、和歌山市在住の田中満さん(五八歳)。最大の物的証拠「ヒ素」とも関わりがある人物で、すでに弁護団とも接触、その証言は「無実の新証拠」として最高裁に提出される見込みだ。「その証言は、検察の証拠の信用性を弾劾する有力な証拠だ」と弁護団も期待を寄せる(注・弁護団は結局、田中さんの証言を最高裁に提出していません)

「マスコミのデタラメだ」

 
 田中さんは、眞須美被告人の夫・健治さん(六三歳)が白アリ駆除業を営んでいた頃に取り引きしていた会社に勤めていた縁で、林夫妻とは家族ぐるみで友人つき合いをしていた人物だ。カレー事件発生後、眞須美被告人と健治さんが保険金詐欺などの容疑で別件逮捕されて以来、夫妻とは音信不通状態が続いたが、今年三月に入院先の病院で健治さんと偶然再会。そして事件発生から一〇年を経過した今になって、眞須美被告人の支援に名乗り出たわけだ。

 では、田中さんがどういう経緯で「被害者」とされていたのか?

 話は今から二〇年前、一九八八年五月一〇日まで遡る。この日夕方、和歌山市内の病院に胃潰瘍で入院していた田中さんは同日夕、同じ病院に入院していた健治さんの病室で、ギョーザと酢豚をおすそ分けしてもらう。その夜、激しい嘔吐に襲われて手術を受け、胃の三分の二を切除した。この件を検察は公判で、「被告人が保険金目的で殺意をもって、夫・健治にヒ素入りの飲食物を提供したところ、これをたまたま健治に提供された田中が急性ヒ素中毒に罹患した事件だ」と主張したのだ。

 一審で検察は、夫や知人ら計六人の男性に対し、眞須美被告人が保険金目的でヒ素や睡眠薬を使用したとする「別件」の疑惑を持ち出し、「本件」カレー事件の状況証拠として立証を試みた。田中さんはこの六人のうちの一人だった(一、二審では六人のうち健治さんと、林家に居候していた男性二人を被害者と認定)。

 一、二審判決は、この田中さんの容態急変に眞須美被告人の関与があったとまでは認定していないが、一方でこのときに田中さんが急性ヒ素中毒に罹患したと認定。田中さんに関する眞須美被告人の疑惑は裁判上「クロに近いグレー」とされているわけだ。しかし実は、当の田中さんは公判で当時の容態急変について「胃潰瘍で病院食しか食べていなかったのに、急にアブラっこい物を食べたのが原因だと思っている」と、自身の容態急変の原因を「ヒ素の異常摂取」によるとした検察の主張に否定的な証言をしている。

 筆者に対しても、田中さんは改めてこう言った。

「カレー事件が起きた頃、眞須美さんが保険金目的で周りの人間にヒ素を飲ませていたと騒がれたけど、あれは全部マスコミのデタラメ。本当の眞須美さんは明るくて、気のええ人や。そんなことせえへんよ」

 無論、 医学の素人が「オレはヒ素中毒になんかなってへん」と訴えただけで、医師の診察などを基にした認定が覆るはずはない。しかし、田中さんが眞須美被告人の支援に名乗り出たこと自体が、同事件の「不可解さ」をより浮き彫りにしている。

 同事件ではかねてから、眞須美被告人と共謀の上で計三件の保険金詐欺を実行したとして実刑判決を受けた健治さんも、死亡保険金目的で妻にヒ素を飲まされた被害者だと一、二審で認定されながら「ヒ素は保険金目的で自分で飲んでいた」と頑なに否定し、妻の無実を訴え続けてきた。被害者とされた人物が二人も被告人の無実を訴えるというのは、刑事裁判史上でも前代未聞のことだ。

ヒ素入り缶「見覚えない」


 次に、田中さんの証言が無実の新証拠の一つとは、どういうことか? 田中さんと「ヒ素」の関わりから説明しよう。

 裁判では、林夫妻の自宅や「旧宅」から発見されたヒ素が、計三回の科学鑑定を基に「夏祭りのカレーに混入されたヒ素と同一」と認定され、有罪判決の有力な根拠にされた。ここで言う「林夫妻の旧宅」に事件発生当時住んでいたのが、この家を林夫妻から購入した田中さんだ。

 しかし、田中さん自身は、カレー事件の発生時点でこの家に三年以上も住んでいたにもかかわらず、実は公判では、この家のガレージの棚から和歌山県警が発見したとされる「ヒ素の入った缶」の存在に「全然気づかなかった」と証言しているのだ。

「警察から『ヒ素が出てきた』と言われた時はホンマびっくりしたわ。あんな缶、オレは全然見覚えがないんやもん」

 問題の家宅捜索をこう振り返る田中さんに、改めて捜索時の状況を細かく聞いてみた。すると、捜索時にガレージの棚にあった物のうち、雛人形、扇風機、釣りのウキ……問題の缶以外の物はどれも、田中さんは「見覚えがあった」と言う。にもかかわらず、問題のヒ素の缶のみ「見覚えがなかった」のだ。

 捜索にあたった捜査員の証言によれば、ガレージの捜索に田中さんはずっと「立ち会っていた」ことになっている。それを裏づける証拠である捜査報告書には、ガレージの棚に置かれたヒ素の缶を田中さんが指さしている写真が添付されている。

「この写真を撮る直前、どこにいたのか?」と筆者が問うと、田中さんはこう話した。

「居間やったか、二階やったか……いずれにしても家の中におったはずや。警察に『ヒ素が出てきた』と呼ばれて、オレはガレージに行ったんや

 田中さんの記憶が正しければ、田中さんはガレージの捜索の際、その場に立ち会っていなかったことになる。それが事実なら、田中さんが問題のヒ素入り缶について「見覚えがなかった」という言葉の持つ意味も重くなる。

 ただ、公判では「捜索時はずっとガレージにいたのか?」との裁判官の尋問に対し、田中さんは「はい」と答えてしまっている。

 弁護団は今後、田中さんの証言などを基に問題のヒ素入り缶が「捏造」だと主張するとみられるが、田中さんの現在の証言が公判の証言より信用性が高いと、説得力をもって説明できるか否かがカギになるだろう(注・弁護団は結局、上告審では、田中さんの証言を基に問題のヒ素入りの缶が「捏造」だと主張することはありませんでした)

 田中さんは先日、病の体をおして大阪拘置所を訪ね、初めて眞須美被告人と面会もした。

一〇年間といっこも変わらん、明るい眞須美さんやった。励ますつもりで面会に行ったら、『あんたの病気なんか大したことあらへん。ええモン食って、馬力を出せ』と逆にオレが励まされてもうて……。とにかく早く塀の外に出しちゃってほしい。眞須美さんは何もやってへんのに、こんなことがあったらアカんよ」

 検察に「被害者」として法廷に担ぎ出された人物が、ここまで切実に訴えているのである。少なくとも最高裁は、その証言を真摯に精査する必要がある。 

画像2

▲ヒ素入り缶が発見されたとされる林夫妻の旧宅(※和歌山カレー事件発生当時の住人は田中満さん)のガレージの棚

【お願い】
この記事を良かったと思われた方は、♡マークを押して頂けましたら幸いです。それが更新の励みになります。

頂いたサポートは記事を充実させるために使わせて頂きます。