【書評「群衆心理」(ギュスターヴ・ル・ボン/著、櫻井成夫/訳)】

原典は1895年刊行

社会心理学に興味を持ったきっかけは、エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」だった。同著では自由という観念をテーマに個人とその有機的集合体としての社会の変質に焦点があてられているが、個人と社会の関わりを心理面から探求するという学問的姿勢に共感を覚えた。本書はその「自由からの逃走」より46年前に刊行され、社会心理学の嚆矢とも称されている。個人が多数集合したとき、どのような心理的特性を持つことで群衆となるかという視点から説き起こし、群衆固有の暗示にかかりやすい、極論に走りやすいなどの性質・信念・意見形成、群衆を操る指導者、および様々な群衆の類型まで網羅的に考察している。
 
人々は群衆を形成したとき、個人が持っている悟性と批判精神が後退して、大雑把で情動的な群衆の考え方の中に埋没してしまう。後年の研究で集団浅慮という術語が充てられるようになったこの現象は現代の社会組織の中でも頻繁に生じている。著者はそのメカニズムを個人の無意識に起因するものとしているが、その無意識の正体までは踏み込んでいないので物足りなさを感じた。自分なりに考えてみると、それは集団の中での孤立や無視を避けるための生物本能的な防衛機制と考える。これは人間が社会的存在だから避けられないことではある。しかし、だからと言ってバイアスに感染された群衆の信念を放置すれば、社会に危害を与えるリスクは増大する。
 
そこで考えられる最善の策は、群衆に違和感を持ったときは自分の信念にしたがってそこから離脱し、理性を取り戻すことである。また、そのとき群衆からの圧力を感じたら、本書で分析されている群衆の各種の歪みを確認することが役立つと思う。
 
(2023.11.2読了)

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