奥村晃作歌集『ビビッと動く』
あとがきによれば、満八十歳を機に上梓されたという作者の第十五歌集である。二〇一四年から二〇一六年にかけて詠まれた三二〇首が収められている。
鳥取の松葉蟹の子生きながら箱詰めに五尾送られて来ぬ
巻頭の連作「若松葉蟹」の第一首。二句目と四句目の最後に助詞の「が」が省略され、一首がぴったり定型に収まっている。こうして助詞を抜くことで韻律が緊密になり、箱にぎっしりと詰まった活け蟹の姿がおのずと浮かび上がってくる。
そして、その次の歌。
まだ動く若松葉蟹まな板にのせてゴシゴシ水洗いする
この「ゴシゴシ」にやられてしまう。日常的な、本当にごく日常的な表現なのに、奥村さんが使うと「ゴシゴシ」からなんとも言えないエネルギーが生まれてくるのはなぜだろう。
一匹の死魚を貰いて一芸を見せるバンドウイルカを目守(まも)る
イルカショーの光景がよみがえる。トレーナーが与えるあの小さな魚。ここに「死魚」という言葉を持ってくるのが非凡だろう。そう言われてはじめて僕たちは、水族館の魚とエサの魚とを、無意識のうちに何か別のものとして区別していたと気づかされる。
餌やりは禁止となりて知床の遊覧船にユリカモメ見ず
鳥インフルエンザの流行に伴い、餌やりが禁止になったのだろうか。遊覧船に乗って、知床の海にかつて飛び交っていたはずのユリカモメの姿を思い浮かべる作者。松葉蟹、バンドウイルカ、ユリカモメ。「いのち」を捉えるその目はするどい。
八十歳を間近にして作者は北海道から大阪や京都、鹿児島まで全国各地を旅しており、その行動力には頭が下がる。美術展やコンサートにも日々精力的に足を運んでいるのだが、本歌集では「死刑囚絵画展」に取材した「幽閉の森」と「集会」のふたつの連作が圧巻である。
絵が我を惹き付けて確定死刑囚風間博子を知るべくなりぬ
幽閉の森に光の差す朝を描ける風間博子のあわれ
十五年戦い続け一旦は負けし博子を救わねばならぬ
ある事件の共犯者として死刑が確定した風間氏の作品に深く感動し、再審請求への思いを短歌を通して訴える。
奥村さんの短歌は「ただごと歌」と言われ、日常詠が注目されがちだけれど、このような社会に鋭く目を向けた批評的な歌があることにも注目していきたい。
(六花書林・2016年)
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「現代短歌」2016年10月号に寄稿した書評です。奥村さんの代名詞でもあった「ただごと歌」は、近年「気付きの歌」にアップデートされました。進化を続けるオクムラ短歌に目が離せません。
■奥村晃作『ビビッと動く』(六花書林刊行書籍案内)
http://rikkasyorin.com/syuppan2015-16.html
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