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萩原慎一郎歌集『滑走路』

プロ野球選手になれず月の夜に歌人になりたいと思う窓辺に
選歌され、撃ち落とされてしまいたる歌という鳥 それでも放つ

 萩原さんは一九八四年生まれで、ちょうど本誌前月号(「現代短歌」2018年4月号)で取り上げた『ナイトフライト』の伊波真人と同い年にあたる。

『滑走路』と『ナイトフライト』。

 よく似た名前をもつ二冊の歌集が、昨年(2017年)のほぼ同時期に刊行された偶然を思う。
 萩原さんが短歌を始めたのは、十七歳の秋。受験勉強もよそに公募の短歌大会や新聞歌壇などに投稿を続け、ひたむきに短歌に打ち込んだという。あとがきの「十五年間ですさまじい数の短歌を詠んで、投稿してきた。」という一文は、さりげないけれど迫力がある。なにしろ自分で「すさまじい」と書くのだから。

かっこいいところをきみにみせたくて雪道をゆく掲載誌手に

 この歌は、すごい。本当にすごい。
 少なくとも僕は、とても萩原さんのように、自分の歌を「かっこいい」と誇ることなんてできない。
 短歌は、およそ生活の糧にはならないものだ。歌人はその身も蓋もない現実と向き合うほど、短歌に屈託を抱えて生きざるを得ない。だからこそ萩原さんの「歌人になりたい」というシンプルな言葉に、妄執にとらわれた多くの歌人はたじろいでしまうのではないだろうか。
 萩原さんの歌には、一切の屈託も、虚栄もない。その姿はほとんど崇高でさえある。掲出歌を読んだとき、僕は自分が「雪道」に立ちすくむような思いがした。

非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている
消しゴムが丸くなるごと苦労してきっと優しくなってゆくのだ

『滑走路』は非正規労働者の若者の声をうたった歌集として、すでに注目されている。その声が痛ましくも優しく、――極端なまでに優しく感じられるのは、挫折を繰り返しながら立ち上がってきた、まっすぐな言葉が読者の胸を打つからだろう。

ぼくたちは他者を完全否定する権利などなく ナイフで刺すな
ぼくたちはほのおを抱いて生きている 誰かのためのほのおであれよ

 萩原さんは本歌集の入稿を終えた後、本の完成を待たずして急逝された。享年三十二歳。本歌集に解説を寄せた三枝昂之は角川「短歌」一月号で〈早過ぎた takeoff だよ冬枯れの滑走路には夕日が残る〉という挽歌を発表している。

(KADOKAWA・2017年)

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「現代短歌」2018年5月号に寄稿した書評です。ひさしぶりに読み返したら歌集の冒頭近くにあった、こんな歌に心を動かされました。先が見えない「いま」だからこそ。

今日願い明日も願いあさっても願い未来は変わってゆくさ  荻原慎一郎

■萩原慎一郎『滑走路』
https://www.kadokawa.co.jp/product/301705000794/

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