日記 夏の夜

夏の夜の匂いを嗅ぐと、子供の頃、山奥でキャンプをしたことを思い出す。

テントの中で友人と眠るとき、私だけは山の夜の暗さに怯え、なかなか寝付くことができなかった。

虫の音、風の音、夏の夜の湿った匂い。付近を流れる川のせせらぎとともに運ばれてくる、山のあらゆる、おごそかな、命の息吹とも思える"なにか大きなもの"が、いっそう私を孤独にした。

この孤独に幼い私は耐えることができず、逃げるように大人たちのいるテントへ潜り込んだことを覚えている。大人たちの大きないびきが反響するテントの中。ふだんはただうるさいと思っていた父のいびきが、山から押し寄せてくる"大きなもの"をかき消す結界のようになっていた。私は父にしがみつき、これ以上孤独にならないよう、祈るようにして眠りについた。

大人になった今、この夏の夜の匂いを前にして、恐怖ではなく、郷愁と安寧を抱くのはなぜだろう。言葉に出来ないほど多くの時が流れた。この時の流れは、私から恐れを取り払い、一体なにをもたらしたのだろうか。

夏の夜の匂いは、昔も今も同じ匂いをしている。

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