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シカ・イノシシに潜む寄生虫のコワ~い話(ジビエを安全に食べるための正しい知識)

本稿は『けもの道 2016特別号』(2016年刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


ジビエに潜む寄生虫

猟師の皆さんが昔から食べていたシカやイノシシが、最近は「ジビエ」という小洒落こじゃれた名前で呼ばれるようになって来ました。

増え過ぎたシカ・イノシシを有効活用するために、全国各地の自治体でもジビエを推進しようとしています。

お役所が介入して食品として流通させるならば、安全性に気を配らないといけません。知事推薦のジビエで食中毒が起きてからでは遅いのです。

ということで、各自治体・厚生労働省などはジビエを衛生的に取り扱うための指針(ガイドライン)を出しています。

これは、主に捕獲時にシカ・イノシシの内臓を傷つけないことや、その後も衛生的に皮を剥ぎ、内臓を抜き、体の表面や腸管の中にいる食中毒菌が肉に付着しないよう、増えないようにするためのものです。

しかし、いくら衛生的に取り扱っても、そもそも肉の中に病原体が潜んでいたら、どうでしょうか? 

著者|松尾加代子
岐阜県飛騨家畜保健衛生所 岐阜大学客員准教授
山口大学非常勤講師 ぎふハンターネットワーク

かつての寄生虫天国・日本

「今の日本に寄生虫なんているの?」と思われるかも知れません。

でも、日本から寄生虫が急激に減ったのは、第二次世界大戦後の話です。終戦直後の日本は、欧米から「寄生虫天国(Paradise of Parasites)」と呼ばれるほどでした。今から70年ほど前のことです。

その後、国を挙げての撲滅対策により、日本から人の寄生虫である回虫や鉤虫こうちゅう鞭虫べんちゅうが急速に姿を消していきました。

その中で、寄生虫はもはや過去のものとされていきました。昭和の中頃までに生まれた方なら、寄生虫天国時代を知る親世代、祖父母世代から様々な寄生虫の話を聞いたことがあったかも知れません。

しかし、今や小学校での検便も蟯虫ぎょうちゅう検査もありません。寄生虫を見たことのあるお医者さんもどんどん減っています。

「寄生虫なんて過去のもの」。そんな認識が広がる中、肉の生食が一般的になり、普通の焼肉屋でユッケやレバ刺しが提供されるようになっていきました。

衛生状態の悪かった頃の日本では、子供や妊婦、高齢者には、生ものを食べさせないよう気を配っていました。体力・免疫力が十分ではないので、病気にかかりやすいこと、病気になればひどくなりやすいことを経験的に知っていたのでしょう。

かつて、レバ刺しなどはガード下の焼肉屋で「オジさま」たちが食べるものでした。「オジさま」たちは体力があり妊娠もしないので、レバ刺しを食べたところで、病気になることも、なったとしても重症化することはほとんどなかったと思われます。

それが、小学生がレバ刺しを食べるような時代になり、死者を出すほどの細菌性食中毒の発生によって牛や豚肉の生食や生レバーの提供には法的な規制がかかるようになりました。「それならば」ということで、規制のないジビエを生で提供しようとしている飲食店もあるような話を聞きます。

でも、ちょっと待ってください。牛や豚は家畜として飼われ、食肉検査を受け、肉になります。それでも食中毒の原因となることがあるのです。ましてや、どこで生まれ、何を食べて来たかまったく分からない野生動物を生で食べる? 大丈夫なのでしょうか?

正直に言うと、ほとんどの人は大丈夫です。病気になる人はごくわずかです。でも「当たる」可能性は常にあるのです。そして当たる確率は、子供・妊婦・高齢者など免疫力の弱い人ほど高くなります。

さて、ではどのような寄生虫がシカやイノシシから人に感染するというのでしょうか? 何種類か例を挙げて解説していきましょう。

トキソプラズマ

一般的に猫の糞、生焼けの豚肉が危ないと思われている寄生虫です。

でも本当は、ほとんどの温血動物(哺乳類と鳥類)に感染する寄生虫ですので、シカ肉やイノシシ肉も危ないのです。アメリカ疾病予防センター(CDC)もトキソプラズマに特に注意する食品として、豚・羊・シカ肉を挙げています。

妊娠中に初めて感染してしまうと、この寄生虫はお腹の赤ちゃんに影響し、流産や水頭症などを引き起こします。エイズや抗がん剤治療などで免疫が落ちると新たに感染しやすくなるだけでなく、自覚症状もないまま体の中に眠っていた幼虫が目を覚まして暴れ出し、脳炎などを起こします。

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