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狩猟のリーダーに学んで欲しいこと

本稿は『けもの道 2020春号』(2020年4月刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


環境省主催第2回狩猟講座

環境省が2018年度に続き2019年度も実施した「狩猟講座」は、狩猟分野において地域の「核」となり牽引役となる「狩猟地域リーダー」を育成しようという新たな試みだ。2回目となる2019年度では「本気の狩猟」と銘打ち、本気の講師陣が参加者たちを震え上がらせた。

文・写真|佐茂規彦

感じるんじゃない、考えろ(現地踏査〜捕獲計画立案)

前回の狩猟講座のカリキュラムは、参加者たちが複数の班に分かれて実際に山中を歩いて現地を調べ(現地踏査)、その内容を踏まえて捕獲計画を立案・発表するというものだった(下記リンク参照)。

今回はそれらに加え、立案した計画に基づき実際に捕獲作業の演習を行うことまでが含まれている。捕獲作業の方法は犬を使った「巻狩り」。勢子は1名、待ち役は6名を想定し、獲物は鹿のみ。講座で行うのはあくまで演習なので犬と鉄砲は使わず、待ち役を配置し、犬を連れていることをイメージしつつ勢子役が歩いて獲物を追い出し、捕獲計画の有効性を検証してみようというものだ。

講座に参加している間、参加者たちは3班(1班2〜3名)に分かれて行動する。演習場所は講師のひとりである羽田さんが捕獲隊を率いて実際に巻狩りを行っている山中を3つのエリアに分け、それぞれ各班に割り当てられる。もちろん羽田さんは山の地形や獲物の生息状況を熟知した上で参加者らの動向を見守る。

前半2日目、参加者らが各班に分かれ山中での現地踏査を開始。各自に事前に与えられているのは地図1枚とクマスプレー、そしてわずか3時間という踏査時間のみ(※安全面を考慮し、GPS機器などを持った主催側スタッフが各班に同行)。捕獲計画の立案以前に時間の使い方、痕跡に対する着眼点や判断能力が試される。

この狩猟講座では試験などは設けられていない。捕獲方法の「正解」はもともと無いのだが、各班いずれも相当なプレッシャーを感じつつ山を歩き回り、あっという間の3時間は過ぎ去った。

現地踏査では地図と地面を何度も見比べながら獲物の痕跡を地図に書き込んでいく
『フロンティアーズマン ベアスプレー』(AEGハンターズショップ)● 本講座のカリキュラムで山に入る際は、主催側から参加者全員にベアスプレーが貸し出された。これを使う事態に遭遇しないことを祈るばかりなのだが……
『練習用ベアスプレー』(AEGハンターズショップ)●演習場所ではツキノワグマとの遭遇が現実味を帯びているとのことで、今回は山入り前に練習用ベアスプレーで参加者らとともにベアスプレーの使い方を学んだ
筆者がクマ役になり、女性スタッフが練習用ベアスプレーを噴射(※練習用スプレーの内容物は不活化ガスです)。いざというときはこの距離感でスプレーを使うことになるのだが、まずはクマに対する恐怖感に打ち勝たなくてはならない

山を下りミーティングルームに戻るや否や、昼食もそこそこに各班は捕獲計画の作成に取り掛かる。参加者らは全員狩猟免許を持ってはいるものの、狩猟経験は初心者といっていい人がほとんどだ。巻狩りを取り仕切った経験が無いことは明白だが、講師陣は初心者なりの創意工夫を期待しているに違いない。

現地踏査が終わるとすぐに捕獲計画の立案、そして発表。半日掛かりで作った計画に講師陣から容赦の無い指摘が浴びせられる

間髪入れず、夕方には捕獲計画の発表があり、狩猟講座の前半は終了。各参加者らはいったん地元に帰って行ったが、彼らの足取りはとても重かったことだろう。なぜなら、発表された捕獲計画に対する講師陣の指摘は徹底的に「本気の狩猟」に根差したものであり、傍から見ているとそれは時に非情に、辛辣に、そして現実的なものだったからだ。

「タツマをそこに配置する理由は何なの?」
「足跡の新旧は見た? 数は?」
「鹿が出て来た方向は確認したの?」
「配置に掛かる時間とルート、その理由は?」
「なんでそっちから犬をかけるの?」

出来上がった捕獲計画に優しいアドバイスがされることはなく、総じて講師陣は参加者たちの判断の根拠を問い質した。巻狩りにおけるリーダーは複数のメンバーを指揮しなければならない。大勢の他人を使う以上、その判断には確実性の高い情報や根拠、それらをもとにした迅速な判断が求められる。

ましてや今回のテーマは「獲れなくても楽しければOK」という趣味狩猟ではなく、確実な捕獲を目指す「本気の狩猟」だ。狩猟経験の乏しさをカバーしたい参加者たちは、判断の根拠として感覚的な想像にすがる場面が多かったが、講師陣はそこを決して見逃すことはなく、一つひとつを針で刺すほど丹念に追及していった。

山に入れば、遊びじゃない(捕獲計画演)

後半の3日目からは捕獲計画の演習がスタート。講師陣から散々指摘された参加者らの捕獲計画だが、危険な箇所がない限り変更や修正は許されない。失敗もまた実際に経験してこそ糧となるのだ。

配置に向かう前には全体ミーティングで担当班が指示を出す。山梨県猟友会青年部員も同行し、かなりの規模での巻狩りになる

演習は捕獲計画を立案した班ごとに行い、ほかの参加者らがタツマの配置につく。安全面の確保のため山梨県猟友会青年部の面々も同行し、かなりの大所帯での行動となった。

万が一の事態に備え、タツマには参加者とともに山梨県猟友会青年部員もつく

山中では立案した班員が分担してタツマの案内や勢子役を務めるとともに、すべての指示を出す。各班かなりのプレッシャーを感じていただろうが、さらにタツマ配置で山を迷い歩き大幅に時間を超過したり、案内途中でタツマ要員を山に置いてけぼりにしたりというアクシデントも発生。捕獲の成否を語るまでもなく、巻狩りを形にする難しさを参加者自ら証明することとなった。

山中では配置箇所までなかなか辿り着けない場面もあった。実際の狩猟でもアクシデントはつきものだが、進むのか引くのか、取り仕切るリーダーには迅速な対応が求められる

とはいえ、今回の捕獲計画での捕獲の可能性が全く無かったわけでもない。演習エリアの中で勢子役が歩いたコースでは猪や鹿に出会うこともできた。犬を使ってしっかり追い出し、タツマで鉄砲を構えていれば捕獲自体は成功する場面もあっただろう。

シカの生息密度はかなり高いようで、最初の踏査でもかなりの数を見ることができた
勢子役が追い出し途中に出会った猪(写真中央付近)。空けた緩い斜面で2頭並んで寝ていたようだ。猪狩りなら犬がいれば面白い展開になっていたかも知れない

演習中にクマに遭遇……!

筆者が一緒についたタツマのひとつでは猪かと思いきやツキノワグマが走って来るという、一瞬にして最高の緊張感を味わうこともあった。猟友会青年部員(※参加者同様、銃を携行していない)が咄嗟に大声を出してツキノワグマは追い払われたが、筆者は腰にぶら下げたクマスプレーを握りしめながら冷や汗が噴き出した。

演習とはいえ、狩猟では野生動物の生息域の真っただ中に進入するのだから、常に相応の覚悟と準備を持って臨む必要があることを思い出させてくれた。

見づらいが、タツマに配置中、写真左奥からツキノワグマが登場した瞬間。そのまま斜面を下って来られたら非常に危険だったが、山梨県猟友会青年部員の機転によって難を逃れることができた
クマが登場したタツマはモロにクマの通り道だったようでフレッシュな糞があり、しかもそれに気づかず筆者が腰かけていたことも判明。その場所は「ウ●コタツマ」と命名され、後世に語り継がれることになった

目指すべきリーダー像は「親方」

今回の講師を引き受け、講座の企画でも中心的役割を担った羽田さんは犬を使った派手な狩猟スタイル(自身は「派手」と思っていないかも知れないが)で、独自の路線を貫く一匹狼のイメージが強い。しかし、今回の狩猟講座に限らず、これから狩猟を始めようという人にはオーソドックスな巻狩りを勧めている。

「巻狩りはチーム活動。鉄砲が上手い人や、忍び足が上手い人だけで成り立つものじゃない。獲物の引き出しや回収、解体は分担しなけりゃならないし、業務としての捕獲活動の場合には猟が終わった後の事務作業まである。メンバーそれぞれにできる役割が必ずある」

「獲る」「獲れない」という捕獲の成果だけにこだわるのではなく、付随する仕事をメンバー間で分担して成り立つものが巻狩りであり、自分に役割があれば当人に居場所が出来る。居場所があれば初心者や「獲る」ことに長けていない者も狩猟を続けやすいというわけだ。

さらに羽田さんは目指すべきリーダー像について参加者たちに「カッコいい単独猟師じゃなく、巻狩りの親方に憧れてほしい。猟場の状況と、メンバーの適性を上手く組み合わせ、チームを切り盛りする親方が一番凄い」と投げかけた。

捕獲の演習が終わった後の講師陣の評価はやはり厳しいものだった。歯に衣着せぬ物言いで、演習時の欠点や問題点を次々に指摘していく。

ひととおりの指摘が終わると、ここでようやく羽田さんから、地元の捕獲隊が同じ演習場所で普段行っている巻狩りの方法について解説があった。参加者たちの「先に教えてくれよ」という心の叫びが聞こえてきたが、先に知ってしまえばそこで思考は停止する。さらにはこれが正解でもなく、ほかの発想、ほかの方法もあるかも知れないのが狩猟の世界であり、状況の変化に合わせて捕獲方法は常にアップデートしていく必要がある。

演習の振返りでは講師陣もさらにヒートアップ。「本気の狩猟」とは、講師陣がまず「本気」であるということだったのだろうか

無論、こんな話を耳で聞いたところで何のためにもならないことを羽田さんは百も承知であり、参加者たちには講座を通じ身をもって知ってもらったというわけだ。

参加者らにはかけがえのない経験となったけれども、この濃密な時間のすべてを文字で書き起こすことができないところに、国の施策として継続することの難しさもあるだろうと感じられた。少なくとも、講師陣の3名がすでに「狩猟地域リーダー」のモデルを体現している以上、本誌では引き続き彼らの活動を追っていくとしよう。

(了)


狩猟専門誌『けもの道 2020春号』では本稿を含む、狩猟関連情報をお読みいただけます。note版には未掲載の記事もありますので、ご興味のある方はぜひチェックしていただければと思います。

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