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狩猟は社会インフラへ 〜 環境省が取り組む狩猟地域リーダー育成事業

本稿は『けもの道 2019春号』(2019年4月刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


狩猟者確保策は次のステージへ

環境省主催「狩猟の魅力まるわかりフォーラム」のスピンオフともいうべき “攻め” の新企画「狩猟地域リーダー育成事業 狩猟講座」。狩猟フォーラムは、いわば狩猟界の門をくぐる最初の一歩。そこからさらに踏み込んだ「狩猟講座」は、狩猟者確保の礎になり得るのか。初回となる平成30年度開催の様子を追った。

文・写真|佐茂規彦

環境省主催 狩猟地域リーダー育成事業 狩猟講座

狩猟フォーラムおよび狩猟講座の主催者に当たる環境省、その担当者である狩猟係長の遠矢駿一郎さんに、今回の企画について伺った。

環境省自然環境局野生生物課鳥獣保護管理室狩猟係長・遠矢駿一郎さん

「この『狩猟講座』の目的は、事業のタイトルどおり『狩猟地域リーダーの育成』ということです。狩猟免許を皆さんに取っていただこうという施策は狩猟フォーラムや、各都道府県の取組みとして行なってきて、一定の成果が見えてきました。

50歳未満の比較的若い世代の免許取得者が増え、狩猟免許者全体の人数も下げ止まったと言えます。次に考えるべきことは、では狩猟免許を取った人のうち、狩猟者登録までする人がどれほどいるのか、ということなのです。」

例えば東京都では、ここ数年、狩猟免許試験の受験希望者が殺到しており、受験申込みの受付開始からごく短時間で定員に達してしまい、狩猟免許を取りたくても取ることができない人が続出しているという異常事態が続いている。

確かに狩猟免許を取る人は増えているのだが、免許を取ったからといって実際に狩猟をするかは分からない。狩猟をするには狩猟者登録、すなわち狩猟税を納めなければならないこともあり、あくまで個人の自由に任せなければならないと思われるのだが。

「本来狩猟は趣味で行なうものですから、それを行政が支援する必要はありません。ただし、現在行われている有害鳥獣捕獲や個体数調整などの捕獲事業の土台は『狩猟』によって支えられ、研鑽されるものでもあるので、『狩猟』が果たす役割は社会インフラの一部となりつつあります。

その立場から狩猟者の確保・育成の取組みがスタートしているのですが、それを一過性のものではなく持続的に進めて行くためにとても重要な役割を果たすのが『狩猟地域リーダー』であると考えています。

すなわち、各地域の中で若い狩猟免許者を受け入れ牽引する核となる人物が増えれば、周りの狩猟免許者をその地域の狩猟者として定着させることができるのではないか。そして地域ごとで持続的に狩猟者を増やし、捕獲の技術や伝統を伝えていってもらえるのではないか、と考えたのです。」

「狩猟講座」は初めての取組みであり、もちろん試験的に実施する側面はあるが、地域リーダーの育成というからには、本来は環境省が音頭を取って行なうよりも各都道府県が地域の実情に応じて行うべき類のもの。ただ、これまでの県レベルの取組みには、「狩猟とは?」「命の尊さとは?」といった精神性から狩猟への好奇心に訴えかけるものや、被害防止のための捕獲技術を学ぶものが多く見受けられたことから、より実践的な取組みのモデルが必要との判断があった。

そのため参加条件は、狩猟免許を取得していること、原則として40歳代まで、全2回計4日間の全行程に参加すること(現地までの交通費は自費)、真摯に狩猟と向き合い、猟場(演習場所)となる山中を歩く体力と気力があること、など生半可な気持ちでは参加できない非常にハードルの高いものとなった。

そして参加者たちを迎える講師陣は、技術と猟欲を兼ね備えた現役 “ガチ” 猟師たちが集められた。

第一回狩猟講座講師陣

鈴木聡●株式会社ワイルドウルフ代表取締役。羽田さん同様、狩猟は猪犬を使った猪猟を行う。自身が代表を務める会社では主に鹿の捕獲事業を行っており、組織的・計画的な捕獲活動を行政機関などから業務として請け負っているプロの捕獲者
西村昭二●岩手県猟友会青年部副部長、宮古市議。狩猟歴17年。狩猟は主に熊犬を使ったツキノワグマ猟を行う。市議会議員として地元の鳥獣対策関連施策の立案や実施に取り組むとともに、若手狩猟者育成の必要性を最も強く感じている人物の一人
羽田健志●山梨県猟友会青年部長、山中湖村鳥獣対策担当。狩猟講座講師陣の中心人物。狩猟歴19年、犬とともに山に入り始めて25年。自身繁殖の猪犬を使い、山梨県内外において猪猟を行う。また、県猟友会青年部で作る特別捕獲隊を率い、山岳部において鹿の捕獲や個体数調整を担う。公私の生活のすべてを狩猟に懸ける

狩猟講座のプログラム

従来の参加型狩猟系イベントは、誰かが仕掛けたワナの見回り、地元猟隊の巻狩りでタツマ(撃ち待ち役)での同行・見学、獲物が獲れれば参加者で楽しく解体という、いわば参加者をお客様扱いするものが多いが、狩猟講座には一切その要素はない。

※場所はいずれも山梨県山中湖村内の施設・山林を使用

初日こそ講師陣と参加者の自己紹介を兼ねた座談会となっているものの、2日目(12月16日)は講師について実際の猟場を歩き現地を視察、そして3日目(2月2日)には参加者自らの判断で猟場を歩き、動物(鹿)の痕跡を探し、地形を読み、捕獲計画を立案。最終4日目(2月3日)には現地踏査の内容とともに捕獲計画を発表し、講師陣から批評を受けるというもの。

昔から猟隊の長たる者は、事前に山を歩き、見切りなどで獲物の情報を収集し、巻狩りの方法や配置を決めてきた。そういった狩猟の「リーダー」としての素養を身に着けるきっかけを参加者たちに持ち帰ってもらおうというところに、この講座の狙いがある。

初日の座談会では、運営側から参加者に企画の趣旨を念押しされた。「今回は綺麗ごと抜きにして、狩猟の本質に触れてほしい」「高い技量と知識を持ち合わせた高レベル狩猟者を目指してほしい」という言葉が参加者たちに深く響いていればいいのだが

【2日目】捕獲計画演習① 〜 猟場視察(猟場を歩き、地図と現場からイメージ作り)

捕獲計画の立案に先立ち、まずは演習場所となる猟場を講師とともに歩き、鹿の痕跡の見立てを学ぶ。

出発前に参加者らに渡されたのは1枚の地図のみ。GPS機器などで手軽に自分の位置を把握するのではなく、地図を読みながら現地を歩くことで、猟場内の尾根や谷の形や深さ、そして自分の現在位置を頭の中で立体的にイメージしなければならない。

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