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[無料]厳冬期の雪山でも手を暖かくするVBLよもやま話

こんにちは、松本です。今日は冬山での手袋について。

一般的な厳冬期手袋

一般的には、素手に薄手のインナーグローブを着けて、その上にオーバーグローブを着けます。インナーとオーバーグローブがセットになった製品もありますし、それぞれ別に買う場合もあります。

例えばモンベルだとこの辺。2in1となっているものはインナーとオーバーグローブがセットになっています。

私はブラックダイヤモンドのソロイストをメインで使って、モンベルのオーバーグローブを予備に持っています。インナー手袋は毛糸の手袋を予備として持ちます。

ソロイスト、私が買ったときはもっと安かったと記憶していますが、今は2万円もするんですね…。恐ろしや…。

ソロイストはインナーとオーバーグローブがセットになっています。手首の内側にベルクロがあってインナーとオーバーグローブがくっついています。洗濯するときだけインナーを外して洗います。

ゴム紐を付けます

オーバーグローブにはゴム紐を付けておいて、腕に通しておきます。風で飛ばされたり、回収不能な斜面などに落としてしまうのを防ぐためです。

手袋のロストは生死に関わるので絶対に阻止します。

それでも無くすリスクはあるし、濡れて使えなくなることも想定して普通は予備の手袋も持ちます。また、そこまで寒くない場所で使うための薄い手袋も持ちます。スリーシーズン用の手袋ならなんでもいいかと。

以上、ざっくりした厳冬期登山の手袋基礎知識でした。

内側からの濡れを無くすVBLシステム

厳冬期の雪山で手袋が濡れる原因は外からの雪解け水と、内側からの汗です。外からの水は防水透湿素材でだいたい防げますが、内側からの汗はどうしようもなく出てきます。オーバーグローブの透湿性によって手袋の外に出ていきますが、同時に気化熱を奪っていくため手が冷えます。

それを「気化熱で冷えるなら、完全防水素材で覆って蒸発できないようにしたらいい」という発想でねじ伏せたのがVBL(Vapor Barrier Liner/防湿ライナー)です。水分を通さない手袋や靴下で汗の発生源をラッピングして保温するという発想です。

人の体はラッピングして汗が蒸発出来ないようにすると、それ以上はその部位から汗が出ないようになるのだそうです(ミストサウナや風呂でも汗が出るので、おそらく温度や湿度などいくつか条件があるのだとは思う)。

詳しくは下記リンク先を読んでください。2019年4月の記事です。

上記の記事では、それぞれ専用の手袋や靴下が紹介されています。

誰がいつ始めたのか?

日本では故・新井裕己(あらいゆうき)さんが第一人者の様ですが、2008年に五竜岳(五龍岳)で亡くなってしまったそうです。過去のブログを探したところ、インターネットアーカイブに保存されていました。独自に研究されていたようです。

↓コチラhttps://web.archive.org/web/20080625053513/http://www.laboratorism.com/contents/category/vbl/

では海外含めた発祥はどこなのかと調べていくと、ネットで見つかる情報では1986年に投稿された、カナダでの狼狩りに関する記事が見つかりました。’86年に10年前の話として書いているので、1976年に行われた狩りの話のようです。(おそらくこの投稿は別の場所から転載されたものだと思われます。WWWが発明されたのが1990年なので)

https://www.washingtonpost.com/archive/lifestyle/travel/1986/09/21/stalking-wolves-in-the-canadian-winter-wilderness/9fec0763-0fe0-4df8-9996-8ef4b114844e/

Finally I drift off to sleep. My sleeping bag system -- a vapor barrier liner inside a down bag rated to minus 10 degrees inside a Hollofill bag rated 250 -- has proven, by whatever margin, to have survived the brutal cold. When I wake up, I am a little shaken, but well rested -- and quite ready for a retreat into civilization.
日本語訳:最後に私は眠りに落ちます。私の寝袋システム (定格 250 のホロフィル バッグ内に定格マイナス 10 度のダウン バッグの内側に蒸気バリア ライナーを入れたもの) は、多少なりとも厳しい寒さにも耐えられることが証明されました。目覚めたとき、私は少し動揺していますが、十分に休息しており、文明社会への退却の準備が整っています。

https://www.washingtonpost.com/archive/lifestyle/travel/1986/09/21/stalking-wolves-in-the-canadian-winter-wilderness/9fec0763-0fe0-4df8-9996-8ef4b114844e/

他にいくつか読みましたが、当初は寝袋の保温のために使われていたようです。防水透湿素材のゴアテックスは1971年に発明されて、1976年には登山用のジャケットとして認知され始めました。防水透湿素材はあるけど保温のためにVBLを使うという選択肢をしていた様です。寝袋が蒸れそうですが、-50℃以下の世界だと蒸れや冷えの概念が私達の認識とは変わってるのかも知れません。

衣類にVBLを使っているのは1994年3月の記事が最古の様です。靴下にVBLを使っています。

Two pairs of wool socks are commonly used as insulation. Polypro liners work well as smooth inner socks, especially inside a vapor barrier liner. Some people use a vapor barrier liner over a polypro or wool sock. This decreases heat loss and keeps outer socks and boots drier. If your feet sweat, vapor barriers may be a good idea. Plastic bags or waterproof nylon are used, as are neoprene socks.
日本語訳:断熱材としてウールの靴下を 2 足使用するのが一般的です。 Polyproライナーは、特に防湿ライナーの内側で、滑らかなインナーソックスとして機能します。 ポリプロまたはウールの靴下の上に防湿ライナーを使用する人もいます。 これにより熱の損失が減少し、靴下やブーツの外側をより乾燥した状態に保ちます。 足に汗をかく場合は、防湿材を使用するとよいでしょう。 ビニール袋や防水ナイロンが使用され、ネオプレン靴下も使用されます。

https://www.deseret.com/1994/3/6/19095799/those-layers-of-winter-clothing-help-you-stay-warm-in-the-cold

古めのVBL(Vapor Barrier Liner)を探すリンク↓

海外の極地探検においては、確かに1980年前後にはVBLが使われていたようです。それ以前の情報はインターネットで調べるのは難しいので分かりません。

おそらく新井裕己さんはどこかでVBLについて知り、それを独自に研究発展させていたみたいですね。2005~2007年くらいにROCK & SNOWの連載で紹介するなどした事で、国内でも知ってる人は知っている技術となったようです。もし早くに亡くならなければ、国内でもっと広く普及していたかも知れません。

新井さんについては、宮坂さんが2005年に講演会で聞いた内容のメモを公開してくれましたので、貴重な情報としてリンクを張らせていただきます。知見の塊ですごい。

新井裕己さんは、ラボラトリズムというブランドを作ってVBLグローブを販売していた様です。本当に、もし亡くならなかったなら…と思わずにはいられません。

私が知ったのは上記のヤマケイオンラインの記事で2019年のこと。その1年前2018年11月に好日山荘のブログではゴム手袋によるVBLが紹介されています。(今調べて知った)

私は2020年に車輪を再発明する形で、ニトリル手袋による野良VBLを始めました。3Dプリンターのレジンを扱うための手袋が家にたくさんあったので、これでVBL出来るな?と気づいたのです。

このツイートをした時点で多くの人がVBLについて知らず、「汗で気持ち悪くならないのか?」「指がふやけるんじゃないの?」「臭くなるだろう?」など、けっこうネガティブな反応がありました。

「VBLだ!」とか「新井裕己さんの記事で知ってた」という反応も少数ありましたが、当時はまだ多くの人がVBLを知らず、効果について半信半疑の人が多かったようです。

野良VBLのやり方

市販品として売られている正規品的なVBLシステムに対して、独自の資材で勝手にやるVBLを野良VBLとしました。やり方は簡単で、素手にニトリル手袋やポリ手袋など、通気性も透湿性も無い手袋を着けるだけ。この上に冬山用の手袋を着けます。

ニトリル手袋をするだけ

上のは普通のニトリル手袋ですが、高耐久性のものもあります。

野良VBLをするとどうなるか?

手から出る手汗が防水手袋で閉じ込められるため、以下のメリットが生まれます。

  • 気化熱がゼロになるため熱を奪われにくくなる

  • 手汗がインナー手袋に移らないので行動終了後に乾かさなくてよい

  • インナー手袋が汚れないので洗濯の回数が減る

  • インナー手袋が濡れないので予備を使う機会が激減する

  • ソロイスト(※)は、手が濡れていると外す時にインナー手袋が裏返りがちだけど、ニトリル手袋をしているとスムーズに外せる。着脱がスムーズなので一時的に外してもすぐ装着出来る。以前は再装着に時間が掛かり困っていた

  • ニトリル手袋で冷えた金物を触ってしまってもくっつかない(素手だと瞬時に凍ってくっついてしまうことがある)

  • 手が乾燥しないので手荒れしにくい

※一体型と言ってもベルクロで手首部分がくっついているだけで全体としては外せる。でないと洗濯出来ないので。

デメリットは、

  • 慣れないと、常に手が濡れている感覚が不快(個人的にはまったく気にならない)

  • 24時間以上など長時間付けっぱなしにしていると、人によっては手が臭くなる(らしい。そんなに臭うほど着けたことない)。普通の雪山行動で12時間程度着けてるだけなら、普通は問題ない

このくらいでしょうか。どちらも気持ちの問題であり、行動終了後に手を洗って保湿クリームでも塗っておけばよいでしょう。凍傷で指を失うリスクを考えたら、デメリットとも言えないようなものです。

指がふやけないか?とよく言われますが、浸透圧の関係でふやけないようになっているそうで、実際にふやけません。

1日野良VBLで行動したあとの手

注意点は、

  • VBLで予備の出番が減っても予備の手袋は持つべき

  • サイズがキツイと血行が悪くなるので手のサイズにあったニトリル手袋やポリ手袋を選ぶ。ポリ手袋は指の根元だけキツくなっているものがあるので、出来れば試着して選びたい

  • ラテックスアレルギーで手が腫れてしまう場合もあるので、パウダーの有無や素材について、自分に合うものを選ぶ

  • 手の濡れが気持ち悪いと言って、ニトリル手袋の下に薄い手袋を着けるのはVBL的にはNGかも。VBLの肝は「皮膚の水蒸気を飽和させることで汗の出を抑える」なので、ニトリル手袋の下に手袋などしたら出る汗の量が増えて、それが凍ってしまうリスクも出てくる気がします

こんなところでしょうか。2シーズンの雪山登山とアイスクライミングで試しましたが、正直メリットしか感じず、もうニトリル手袋無しでの雪山登山は無理だなと思いました。それくらい効果があります。やらない手はない。

防寒テムレスとの関係

VBLは手からの水分蒸発が無いので、オーバーグローブに透湿性や通気性が要らなくなります。アイスクライマーを中心に防寒テムレスが人気のようですが、VBLなら透湿性は要らないのでテムレスじゃなくても、防水防寒の手袋ならなんでもいいんじゃないかという気がします。↓こんなのとか

透湿性や通気性があって蒸れない手袋というのは、それだけ空気が通って冷えるということでもあるので、野良VBLが普及したら防寒テムレスが冬山登山で使われることは無くなるかも知れません。私はあんまりアイスクライミングをしないし(年に1回くらい)、テムレスは使ってないんですが。

足はどうか?

足の場合も同じ発想でVBLが出来そうです。一度試しに、薄いビニール袋を足に履いて、その上に普通の靴下を履いて靴を履いて行動したことがあります。確かに足は冷えなかったのですが、手より足のほうが不快感がありました。元々足の冷えは気にならなかった事もあって、以降はやらなくなりました。真冬の八ヶ岳くらいだと、冷えても-20℃くらいにしかならないので、冬用の靴を履いて歩いている分には足はそれほど冷えません。

足の冷えが気になる方は研究してみるといいかも知れません。

ノースフェイスが売っていたVBLソックスはクロロブレンゴムという素材だったらしく、探してみるとおたふく手袋が似た製品を出しています。

レビューを読むと「温かいけど蒸れる」と書かれて、まさにVBLっぽいです。試しに買ってみたので、この冬に試してみます。

まとめ

  • VBL手袋の効果は大きいので、個人的には冬山ではもう必須

  • 海外で1980年くらいには行われていて、日本国内では新井裕己さんが研究、商品開発、普及などを行っていた

  • 2018年くらいから見直されて、以降細々と冬山で実践されていた

やったことが無い人は半信半疑かも知れませんが、本当に手が冷えないので今シーズン試してみてはどうでしょうか?合う合わないはあると思いますが、とりあえず薄いゴム手袋(またはポリ手袋)があれば試せるので、お試しあれ。

わぁい、サポート、あかりサポートだい好きー。