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岡倉天心 『東洋の理想』

岡倉天心の『東洋の理想』 (原題:The Ideals of the East-with special reference to the art of Japan, 1903)を読んでみました。

【内容を三行で】
①日本文化はインド、南方中国、北方中国の混血で現地よりもオリジナル。
②足利時代サイコー、浮世絵とか寝付けなんて芸術じゃありません
③日本は西洋文明の嵐を生き抜くためにアジアに回帰すべし

【感想を五行で】
①難解だが、歴史的文化芸術におけるキーワードをさらうには良い本
②アジアは一つ、は未だ理解できない
③私がその前で死にたいと願う偉大な芸術はあるだろうか
④茶の湯の扱いが軽すぎる
⑤良い本は解説まで含めて良い

①難解だが、歴史的文化芸術におけるキーワードをさらうには良い本
英文の和訳であることやおそらく当時の英文自体も、日本の文書がそうであったように多分に文語的であったと言うことも手伝ってか非常に込み入った表現になっている。3回、同じ章を読んでやっと理解できるかどうかと言うところである。もちろん私の読解力不足は前提として。
難解、と言う前提で、文化芸術の美しさの表現を理解することはできないにしても、美しさ自体を感じ取ることは私たちにはできるわけだ。したがって、出て来るキーワード、例えば”雪舟”といったときに雪舟をググって、まず観てみることができる。そして良いと思えばそれでいいし、なんとも思わなくてもそれでいい。感性は一様である必要すらないのだから。その意味に置いて、ググるためのキーワード集として割り切って読むにはかなり良い本ではないだろうか。

②アジアは一つ、は未だ理解できない
岡倉が説く”アジアは一つ”というのはアジアの均質性ではなく共通項を指摘したものであることは、あとがきで松本三之介・東京大学名誉教授が述べている通りである。私はしかし、岡倉が言った”アジアは一つ”が未だよくわからない。インドを”アジア”の一源流として定義するのはいいとして、タイやベトナム、カンボジア、マレーシアにそして世界最多のムスリムを抱えるインドネシアはどこへ行ったのかと。その意味ではアジアとひとくくりにするのは雑ではないかと思うのである。アジアとまではいかないが、私が昨今思うのは、”漢字文化圏は一つ”である。中国本土はもちろん、台湾人やシンガポール人など漢字が読める人には、漢詩、お経、禅語の話をすると大体通じるものだし、言語学的な共通項のみならず美しさに対する感性も共有していると感じる。言語(表現)に共通項があると感受性にも共通項がある、という研究もありそうなものだ。

③私がその前で死にたいと願う偉大な芸術はあるだろうか
”偉大な芸術とは、その前でわれわれが死にたいと願うところのものである”という一説が出て来る。その前で死にたい、かぁ。壮絶な観念だなぁと思う。そうすると例えば会田誠は、その前で死にたいという気分にはなれないから岡倉の定義によればそれは偉大な芸術ではないということになる。死にたい、と思えるような光琳の紅白梅図屏風か御舟の炎舞だろうか。

④茶の湯の扱いが軽すぎる
"The Book of Tea"(1906), 邦題=『茶の本』で知られる岡倉にしては茶の湯の扱いが軽すぎるのが意外なところだ。

 そして自然、かれら(*)の無教養なこころにとっては、足利貴族たちの荘厳厳格な洗練は、これを理解できないがゆえに、趣味に合わぬものであった。かれらは、秀吉にそそのかされれ、しばしば茶の湯の微妙な楽しみに耽けることもあったが、これすら、かれらに対しては、真の風雅などというものよりは、むしろ、かれらの富を誇示する満足を意味したのであった。
 それゆえに、この時代の芸術は、その内面的な意味によってよりは、その華麗さと色彩の豊富さとによって、いっそう注目すべきものである。
-『東洋の思想』岡倉天心 p.155-156より引用-
  *中城注・・・この前部における文脈からいって秀吉の家臣たち

といったように、茶の湯そのものの精神性すら、ともすれば軽い扱いを受けているのである。この辺りの考察を、ゆくゆく追記したい。

⑤良い本は解説まで含めて良い
松本三之介・東京大学名誉教授による解説がまた素晴らしい。フェノロサとの出会い、国粋主義(排外主義とは違い純粋に日本を見つめようとする運動)の発露、”アジアは一つ”の説明、わかりやすく丁寧でかつ新しい発見に道た解説となっている。良い本は解説まで良いという好例だ。国粋主義の人として紹介されている政教社の三宅雪嶺の本は今年中に読むことにした。現代日本に欠けている本当の国粋主義とは海外の文化を受け入れ、内面化してきた日本古来の思考に立ち返るということでは無いだろうか。
・・・ちなみに2020年2月現在世間を賑わしている”不倫”。岡倉もまた不倫の当事者であったということだ。

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