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馬鹿な男と女の大失敗と意外な結末

「遅えな」
暖かな車の中でウトウトしながら思っていた。
まさかこんな事になるなんて。俺は本物のバカだ。


その日もいつものように嫁を連れてパチンコ屋。ネグラとしているF店へ。
そしていつものように渋い釘だらけ。
「打てる台ねぇなぁ」と眉間にシワを寄せながら、一台ずつ釘の目利きをして歩く俺に「困ったねぇ」と言いながらついて来る嫁。

今なら間違いなく「は?ごちゃごちゃ言ってないでさっさと探しなさいよ!」ってところだろうが、この頃はまだ甲斐甲斐しく真面目であり健気でもあった。

俺が喜べば嫁も喜ぶ。悲しめば一緒に悲しむ。

素直で聞き分けのある、そして従順な嫁。そう思っていた。
結局全部演技だったわけだが(笑)


なんとか勝負になりそうな台を発見し打ち始める。
一山二山あり、結局夕方6時前、嫁が5箱ほど出したところで切り上げることにした。
一箱6000円というところなので投資分を差し引いてなんとか2万勝ち。これでまた飯が食える。

「そろそろ切り上げようか」
「わかったよー」と返事をする嫁。
「車、裏口の玄関にまわしておくからすぐ来て」
「はーい」

上皿にある残り玉を打ち込みながら返事をする嫁を尻目に外に出て、裏口の誰もいない駐車場で夕焼け空を見上げて勝利の一服。
このタバコがこの世で一番うまい。勝負に勝った人だけが味わえる至福の一本。

咥えタバコで車に乗り込み、2~3分したところで車を今出てきた裏口に回す。
もう寒い時期。先に車に戻りエンジンをかけて暖めておく。
暖まった頃に精算も終わって嫁が出てくるだろう。
しかし嫁は出てこなかった。

ってことはだ。
あの上皿に残った玉で当たりを引いたということだ。
もしそれが確変なら稼ぎは更に上積みされる。
ホクホク顔で車の中でまたタバコに火をつけて、笑顔で現れるであろう嫁を待っていた。
そんな事を想像しながら、ヒーターで暖まった車内でウトウトとして眠ってしまった。


2時間ほど寝てしまったのだろうか?辺りはもちろんもう真っ暗。
暖まりすぎた車内でノドが乾いて起きた。
嫁はまだ出てこない。

これはとんでもない大連チャンを起こしているに違いない!

車を元いた場所に戻し、跳ねるように店内へ。
明日は休みにして温泉にでも行こうか?
寒くなってきたし新しいジャケットも欲しいな。街にでも繰り出すか?
ウキウキしながら店のど真ん中辺りにいる嫁に向かって通路を歩いていくと、どうも様子がおかしい。

山積みになっているはずのドル箱がない。
床に一箱、そして嫁の手元に半箱くらいの出玉が残っているだけだった。

俺は混乱した。
「一度交換したのかな?」
嫁は泣きそうな顔をしながら首を振る。

「俺、外で待ってるって言ってたよな??」
先程自分の吐いた台詞を確かめるように嫁に聞く。
「もう少しで出ると思って・・」と小さな声で返事をしながら頷く嫁。
やはり間違いなく俺は「もう今日は終わりにしよう」と伝えていた。そして伝わっていた。

それでもまだ打ち出しを止めない嫁の手を無理やりハンドルから引き剥がす。
そこでようやく嫁が我に返った。

「ごめんなさい・・」とうつむく嫁。
それをどう捉えていいのかわからないまま残り玉をカウンターへと流す。
この日の勝ちは消え、ほんの少しの負けとなった。


金額的にはそれほどダメージではない。もちろんショックではあるが。
それよりもまさかあの真面目で従順である嫁が、俺が外で待ってることも知っていたのにこんな事をやらかすなんて・・・
そのショックの方が上回った。本能寺での織田信長はこんな気持ちだったのだろうか?

普段の生活ならいざ知らず、パチンコに関してこんな事をするような人間ではなかったはず。
なぜそんな事をしたのか、俺はどうしても聞きたかった。
もし機会があったなら織田信長も明智光秀に聞いてみたかったはずだ。

わずかばかりの景品を換金し車に乗り込む。
「なんで?」これ以外の言葉が出ない。

「もうちょっとで出ると思ったから」

違うんだ。多分俺が訊きたいのはそれじゃない。
なぜ勝手なことをしたのか?
なぜ言うことを聞かなかったのか?
なぜ逆らったのか?

いやそんなことでもない。人それぞれ考えというものはある。

ただなぜ突然そんな事をしようと思ったのか?
なぜ連絡も相談もしなかったのか?
電話じゃなくてもいい。裏口の目の前にいたのだ。一分もかからないはずだ。

なぜそれで万が一出たとしても、待たされていた俺が喜ぶと思ったのか?
なぜそれで負けた時、一大事になると思わなかったのか?
勝とうが負けようが俺は約束をすっぽかされているのだ

訊きたいことは山ほどあるが言葉にできない。頭の中がぐるぐる回る。
帰り道の信号待ちでの先頭で、赤信号を眺めながらなんと言えばいいのか悩んでいた。
沸騰するような怒りの血と、背中を走り続ける悪寒。
その沈黙に耐えかねるように嫁が突然こう言い放った。

「・・チッ!別にいいじゃん」

信号が青になる。
「あのままじゃつまんないし出ると思ったの!」
確かそんな事を言ったと思う。

聞きたくなかった。
だからそれを遮るようにアクセルをベタ踏みした。

咆哮を上げて飛び出す俺の車。
仰け反る嫁、そして俺。
怒りが沸点を超え、もう耐えられなかったのだ。限界。

スピードメーターは一気に100キロ近くまで跳ね上がった。
そこから3秒もしない内にルームミラーが赤い光を反射した。パトランプだ。

なんと俺の真後ろにパトカーがいたのだ(笑)

「うわ・・」と慌てて速度を落とすも後の祭り。
100キロで走り続けてたわけじゃなく、ちょっと飛び出しに勢いつけ過ぎちゃったってことで許して・・・くれないよなぁ。
通り過ぎる車の人達が指を指して笑ってたはずだ。馬鹿な奴だと。

嫁を助手席に残しパトカーに乗り込む。
「なんで?」と警察官。
さっき俺が言っていた言葉をちょっと吹き出し笑いながら言われた。
「どうしたの?パトカー見えてなかった?」
「いやぁちょっと嫁と口論になって怒った拍子に飛び出しちゃって・・」

俺の話を聞きながらサラサラと違反切符に記入していく。
「そうかぁ・・・まあ余程なんかあったんだなとは思っていたけど・・・酔ってはいないよね?」
「飲んでない飲んでない」
「まあ29キロオーバーまでスピード落ちるの待ってから測定したからさ」
30キロオーバーで赤キップとなる。その1キロで天と地ほど差がある。ありがたい。
(赤キップは反則金ではなく裁判による罰金刑となる。つまり前科がつく。そして免停だ)

点数は3点で罰金18000円くらいだったか?
これで2万の勝ちのはずが2万負けと相成った。4万減った気分。


車に戻ると嫁は真っ青な顔になっていた。
罰金のことも伝えると流石に堪えた表情。
今バカなことを実際やってしまったのは俺だけれど「全部私のせいだ・・」とうなだれていた。

俺の方がとんでもないことをしてしまったし、あまりにも罰金は痛いけれど、それが伝わった事は少しだけ嬉しい。

自分で物をぶっ壊しといて「俺を怒らせたお前のせいだぞ!」みたいな事を言う最低野郎と一緒だけれども・・・
ちょっと今回ばかりは甘んじてそれを受け入れてもらった。これから先の自分達のために。


お互いに「ごめん」「ごめんなさい」と謝り合いながら帰宅。
雨降って地固まる。
そしてこの日の夜、裸の嫁から夜通し4万円分の大サービスを受けた。最高だ(笑)



こうして俺たちは子供を授かったのだ。一世一代の大当たりである。


追記
嫁は極度な生理不順(年に一度あるかないか)により、産婦人科にて「残念ですが99%もう妊娠は・・・」と宣告されていた。
奇跡的に一度妊娠したものの、妊娠に気が付かず流産して診察した時(トイレでアソコから何かが出てきて慌てて病院に行った)に言われた言葉だ。
今回のはその数カ月後の話。

完全に子供は諦めていたのでまさに青天の霹靂であった。

嫁はその後ポンポンと子供を産み、子供らは3人となった。
「ありえない!旦那さん(の精子)を調べてみたい」と言われたそうだ(笑)



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