プロポーズはすすきので
人生の一大決心。
遊び人がついに観念した。
・・・と言うほど実は重いものでもない(笑)
今の嫁と一緒に暮らすようになり、もうかなり月日も経過していたためだ。
まだ俺の母も同居していて三人暮らしの状況。
嫁を連れてパチンコに行くようになり、打ち子として頑張ってもらっていた頃だ。
嫁の親の借金の返済もあと少し。そう信じていた頃。
気持ちにも少しだけ余裕ができ、将来の見通しは立っていないものの、このままダラダラと同棲していても仕方ないので俺もそろそろ身を固めなければならない。
すすきのでパチンコを打ったあと、嫁を誘って静かめな居酒屋へと連れて行った。
いつもならラーメン屋かなんかで食事をとってさっさと帰るのが定番。
なのに突然居酒屋に連れて行かれ舞い上がる将来の嫁。
この辺で察してくれればいいんだけれど、天然娘のこいつには無理な話。
「ちょっと・・・高いんじゃないの?」
「まあ今日もなんとか勝ったことだし今日ぐらいはいいだろ」
「でも・・・」
そんな会話をしながら、店の隅のカウンターの曲がり角に陣取る。
他の客や店員からも見えづらいお店の端の端。
タバコをバカバカ吸いながらビールを流し込む。嫁は酎レモン。
焼き鳥を食わせながら他愛もない話。
だけど全く話が耳に入ってこない。上の空。
そんな様子を不思議そうな顔で見つめる嫁。
少しは格好つけたほうがいいか?
思い出に残るような言葉でプロポーズをするべきなのか?
いや居酒屋で格好つけるもクソもないだろう。パチプロ風情が何を言ってんだ。
咥えタバコで腕組みをしながら思案すること一時間。
やっぱり今はやめようか?
俺に取っちゃどうでもいいことでも、女に取っちゃ一生の思い出になるやもしれん。
それをこんな居酒屋の隅っこで済ませていいのだろうか?良くはないだろう。
への字口でウンウンと頷く俺を見て、少しだけ不安そうに「どうしたの?」と聞く嫁。
嫁が途中から少し暗い顔をしていたのはわかっていた。
あとになって聞いたが、俺が別れ話を切り出すのではないかと少し思っていたらしい(笑)
「いやいや、これからどうしようかと思ってさ」
「え?二軒目?」
「いやそうじゃなくて(笑)」
またも天然炸裂の嫁に思わず吹き出す。
頭にハテナを浮かべながら嫁も笑う。そしてこう言った。
「難しい顔してどうしたの?」
「うん。いやまあな」
「ニコニコしててくれた方がいいよ?」
「そうか」
「うん。そうだよ」
そうだよな。うん、そうだ。
「じゃあさ、俺が幸せならお前も幸せか?」
「うん」
「それなら俺のために結婚してくれ。幸せになってやるから」
話の流れとはいえ、我ながらなんて乱暴なプロポーズ。
どこかの釣りバカも奥さんにこんなプロポーズをしていたっけ。
「はい?!」
いきなりのことに驚く嫁。
数秒間が空いたあと「うん。えへへ」と笑って手を握ってきた。
あとはいつものように一緒に帰る。
なにせ一緒に暮らしてもう長いからな。
財布を握る嫁が会計を済ませ外に出ると、なぜかいつもよりすすきのがキラキラと明るく見えた。
あとから店を出てきた嫁が俺の腕にしがみつく。これもいつもより少しだけ距離が近い。
ついに俺も結婚かぁ。
幸せな家庭なんて夢のまた夢だと思っていたけど、少しだけ理想に近づけたかな?
嫁の親の借金を完済したら真面目に働こう。
こんな身体で何が出来るのか、どこまで出来るのかもわからないが。
でも普通の、一般的な家庭を築くのだ。ついに俺も。
その後嫁は新しい命を宿すも、流産する。
そもそもが極端な生理不順で、99%妊娠は難しいと言われていた体。
またいつもの生理不順かと思っていたら実は妊娠していて、家のトイレで流産してしまったのだ。
その時の俺の落胆ぶりは酷いものだった。
元から子供は諦めかけていたけど、まさか妊娠していて、それがわかったのが流産した後とか洒落にも冗談にもならない。
この流産によって妊娠は更に難しくなったと医者に告げられる。
俺の夢が崩壊していく。
更に追い打ちをかけるように、嫁の親がこっそりと百数十万キャッシングしていたことが発覚。
突如借金取りが家にやってきたのだ。
まさかである。
コツコツと返済していたものが全て振り出しに戻っていたなんて。
こうなると普通に働いて返すなんてもう無理。
パチプロ稼業継続決定。
どんどん崩れていく俺の夢。
その内に嫁がまさかの奇跡の妊娠。
喜ばしいことなんだけど、今は借金返済でそれどころではない。
デカい腹の嫁を連れて必死にパチンコを打つ。打つ。打つ。
気がつけば出産予定日まであと一ヶ月。
籍を入れなければ出産費用が戻ってこないと言われて、慌てて婚姻届を事務的に提出。結婚記念日もクソもねぇ。
伯母の旦那さんにお金を借りてとりあえず借金を立て替えてもらい、買ったパソコンであらゆることをやってようやく借金返済。
ただそれだけじゃどうにもならず、嫁が働きに出ることになった。
就職先はなんとパチンコ屋だ(笑)
パチプロの嫁がパチンコ屋に就職。何の冗談なのだ。
初めはパートだったものの、働きぶりが良かったらしく正社員にならないか?と誘われた。
給料もボーナスも洒落にならない額が貰えるらしい。
俺としては不本意だけれども、生活は格段に楽になる。
そして正社員になった翌月次男を妊娠し、嫁は仕事を辞めた(笑)
これによって二つわかったことがある。
俺たちが最初に行った産婦人科は、ヤブ医者だということだ。
それと俺の生殖能力が人類史上類を見ないほどということも。
追記
なおその後は知っての通り「好きで結婚したわけではない」と嫁から衝撃の告白をされ仮面夫婦となる。
まあ子供三人も生まれたしこれで良しとしよう。
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