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不運と幸運の帳尻合わせ

不運と幸運は背中合わせ。
きっちり帳尻が合うようになっている。
そう思わなければやってられないというのもあるけれど、一度だけ強烈な体験をしたのでここに書き残しておこうと思う。

これから書くのは嘘のような本当の話。
事実は小説よりも奇なり。出来すぎた小説をまさに地で行った。


あの日俺はどん底まで落ちた。
とは言っても面白い落ち方なので、そこまで身構える必要もない。
だから安心して欲しい。

ススキノの隣の駅に大きな公園がある。
中島公園と言って市民の憩いの場でもあり、北海道神宮祭というかなり大規模なお祭りが行われていたり、一昔前には中島体育センターというところでプロレスが開催されていたりしたので名前くらいは聞いたことがあるかもしれない。

すぐそこにススキノがあるとは思えないほどの大きな公園(地図を見ても分かる通り、公園をまたいで地下鉄駅が2つあるほどの大きさ)で、子供達の遊び場である他、大人たちのデートスポットにもなっている。
大きな池もあり、恋人同士でボートに揺られてから徒歩5分でラブホでベッドに揺られるか?それともススキノで呑んだくれるか?お好きにどうぞだ。

この辺りで生まれ育った俺は、デートと言えばスタート地点がこの中島公園なのだ。
詐欺事件で引っ越した後でもやはりここが自分の場所。ここがテリトリー。


あの日は今の嫁さんと出会う前の彼女と来ていた。
ススキノのハズレのいつもの駐車場に車を置き、デートのスタート地点である中島公園へ。
ここで夕方まで時間を潰し、軽く一杯ひっかけてから遊びに行くつもりだった。

その中島公園を、もし今の俺がその二人を後ろから見たならば、すぐさま飛び蹴りを食らわしたくなるくらいイチャイチャしながら歩いていた。
恐らく飛び蹴りを食らっても痛くないくらい幸せな時間。

いい天気の中、ボートに揺られる人を眺めながら話し続けケラケラうふふ。
「私ボート乗ったことない」
「じゃあ乗ってみるか?」
大きな池とは言え、藻とヘドロでさほど綺麗でもない元地元の池のボートなんか、大人となった今興味はこれっぽっちもないが彼女の頼みなら断れぬ。
早速二人でボートへ乗り込んだ。

今は興味はなくても子供の頃から何度も乗ったボートだ。
もたもたしてその場でクルクル回る初心者を横目にボートはスイスイ進む。
そよ風が気持ちいい。
向かい合った笑う彼女の風になびく髪。揺れる胸。そして見えっぱなしのパンツ(笑)

これ以上何があろうというのか?
これが幸せの絶頂だ。

さあ戻ろうか?この後の予定はたくさん詰まってる。
ススキノで2時間の休憩なんかいらん。遊んだ後に家でいくらでもご休憩できる。

そしてボートを乗船場の方に反転させた時、彼女がこう言った。
「ボート漕いでみたい。代わって?」
そう言った瞬間いきなりボートの上にすくっと立ち上がった。

俺は初めて目撃した。
ボートの上で立ち上がった奴を(笑)
知ってはいたが天然にも程がある。
「あ・・・あぶ・・・」
早く座れ!と言う間もなく彼女は池に頭から飛び込んだ。

う、嘘だろ・・・?!落ちた???

慌てて引き上げようと手を差し伸べる俺。
その手を彼女はしっかりと握り、そのまま俺を汚い池の中へと引きずり込んだ!

ドボン。

落ちた。池に落ちた。
池に向かって据えられている沢山のベンチに座るカップル達が見つめている中、ボートから一組のカップルが落ちた。
これが奈落の底なのか・・・地獄のような臭い。そして羞恥。

とにかく彼女を救わなければ。
彼女の身体を抱えてボートの上へとなんとか乗せた。
ボートの反対側へと体重をかけさせ俺も自力で戻った。

「ハハハ・・・」
「アハハ・・・」

もう笑うしかない。
乗船場に戻り何か声をかけられたが覚えていない。
笑いながら歩き、公園を出る頃にはお互い笑顔も無くなった。
恥ずかしいということもあったが、とにかく臭いのだ。

会話もなく足は駐車場へ。
当然この状態でデートなんて続けられない。
今はとにかく家に帰って風呂に入る。それしかない。
今すぐシャワーを浴びたところで服が臭いのだからどうしようもない。

パイプを咥えた駐車場のオヤジが様子を見て驚く。
「どうしたんだ?!」
「中島の池に落ちた」
「ぶぁっはっはっは」
思いっきり笑ってくれたのをなぜかありがたく感じた。
濡れた千円札を渡して、濡れたままの服で車のシートに座ってタバコを咥えた。タバコとライターと携帯電話だけは預けていたので助かったのだ。


家に帰ってシャワーを二人で浴びて、洗濯機を回してる間にヤケクソでアホほど合体。
服はまだ乾かなかったけども、彼女はまたヤケクソで濡れたままの服を着て「今日は帰るわ」と言うので車で送っていった。
車のシートはかなり乾いていたが臭いは酷かった。
その車中でほぼ言葉はかわさずに家の前で別れた。

幸せな一日のはずがとんでもないことに。

そんな帰りの車中、友人から飲みの誘い。
「19時頃終わるから〇〇のパチンコ屋あたりで待っててくれ」と連絡があった。
今日は話すネタなら死ぬほどある。むしろ誰かに話したいくらいだ。願ったり叶ったり。

ただ持ち金が5千円札1枚しかない。他は家で干している。
まあ誘ったのはあいつだ。ってことはあいつも奢る気なんだろう。

しかし待てど暮らせどその友人が来ない。
電話をしてもつながらない。
18時位から待ち始めて19時を過ぎ、ついに20時。
ようやく連絡があった。「もう少し待ってくれ。あと30分」と。

おいおい・・・池に落ちた日に、今度は2時間半以上待たされるのか・・・

もう待つことにも飽きた俺は少しだけパチンコで遊ぼうかと、まだ湿ったままの5千円札を両替機に突っ込んだ。
出てきたのは元5千円札だったかもしれないという粉々になった紙くずだけだった。


どん底だ。
どん底まで落ちた。
どうしてくれる。どうしてくれよう。
茫然自失となった俺に追い打ちをかけるように携帯電話が鳴った。
「ごめん女来たから行けないわ」

もう怒る気力もない。
ガラ空きのシマのパチンコ台に座り、半開きの口のまま盤面を見つめて大きなため息。
どこからか転がってきたパチンコ玉が靴にコンとぶつかる。
それを拾い上げて握りしめ、心底神を恨んだ。

上皿に拾った球を一つポーンと投げ入れハンドルを乱暴に回す。
どこを狙ったのかもわからない球がパチンコ台に飛び出した瞬間だった。

雷が落ちたような衝撃が全身に走った!

生まれてきて一度も感じたことがない感覚。
バーン!と何かが頭から足先まで突き抜けて、全てがひっくり返る感覚。
俺は今とんでもないことになった。その自覚だけはあった。

「これ(ヘソに)入るぞ」

思い描いたとおりに玉は跳ねてヘソに吸い込まれる。
この時点で俺はドル箱に置いたタバコを横に避けた。
この一回転で当たる。直感がそう叫ぶ。

これか・・これが神の帳尻合わせか。

直感は見事に当たった。
当然のようにリーチが掛かり、その一回転で当たってしまったのだ。しかも確変で。
何連チャンしたかは覚えてはいないが、その日8万以上勝ったことだけは覚えている。

そして更にこの帳尻合わせの人生天国モードは継続する。

パチンコを打つ前にわかってしまうのだ。一回転で当たってしまうことが。
数日後、別のパチンコ屋で座った台の一発目、それがヘソに飛び込みそのままリーチが掛かり大当たり。数日前の完全再現。

その数日後、今度は一発ではないもののやはり一回転目で大当たり。
更にその後日、次は打って数回転目で大当たり。
その次は最初の500円で大当たり。次は1000円で当たり。

そうして約一ヶ月をかけてゆっくりと運気が下降していったのがわかった。

やっと終わった人生の天国モード。
こんな事になったのは生まれてこの方あの一回きり。
こうして書いてても嘘っぽく感じてしまうが、これは紛うことなき事実なのだ。実際に起ったことだ。

あの時恐ろしくて宝くじは買わなかった。
買っていたら恐らく簡単に当たっていたんじゃないか?身分不相応の余計な金はいらない主義。

そして自分が元の状態に戻った時、心底安心した。
人智を超える何かが自分の身に降り掛かった時、人は受け入れられない。受けきれない。

不運と幸運は背中合わせ。
きっちり帳尻が合うようになっている。

だから今どん底だと思っている人は、帳尻が合うのを楽しみに待ってると良い。
なかなか帳尻が合わないなという人は、きっとそれはまだどん底ではないのだ。
そこまでどん底にならなくてもきっと報われる日が来るとは思うが、もしどうしてもというなら、中島公園に行ってボートから落ちると良い。オススメは全くしないが。



追記
正直あれから何度か「また池に落ちてみようかな?」と思ったことはある(笑)
でもあの臭いを考えると・・・絶対に無理。

そしてこの時の彼女の天然具合はかなりヤバくて(今の嫁も相当なものだが)、スーパー銭湯の館内着の浴衣を下着も付けずに直に着て大広間にやってきて、テレビの目の前にあるベッドのようなところでそのまま熟睡してしまい、全てがはだけて全裸で大の字で爆睡してしまった。
それを知らずにゲームコーナーで遊んでいた俺の方が「兄ちゃんの連れ裸で寝てるよ」と注意されるということがあった(ちなみに今の嫁も館内着の下のズボンを穿き忘れて、パンツ丸出しでレストランまで歩いてきたことがある。ネグリジェ的なワンピースと間違ったらしい)



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