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しょうちゃん、大いに歌う

格好良かった。
俺の中でしょうちゃんが一番輝いた日。


小学生の頃、少しだけ知恵遅れな、今考えてみると自閉症気味だったんだろうなぁという「しょうちゃん」というクラスメイトがいた。
見た目は少しだけ痩せた裸の大将のよう。

ニコニコしているのだけれど自分から話すようなことは少なく、だから友達も少ない。
公園で見かけてもいつも隅の方で一人で遊び、いつの間にかいなくなっている。

残酷な小学生たちにとっていじめの標的となるのは時間の問題と思われた。
だが、それより更に上のいじめの標的がいてしょうちゃんは助かっていた。
今思い出しても胸糞悪い話だが。


二人ともなんとかしてあげたい。
だが俺に一体何が出来るのか?

しょうちゃんがクラスから除け者になりそうになった時、俺は友達からの誘いを断り「今日しょうちゃんと遊ぶ約束してるから。一緒に来る?」と返事をした。

勿論そんな約束なんてしていない。
迷惑かもしれない。お節介かもしれない。偽善なのかもしれない。
それでも俺はしょうちゃんが俺たちのクラスの仲間であることをアピールしたかった。

放課後しょうちゃんと無理やり遊ぶ約束をこっそりする。
困惑しながらも承諾してくれたしょうちゃん。
しょうちゃんの家に行くとお母さんも少しだけ困惑していた。
しょうちゃんが初めて友達を家に連れてきたからだ。

「の、飲み物とか・・・」
「あ、ありがとうございます」
「あの急だったからお菓子とかなくて・・・」
「いえいえ、僕も突然お邪魔させてもらったので」
「まあどうしましょう」

こんなような会話をしたと思う。
オロオロとするお母さんとあぐらをかいてぼーっと窓の外を見るしょうちゃん。そしてしょうちゃんが見つめていた初夏の強い陽の光が入る窓が妙に印象に残っている。

まだテレビゲームのようなものは珍しい時代、ファミコンも発売前。遊ぶと言っても何をしたら良いのやら。
結局俺としょうちゃんが遊べるようなことは何もなく、ただボソボソとした会話を繰り返していたと思う。

会話といっても自分から話すことがあまり得意ではないしょうちゃんとの会話だから、どうしても俺からの質問のような形になってしまう。
「しょうちゃん楽しいか?」
「うん」
「しょうちゃん寂しくないか?」
「うん」
「そっか・・・」

こんなやり取りを見てお母さんは色々察してくれた様子。
恐らく俺が友達になって仲間外れにされないよう何とかしようとしていると。
すごく心配そうな顔でこちらのやり取りを見ていた。
そして一生懸命しょうちゃんをサポートして、しょうちゃんの代わりに返事をしていた(笑)

日も暮れかけ帰宅の時間。
お邪魔しましたと玄関で振り向き頭を下げると、しょうちゃんのお母さんが一緒に玄関を出てきた。しょうちゃんは家の中でぼーっとその様子を見ている。

「本当にありがとね・・・」
「いえいえこちらこそ」
「お友達になってくれようとしてたのよね?」
「はい。いや最初から友達ですよ」

しょうちゃんのお母さんの顔がぐしゃっと崩れた。
まだ4年生だった俺には泣いてしまった大人にどう応えてあげればいいのかわからず、すごく困ったのを覚えている。

「また遊びに来ます。しょうちゃんは面倒臭がるかもしれないけど(笑)」
「うん・・うん・・・」
「じゃあ!しょうちゃん明日学校でね!」
玄関の中で無言で手を振るしょうちゃんに俺も手を振り帰宅する。


帰宅途中、夕暮れ道を歩きながら。
俺は本当にこれで良かったのだろうか?
友達というのはきっと嘘だ。
しょうちゃんはきっと俺のことを友達とは思っていない。

自己満足の偽善なのではないか?
どうにもならないのではないか?
俺がこんなことをして、いつかあの親子を更に苦しめることになるのではないか?

明日しょうちゃんは俺と話をしてくれるだろうか?
「もう来ないで」と言われてしまったらどうすればいいのか?
そうなったらお母さんも悲しむだろうな。

頭が混乱する。


翌日、しょうちゃんは良くも悪くも何も変わっていなかった。
話しかけても目だけ天井を見つつ半笑いのまま「うん」と答えるだけ。

「昨日お前ら何して遊んでたの?」と他の友達。
しょうちゃんへの質疑応答で一日終わっただなんて言えない(笑)
「し、しりとりとか・・・」「へー」

なんとか誤魔化す。
「あとジュース飲みながら本読んだりしたよ」
「へぇ~しょうちゃん俺も今度行っていい?」

!!!
これは予想外だった。
しょうちゃん一気に友達大量ゲットのチャンス!
でもこいつちょっといじめっ子気質なとこあるんだよなぁ・・・うーん・・・と心配する俺をよそに「いいよ」と答えるしょうちゃん。

しょうちゃんがちょっとだけ足を前に踏み出した。

俺も嬉しくなって「じゃあ俺も一緒に行っていい?」と聞いた。
「うん」と大きな返事。その顔は満面の笑みだった。
喜んでくれていたのだと思う。そう信じたい。

後日約束通り三人でしょうちゃんの家で遊んだ。
最初に俺と二人で遊んだ時よりもしょうちゃんはケラケラと笑い楽しそう。
良かったなしょうちゃん。
こうやって友達増えればいいな。


そして俺はもうひとりのいじめられっ子の元へ。
こっちはいわゆるバイキン扱いという酷いイジメにあっていた。
一緒に帰ろうと誘ってもムスッとしたまま。完全に人間不信になっているのだと思う。

そりゃそうだ・・・今までどれだけ辛い思いをしていたのだろう。

無理やり隣に並ぶようにして「一緒に帰ろう」とそいつの家まで行く。
怪訝そうな顔で「上がっていくの?」と聞かれた。
家に上がると親子で普通の会話をしていた。
まあしょうちゃんとは違って普通にやり取りできるんだもんな。当たり前か。

「あんた友達連れてくるって珍しいね」
「かーちゃんはあっち行っててよ!」

そんなような会話をしていたと思う。
そしてあぐらをかいて腕を組み、俺を睨みつけた。

「なんで来た」
「え、いやなんとなく・・・」
「じゃあ帰って」

そして俺はあっさりと追い返された。
恐らくこいつは気がついていたのだ。これが俺の偽善であると。
余計なお世話であり、今更何をという話なのだ。

今までずっと話しかけてもくれなかったクラスメイトが、いきなり距離を詰めてきたのだ。
俺でもそんな奴は信用しない!

調子に乗っていた。自惚れていた。

しょうちゃんももしきちんと話ができるなら、あの時そう言いたかったのかもしれない。
図々しい押しかけ野郎なのだ。俺なんて。

本当の友情は積み上げた信頼関係の上で成り立つ。
俺はそれをすっ飛ばしていた。
友達のふりをする人間を誰が信用できるものか!!!


そのまま夏休みになり、またしょうちゃんとは疎遠になってしまった。
無視しているわけではないけれど、結果的にそうなってしまったのだ。
学校で少しの会話はするけれど、家に遊びに行くことはなくなってしまった。

俺からは押しかけられない。しょうちゃんは誘うことが出来ない。
そんな関係のまま月日は流れ、俺達は6年生になっていた。


しょうちゃんは6年生になってもやはり変わらずあのままだった。
嫌われてはいなかったが友達はやはりいなかった。

今年こそどうにか・・・小学生最後の夏休みをなんとかいい思い出にしてもらいたい。
でも俺にはどうすることも出来ない。出来ないのだ。



6年になってしばらくした後、遠足のバスの中だっただろうか?
バスの中は昨日の歌番組のマッチの新曲の噂でもちきりだった。

「昨日のマッチ見た?カッコよかった~」
「見た見た!けっじっめ~♪ケジメなさいあなた~ってやつでしょ!」

女子達がキャッキャと騒ぐ。
俺も見ていた。なかなかキャッチーな曲だったな。
ただ全員が昨日の歌番組で一度聞いたきりなので誰も歌えるはずもなく、ずっとサビの部分だけを繰り返していた(笑)

そんなバスの中で突然歌声が響いた。大きな大きな声で。

驚いて振り向くとしょうちゃんが座席に座ったまま顔を上げ、にこやかに、そして朗らかにマッチの新曲「ケジメなさい」を頭から歌い出していたのだ。
AメロBメロも完璧に記憶して!一度しか聞いていないはずなのに!!

振付つきで全て歌い切ると、ニコニコしながら恥ずかしそうにまた下を向いた。
バスの中は騒然。

「どうして歌詞覚えてるの?!」
「昨日録音とかしたの?」
「ううん。昨日一回見たから」と当たり前のように答えるしょうちゃん。

「すごい・・・」
全員しばし絶句。いくら小学生でもその凄さがわからぬはずがない。
しばらくして「すごい!すごい!」と拍手の雨が降った。

「もう一回歌ってしょうちゃん!」と誰かがリクエストする。
しょうちゃんは歌う。大いに歌う。先程よりももっと大きな声で。
その顔は自信に満ち溢れ、もう眩しくて眩しくて。


その後しょうちゃんの家に度々クラスメイトが訪れるようになった。
日が経つに連れ人数も減っていってしまったけど、それもマッチが新曲を出すまでの話だろう。

やはり友達なんて他人に作られるものではない。自分で作るものなのだ。


そんな結論に辿り着いた俺には今ほとんど友達はおらず、結局今日も一人で散歩(笑)
もう廃校となってしまった母校の裏手に回ると、そこにしょうちゃんの家がまだあった。

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インターホンを押す勇気はもうない。
でももしかしたら家の中から歌声が聞こてくるかもしれないな・・・と、しばし目をつぶり耳を澄ます。

風に乗り、遠くから聞こえるパトカーのサイレン。
俺じゃないことを祈りながらそそくさと立ち去った。


追記
ちなみに「最期の晩餐は眠れない」に書いた、一家心中寸前で団地に当選していたのを新聞に発見して飛び跳ねた場所がこの写真の位置(笑)

早朝の新聞配達を終えてしょうちゃんの家の前で新聞を開き、(しょうちゃん俺これから死んじゃうよ・・・)と心で嘆きながらここをトボトボ歩いていたのだ。



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