見出し画像

流しの料理人はギャンブラー

漫画かよ(笑)
思わず心の声がだだ漏れしそうになった。
世の中にはこんな人もいるのかと心底驚いた。


学生の時バイトしていた寿司屋さん。
俺が将来カードを作るべきか作らざるべきかと、マスターとその奥さんが言い争っていた寿司屋さんだ。

この寿司屋というのが住宅街の中のものすごく辺鄙な場所にある割には、安さとマスターの人柄の良さもあっていつも居酒屋のような賑やかさ。
テレビで客と一緒に好きな野球を見ながらいつもヤンヤヤンヤ。

ただでさえそんな状態なのに、年末年始の忘年会シーズンともなればもうメチャクチャだ。
寿司屋の二階には宴会場があって、酒と寿司を持って上へ下へと走り回り、隙きを見ては山積みになった寿司桶を洗い、様子を見ては大量の米を研ぐ。

馬力をつけなきゃやってらんねぇ!と、宴会後に余った熱燗を奥さんがかき集めて俺がそれを一気飲み。
大きめのお銚子に入った酒12本を一瞬で飲み干し仕事に戻った。
奥さんもまさか俺が一気に飲み干すとは思わず呆れ顔。

「このくらいなら平気ですよ。一升瓶で一気とかは出来ないけど」
「あんたお銚子10本で一升よ。このお銚子大きいから7~8本で一升だけど」
「え?!」

知らなかった(笑)
バイト中に約1.5升を一気飲みする高・・いや学生(お酒は二十歳から)
それを聞いて一瞬クラっとしたが、米を研ぎ終わった冷たい手で頬をピシャリと叩いて気合を入れ直す。
さあこい酔っぱらい共、俺が相手だ!
チップは俺の右後ろポケットに突っ込んでおくれ。


バイトの俺がこの状態なのだ。
客と出前と宴会の客相手に一人で寿司を握るマスターの忙しさと言ったら・・・もう筆舌に尽くし難い。

マスターが突然洗い場の方にツカツカとやってきて俺の頭をパチンとひっぱたく。
「痛っ!なに?!」
「なんとなく(笑)」
「ちょ!!!忙しいんだからやめて下さいよ(笑)」
「知ってるよ!!」
完全な殴られ損。でも気持ちはわかる。

何十件も出前に行って戻ってきた奥さんは、戻るなりデカい業務用の冷凍庫に背中から寄りかかり両肘をかけながら、上を見て突然ボーッとしだした。
このクソ忙しい中どうした?!

「まどろんでみた」

「はぁ・・」と空返事して洗い物を続ける俺。
「ちょっと~!無視しないでよ~!アハハ」と甲高い声を出し笑いながら、俺の両肩をギュッギュッと揉んで「よっしゃー!」とまた配達へ。

一緒に働く中学時代からの友人も「10秒くれ」と言い残し、裏口から外へ。
タバコを本当に10秒だけ吸って戻ってきた。あとで俺にも10秒くれよ?


ここまで読めば年末年始の寿司屋がどんな状態だったかが伝わったと思う。
猫の手も借りたいとはこのこと。
ただ本当に猫の手を借りるわけにも行かないから、そこは職人さんの手を借りることになる。

翌年のいつ頃だっただろうか?
半年ほどの契約で流しの職人さんがやってきた。
確か25歳位の和食の職人さんだった。なかなかの色男。

寿司を握った経験もあったものの、流石に本職の寿司職人から見るとまだ劣る。
マスターがシャリを掴むと毎回全く同じグラム数になるのだが、そこまでの域には達していない(ちなみにネタの大きさや形や重さによってシャリの大きさを瞬時に変化させることも出来た。回らない本物の寿司職人恐るべし)
なので年末の繁忙期までに鍛え上げ、戦力になってもらおうという算段だった。


てか流しの職人さんってなんだよ(笑)


こうやって手を借りたい店に行って働きながら全国を回る職人って本当にいるのかと驚いた。
漫画とかではよくある設定だけども・・・。

マスターよりも俺らバイト達と歳が近いこともあって、洗い場を手伝ってもらいながらよく話をした。
それがまあ面白いのなんの。
この若さながら、全国津々浦々を巡りながらこんな仕事をしていれば話の種は尽きることがない。

よくよく話を聞くと実はこの人、俺なんかを遥かに上回るギャンブラーだったのだ。

パチンコも打つがそれは遊び程度、メインは競馬だった。
たまに自身で法則を編み出して荒稼ぎして脱税がどうのとニュースになり、ようやくそういった人達の存在があるのは知ってはいたが、ここにその本物がいたのだ。

「KTちゃん、競馬の勝ち方教えてやろうか?」

洗い物を済ませ、甘海老の頭を取る仕込みを二人でしながら話しかけてきた。
そりゃ聞きたい。当然だ。
競馬が好きというよりその馬が好きでいつも夢を買っていたけれど、勝てるもんならやはり勝ちたい。

井崎脩五郎のデータ本を古本屋で買って研究したり、パソコンを使って独自のデータベースを構築したり、予想ソフトを使ってみたりと俺だって色々やっている。

徹夜で悩みに悩み過ぎてよくわからなくなり、結局パドックでウンコ漏らした馬に賭けて当たったことはある。
スッキリしたんだろうな。圧勝だったよ(笑)

この流しの職人さんがかなり稼いでいるということは普段の話から知ってはいた。
そんな人が必勝法を教えるというのだ。
小躍りしたい気持ちを抑えて素直に小さく「聞きたい」と言った。
ニヤリと笑う職人さん。

一体どんな秘密があるのか?どんな攻略法があるのか?
仕込みが終わって二人でタバコに火をつけフゥと煙を吐く。勿体ぶらずに早く教えてくれ。

「競馬はな・・・ちょこちょこ細かく賭けてもダメなんだよ」
「ほうほう」
「余計な金を使わないのがまず1つ」
「うんうん」

それはパチンコも一緒だ。
当時競馬代をパチンコで稼いでいたくらいだからそのくらいは分かる。
聞きたいのはそういうのじゃない。

「競馬はね・・・」ゴクリ。


「勝つ馬に賭けるんだよ」


はぁ?!とでかい声が出た(笑)
そりゃそうだろ。
その勝つ馬がどうやったら分かるんだって話だよこっちは。
フフフと笑う流しの職人。

「意味わかんねーだろ」
「わからん」
「だよな(笑)」

なんとガッカリしたことか。
こんな冗談なんかに付き合ってられない。
タバコを消して仕事に戻ろうと思ったその時。


「1.4倍以下の一番人気の馬に賭けるんだよ」


そう言ってまたフフフと笑った。
俺はまだチンプンカンプン。
そりゃそれだけ勝つと見込まれてるからそんな倍率になるのだろう。
それがわかったからと言ってどうなるのだ。
1000円買ったって1400円にしかならない。勝てば400円プラス、負ければ1000円マイナス。リスクが高すぎる。
まだ不思議顔をしている俺に流しの職人は話を続ける。

「ただ無条件に1.4倍以下の馬に賭けるんじゃダメなんだよ。問題は二番人気以下の倍率なんだ」

いきなり本格的な攻略法を話しだした。
そうだよこういうのが聞きたかったんだよ。

ただ残念ながら詳しい話は忘れてしまった。なにせ30年前の話。
二番人気の倍率が3倍以上の時だったかどうだったか・・・
期待していた人にはそれこそ申し訳ない。

過去のデータを見ると確かにその条件に当てはまるレースの場合、90%くらいは1番人気が勝っていたと思う(普通は単勝1.4倍でも勝率60%ほど)
なかなかこれは強烈な攻略法とデータ。

でも当たってもやっぱり1.4倍以下だと儲からないんじゃ・・・
不思議に思ってそれも聞いてみた。

「だからその条件に当てはまる馬を見つけるまで賭けないし、見つけたら思いっきり賭けるんだよ」

なるほど納得。
1000円で400円儲けじゃなく10万円で4万円儲けるみたいなもんか。
それで10回中9回当たるなら投資額100万円で26万円儲かる(払い戻し14万×9回-投資額100万=26万)
万が一10回中2回ハズレてもまだ12万プラスだ。

しかしなぁ・・・そりゃ10万あればそうするかもしれないけど、そのハズレが最初にきちゃったらどうすんだ(笑)

「だから全財産賭けちゃダメだよ。今あるお金の中で10分の1くらいを使うんだ」

そう諭すように俺に言った。
この話を通じて、普段から全財産を賭け、帰り賃まで使ってしまう俺に本当の意味でのギャンブルのやり方を教えてくれたのかも知れない。

だから俺も前に「パチンコに限らずギャンブルなんて、浮いたお金でちょっと遊ぶ程度が一番。そうじゃなきゃいけないし、そうじゃなきゃダメだ。」と書いたのだ。


それからしばらくしたある日、上記の攻略法の条件のレースがあったそうだ。
俺は相変わらず夢を追って爆死していた。何にも学んじゃいなかった(笑)

「KTちゃん、昨日勝てるレースあったんだよ」
「ああ例のあの条件に当てはまるレース?」
「そうそうそう」
「いくらくらい賭けたの?」


「300万」


はぁ?!?
店中に響くくらいの声が出た。
しーっと人差し指を口の前に立てる。

「あ、あた・・・当たったの??」
俺が想像していた賭ける金額の桁が違っていた。まさに桁違い。
他人事ながら心配で手が震える。

「残念ながら・・・」

背筋が寒くなってまた声が出そうになる。


「1.3倍になっちゃったよ」


そう言うと背中越しに右手の親指を立ててせわしなくマスターが寿司を握っているつけ場に戻っていった。
全身の力が抜けた。

とてもじゃないけど俺には出来ない。
そもそも持ってるお金の10分の1くらいって言ってたじゃないか!
それをあとで聞いたら、

「まあ10分の1ではないわな」と。
そらみろ!俺には余裕をもてと言ったくせに!


「それ以上賭けて、もっとオッズ下がったら困るだろ?」


え・・・?まさに絶句。
要するに元金3000万どころの話ではなかったのだ。
もう300万円ハズレても痛くも痒くもないレベルでやり繰りをしていたということ。
すでにギャンブルではなくまさに投資と言っていい。

じゃあなんでこんな仕事してるんだ?
こんな事しなくてもいくらでも暮らせるし、いくらでも儲けられるはず。
それも聞いてみた。

「そりゃKTちゃん達みたいな面白い奴らに会うためよ。だからタバコ一本ちょうだい」

「チ!嫌だよ」と舌打ちしながら一本差し出し一緒に吸った。貧乏人から持って行きやがって(笑)
そしてしばらくした後、その流しの職人は静かに旅立っていった。
きっと次の職場でもその流しの職人の面白話として、俺もレパートリーの一つに加えられているのだろう。



頂いたサポートはお酒になります。 安心して下さい。買うのは第三のビールだから・・・