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長男が成人になった日

昨日は長男の誕生日だった。
あんなに小さくてよく泣いていた子供がついに成人となった。


長男は正直手のかかる子供、子供というか赤ちゃんだった。
泣いて泣いて泣いて。
おむつを変えてもミルクをあげても泣いて泣いて。

夜中グズる長男を抱っこしたまま玄関を出て階段を上り、階段の踊り場の窓から外を眺める。
少しだけ開けた窓から入ってくる冷たい風を顔に浴びて、ちょっぴり落ち着く。

「さあ戻って寝ようか」
時間は夜2時だったか3時だったか。
階段を降りるトントントンという音と揺れでまぶたがゆっくりと落ちる。

片手で長男を抱えながら玄関のドアを細心の注意を払って開ける。
音を立てては絶対に駄目だ。
ソロリソロリと内扉も開け、ベビーベッドの柵を静かに下ろすようにと嫁にジェスチャーで示す。

ここからが超難関。

ベッドに寝かせたことを気が付かれてはいけない。
抱っこをして息子の顔と身体を俺の胸に押し付けたまま、体ごと折り曲げてベビーベッドへ。
そのままの体勢で数分間。身体をゆっくりゆっくりと離す。あと少しあと少し。
あと少しで俺らも2~3時間寝られる。

「ブッ!」

唐突に出る俺のオナラ。
「ウェ・・うぇ~~~ん!!!あーんあーんあーん!!!」
元の木阿弥。努力は全て無駄に終わった。

「ごめん私寝るから」
溜息をつき先に寝た嫁を起こさないように、俺はまた息子を抱えて玄関を出る。
困った顔で俺の顔を覗き込む息子に「いや困ってるのはこっちだよ」と苦笑い。

結局息子は背中が痒かっただけであった。
赤ちゃんって大変だな。
痒くても伝えられない。自分で掻けもしない。辛かったなゴメン。

息子はその時のことを覚えているのかいないのか、少し大きくなったあとも寝る時に「背中掻いて」とねだっていた。


運動会はいつもビリの方。
運動神経が良さそうな見た目をしてるのに、いつもドタドタとニコニコしながら走ってくる。
どうやら運動神経は俺には似なかったようだ。

一緒に色んな所に遊びに行った。
遠くへドライブに行ったり、街のゲーセンで遊んだり。
動物園の中にあった遊園地の子供用ジェットコースターに初めて乗った時の引きつり顔が今も忘れられない。


いつしか息子は笑わなくなり、そして話さなくなった。
そういう時期があるのはわかる。
少しずつ大人への階段を登っていく。

ただそれがあまりにも長すぎて、家族との会話のやり方、付き合い方がわからなくなってしまったようだ。
それにもうそのキャラが定着してしまったのだ。

いきなり「いやー実は今日こんな事がありまして」なんてキャラを変えることなんて照れくさくて出来ないだろう。
言葉を発するとしても朝小さく「・・・行ってきます」とぼそっと言うだけ。

これは嫁が絶対に「行ってらっしゃい」と返さないので、長男に限らず子供らみんな言わなくなってしまったのだ。
徹底的な無視を貫く。
意地悪ではなく「別によくない?」というスタンスらしい。何度言っても直そうとしないので俺もみんなも諦めた。
子供らは俺にだけ小さく挨拶をして家を出る。


そんなこともありつつ、学校やバイト先で友人を作りながら自立していき、就職が内定した。
少しだけ肩の荷が下りた。
こんなクズみたいな両親のもとでよく頑張った。

そしてついに昨日、二十歳になった。

嫁は俺の母親から貰った金で大きなケーキを注文した。
貧乏でしばらく手作りのケーキばかりだったが、この日だけは特別だ。
成人がひとり増えるのだ。

焼き肉も買ってきたというがこれじゃあ足りない。
よし!じゃあ俺が買ってこよう!

スーパーの肉なんかじゃないもっと豪華なやつを。
肉屋の高級肉を買ってやろうじゃないか!

自転車を走らせ一山二山超え、ネットで調べていた肉屋の前へ。
半開きになったドアから肉が入ったケースを見る。


よし。スーパーに行こう。


いやあんなの無理だって(笑)
清水の舞台から飛び降りるつもりだったけど、スカイツリーだった。
即死待ったなし。

スーパーで千円ばかりの肉を買い、帰りにビールを買う。
もしかして・・・そんな事はまあないだろうけど・・・

「俺も一本貰うわ」

そんな事があるかもしれない。
それは俺の夢だ。
長男を持つ父親全部の夢かもしれない。
もしそんな事があれば俺は照れくさくて仕方ないか、泣いてしまうかもしれないな。


夕方になり誕生日パーティーが始まる。
嫁はシフトの関係上、どうしても夜11時まで帰ることが出来ないと申し訳無さそうに言っていた。
それは流石にないだろ子供の誕生日に・・・と責めてしまったが今となっては仕方ない。

ホットプレートの前にお肉を並べ、次男と娘がテーブルを囲む。
俺も座ってビールを飲む。ケーキはまだ冷蔵庫。


そして主役である長男は帰ってこなかった。


食べて帰るそうだ。
主役がいない誕生日パーティー。
子供らは「まあ私達がいるから良いじゃん」とモグモグと食いながら笑う。

「でもよ・・・もしだよ?自分の子供が生まれたと考えてくれ。その誕生日に祝おうと思った時、いなかったらどんな気持ちになると思う?」

ビールを飲みながらボソリ。
「そりゃまあ・・・」と言いながらしんみりする子供達。

次男が「でも昔さ!〇〇(長男)が部屋でさ!」と笑いながら話し出す。
「そう・・部屋でお前(次男)にモデルガンを持たせて赤ちゃんだったこいつ(娘)の頭を撃ち抜かせたんだよ。ダンボール何枚か余裕で貫通するような銃で」

「わ、私は覚えてないし!!」
「俺も覚えてない・・・俺が撃ったの・・・?」
「この世のものとは思えないすごい泣き声だった」

・・・・・。
ジュウ・・・肉が焦げる音が響く。

「俺一生何でも言うこと聞くわ」
「じゃあベランダの洗濯物入れて」

兄妹でコントのようなやり取り。
なんとか場の空気を軽くしたかったようだ。

「じゃあケーキも食べようよ」
「そうだそうだ!食べよう!」

箱からケーキを出す。
立派なチョコレートケーキに名前の入った「お誕生日おめでとう」のチョコが乗っている。
ローソクは立てるべきか?ハッピーバースディの歌は?

「でも主役いないしな」「うん・・・」

写真を一枚撮ってからザクザクとケーキを切る。
こんなに虚しいケーキ入刀があるだろうか?(笑)

「俺が成人になった時はそこの病院(隣)の中で脚ちぎれかかってたしな」
「・・あはは・・」
「それよりはずっとマシだろな」
「そうだね」

・・・・・。

寂しいし切ない。
でも、祝ってくれる誰かが出来たこと。
それは本人も、そして俺も誇って良いことだと思う。

日が変わる寸前に長男は帰ってきた。
おかえりなさい。
そしてまたいってらっしゃい。自分の世界へ。

ベランダにはあの時使っていたベビーベッドが解体されたまま、まだ置いてある。
孫を連れてきた時に使おうと思っていたが、すでにカビだらけだった。


追記
ちなみに次男は自分でレンジに哺乳瓶を入れて温め、ラッパ飲みをするように片手でミルクを持って寝転んで勝手に眠るタイプだった。

娘の方はというと、赤ちゃんの頃から夜9時に寝て朝9時位に起きるという特異体質(?)
3時間おきに起きることも泣くこともなく、逆に心配になって病院に行ったほど(笑)
ちょっと育ってからとかじゃなく結構生まれてすぐから。ミルクも飲まずに9時頃寝てしまうから無理やり起こして飲ませていた。

ちょっとくらい夜泣きしてもいいのにと寂しく思った(笑)



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