一人ぼっちのキャッチボール
野球を見始めた頃まだ王選手が現役で、その打席を見る度にピンクレディーの「サウスポー」を歌っていた。
♪背番号1の凄い奴が相手~
野球やってみたいな・・・どうすれば出来るのだろうか?
イトコと同居していたものの歳が離れていて、仲間に入れてもらえない。
まだ俺が小学校に上がる前だから無理もない。
ボールを投げてみたい。バットを振ってみたい。
夏休みのある日、舗装されていない土の道路の片隅で素振りの練習をしていた従兄を見ていて羨ましくなり、少しだけ素振りをやらせてもらおうと近づいた。
ゴン!!
近づいたことに気が付かずフルスイングしたバットがまだ幼児である俺の頭をふっとばす。
小さな頃の記憶は少しずつ忘れてしまったりするけれど、これは強烈に覚えてる。
目から火花が出て、気がついたら青空を見ていた。
結局素振りはさせてもらえなかった。
それから数年後、イトコ一家が引っ越して家には子供が俺一人。
兄弟はいない。祖父と母親は仕事。父親は産まれる前からいない。祖母は買い物だ。
一人でやる人生ゲームはつまらない。
だからおさがりで貰ったグローブ片手に、近所のお寺の塀を相手に夕方まで壁当て。一人ぼっちのキャッチボール。
学校にも野球の少年団はあったのだけれど、塾があるから入ることはなかった。
そもそもだ。別に野球がうまくなりたいとかではないんだ。
俺はただ野球がやりたいだけなのだ(笑)
せめてキャッチボールくらいはと思ったが、野球少年団に入ってる奴は俺がキャッチボールをしたい時には大抵練習に行っている。
休みの日に誘ってみても「今日練習だから!」と。
そんな事で運悪くキャッチボールすら出来ないまま、詐欺にあって一家離散したり、顔面大やけどでミイラ男になったりしながら6年生になってしまった。
今更少年団もクソもあるまい。
もう野球したいとまでは言わない。キャッチボールだけでもいいのだ(笑)
そんなある日、硬式リトルリーグの体験・募集の小さな記事を見つけた。
「これだ!」
場所は円山球場。当時北海道でプロ野球と言えばここだった。
体験とはまさに俺向け。
ウキウキしながら円山球場に向かうと、いたいた!あれだ!
勇気を振り絞って声をかける。
「野球やってみたいんですけど・・・」
「え?何年生?」
「6年です」
「え?!」
「え?!」
今考えたら当然の話なんだが、6年生がもうすぐ引退となるから募集をかけたのだ。
そこに素人の6年生が来てどうする(笑)
しかも前年全国準優勝の強豪。
そこにやってきた引退間際の野球未経験の6年生。
ようやく俺の天下だと思っていた1歳下の新キャプテンが睨みつけてきた。
そして困惑する監督やコーチの大人たち。
「いやあの体験って・・・そういうことじゃないんだけどなぁ」
「ダ、ダメですか?」と食い下がる俺。
キャッチボールだけでもいいのだ。頼むよ。
「うーん・・・まあいいか」
「ありがとうございます!」
これで念願のキャッチボールが出来る!
俺の他には将来有望な1年生から4年生くらいまでの子供達が体験しに来ていた。
しばらくして球場の中に連れて行かれた。
初めてのキャッチボールがプロも試合をする円山球場とは豪勢だ。
持ってきてたあのおさがりのグローブをはめていざグラウンドへ。
そこから何があったかちょっと覚えていない。挨拶だったか準備運動だったか。
ともかく気がついた時には俺の目の前にロッテの選手が並んでいた。
この後の西武対ロッテ戦でボールボーイ(ファウルボールを回収したり、笛を吹いたりする仕事)をやるかわりに、午前中選手たちが直接指導してくれることになっていたのだ!
これはもう、ちょっとした体験どころではない(笑)
キャッチボールをしに来たらプロ野球選手が相手だった。
ポカーンとアワワワ。それ以外なし。
そんな完全にテンパっている俺にニコニコしながら話しかけてきた選手が一人。
「なんでユニフォームじゃないの?(笑)」
少しだけ訛りが入った口調。
「え??」俺は絶句した。
話しかけてきた選手を俺はよく知ってるし、恐らく皆知っている。
落合だ・・・
「あの・・今日体験で来たんです・・」とうつむく俺。
「野球やってたの?」
「やったことないです。キャッチボールもなくて・・」ますますうつむく俺。
「じゃ俺とやってみるか?」
イヤイヤイヤイヤ。
イヤーイヤイヤイヤ。
なんで生まれてはじめてのキャッチボールの相手が落合なんだよ(笑)
有無も言わさず手で下がれ下がれと俺を下がらせる。
他の選手達もそれにつられるように子供達と距離を取ってキャッチボールを始めた。
どうする?どうしよ!なんで?!
パニックになりながら構えると、脱力したようなポーズからゆっくりとしたモーションで落合がひょいと投げる。
もちろん俺が初めてだとわかっているので、相当緩く山なりのボールを投げてくれたのだと思う。
その放物線を考えると俺の胸あたりに落ちてくるだろう。
なので胸のあたりにグローブを構えていると、ボールは俺の顔面に飛んできていた。
「うおっ!!!!」
慌ててグローブを出し顔面ギリッギリで捕球。ひっくり返る。
それを見て大爆笑する落合。
なんだコレ!?完全に物理法則を無視して球が飛んできた!
必死になって投げ返すが大暴投。それでもひょいとジャンプしながら取ってくれた。
「投げ方はいいな。あとは相手見ながら胸の辺りにしっかり投げな」
「はい!」
・・・顔面に投げたくせに(笑)
何球か同じようなやり取りを繰り返し、ほんの少しだけ慣れてきた頃「そろそろ強めにいくぞ」と言いながら落合が手首のスナップを効かせて腕をフッと振った。
白い点が手を離れた瞬間、突然巨大化して俺の目の前にワープしてきた。
パァァァン!!!
「くぉ!!!!!!」
俺が驚いたのが捕球した後なのがおわかりだろうか?(笑)
「ダメだって!全力!」
「半分も出してないっつうの(笑)」
そう言いながら何度も白い点をワープさせてくる。何だこの人?!
この時点で俺はプロ野球選手になることを諦めた。
諦めた早さなら恐らく俺が史上最速だと思われる。
こうして俺の初めてのキャッチボールは終わった。
その後約束通りスタンドでボールボーイの笛吹き。
笛を咥えながらスタンドで立っているとベンチから落合が出てきて、ボロボロの練習ボールを俺に向かって投げ込んでくれた。
「もっと練習しな」
「はい」
多分しない気がする(笑)
まだ夢見心地のまま笛を咥えながら試合を見る。
ファウルボールの危険を知らせないといけないから結構忙しいというか必死だ(当時客はファウルボールを貰えないので回収もしていた。なので階段を行ったり来たりで・・)
笛も咥えっぱなしだからツバが溜まってヨダレを垂らす。
「汚ねぇコイツ!」と新キャプテンが睨みつけて「あっち行け!」と突き飛ばしてきた。
随分嫌われたもんだ。でももう別に関係ないもんね。
・・と思っていたら、何故か俺は正式に入団するハメになってユニフォームまで買わされた。背番号はなし。
あるわけがない。だってもうすぐ引退だもの(笑)
練習に行く度に新キャプテンにどやされ、練習とは名ばかりで低学年の子供達のコーチ(という名のボール遊び相手)をやらされ、時にはサボりつつ、時にはみんなを和ませ笑わせつつ、当初の予定通り俺は引退することとなった。小学6年生の冬の終わり。
室内練習場ではあったが、俺は初めてバッターボックスに立たされた。
相手はあのいつも怒っていた新キャプテン。
真っ赤な目をしながら、涙をユニフォームの袖で拭き取りつつ「絶対打てよ!」と言いながら投げ込んでくる。
打てるわきゃないだろ。人相手は初めてだぞ(笑)
全力で金属バットを振ってると、あちこちからすすり泣く声が聞こえてくる。
1年生のアベ君だけは何のことかわからずにキョトンとしていた。
結果はどうなったか記憶にない。覚えてないということは打てなかったのだろう。
でも直後に号泣して駆け寄ってきた仲間達に胴上げされたことだけはしっかりと覚えている。
胴上げの衝撃は思っていたよりも激しくて思わずヨダレが出た。結局俺はただのヨダレマンなのだ。
下にいた誰かにヨダレがかかったのでヤバいと思って涙のふりをした(笑)
胴上げが終わって1年生のアベ君にしゃがみながら「今日でお別れだよ。元気でね」と告げると、ようやく事を理解したのか涙をポロポロと流し「ヤダァァァ!!」と泣き出し抱きついてきた。
それを見てついうっかり目からもヨダレが出てしまった。
みんなありがとう。
この1年間野球をやって、意味があったのかなんてわからない。
そこに何か残せたのかどうかもわからない。
ただ俺自身には何かが残ったからきっとこれを書いているのだ。
引っ越した団地の裏には野球場があり、新しく出来た友達相手に(言葉だけの)魔球を投げては外野の草むらでボールを探す日々。もう少し加減して打ってくれ。落合から貰ったボールもそこで無くなった。
その後そのグラウンドには大きなマンションが建ってしまった。
ここに野球場があったことを子供らに話してもなかなか信じてもらえない。
追記
あの落合との衝撃のキャッチボールの後、俺は対戦相手であった西武ファンになった(笑)
いやぁ強くてみんな格好良くってねぇ。今はハムファン。なんて薄情者なのだろう。
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