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バナナとエンガワと高い所

俺が大好きだったもの。
そして俺が大嫌いになったもの。
トラウマとはなんと恐ろしいものなのか。


よくテレビで「鯖に当たって食べられなくなった」とか「牡蠣で当たった」という話を聞くと思う。
それ如きでそれまで好きだったものが食べられなくなるもんかねぇと思う人も居ると思う。
実際に俺もその一人。

「あんたもそうでしょ」と嫁に言われてハッと気がついた。
全くその通りなのだ。

俺は小さな頃バナナが大好きで、猿と言われようがゴリラと言われようが、もうアホほどバナナを食べていたのだ。
お祭りのチョコバナナも好きで、板チョコを頬張ってから口の中にある内にバナナをかじればほぼ再現できるということも発見した。当り前だが(笑)

そんな俺が小学生の時、海水浴場で事件は起こった。

海の家でバナナの早食い大会が行われていたので参加してみた。
バナナの早食いならちょっと自信がある。
給食の時も周りの女子を呆れさせるくらいのスピードで食えるのだ。

大人と子供のコンビ限定の大会だったので母の知り合いのおばさんと一緒に参加することになった。


そこからの記憶がほとんどない。


大会がスタートし、俺はそのおばさんにバナナを一本まるごとノドの奥に突っ込まれて窒息した。
リスのようにちょこちょこと細かくかじって飲み込もうとしていた俺はびっくり。
息を吸うことも吐くことも出来ない。映像はそこで途切れた。

母の話によるとフラフラと海岸の砂浜を歩いていき、止まったと思ったらどこかのおじさんの背中にぶちまけたそうだ。

真っ暗だった世界が今度は眩しい光となって、当たり一面真っ白。
鼻水と涙が溢れんばかりに出ていたが、泣いて出たわけではない。
苦しさの中で人は絶命しようとする時、勝手に水分が溢れ出るのだ。漫画でよくあるシーンは本当の事。

「ごめんなさいごめんなさい」と謝る母の声と、「ごめんねごめんね」というおばさんの声が遠くから聞こえる。
その声が徐々に大きくなり、俺は戻ってきた。

早食い大会の結果はそのおばさんが手こずったらしく3位だったそうだ。
商品はフリスビーで今も部屋に飾ってある。


それから給食だったのか自宅だったのか記憶は定かではないけれど、目の前にバナナが置かれた。
喜び勇んで皮を剥き、いざ口の中へと放り込もうとした瞬間意味不明な吐き気に襲われたのだ。

俺自身はバナナを食べようとしている。大好きなバナナだ。
口を大きく開け右手に持ったバナナを近づけるのだが、口に触れた辺りで「オエッ!」となってしまう。離すと大丈夫。
全く意味がわからない。

ええいままよ!と吐き気を無視して口の中に放り込んだ瞬間、海の家、波の音、砂浜、そして暗闇と光が見えて思わず吐き出した。
吐き出しても口の中に残るバナナの味。

すなわちそれが俺にとっての不快な死の味。

それから何度挑戦したことだろう?
大好きなはずなのだ。
チョコバナナなら大丈夫だろう、ケーキ(オムレット?)の中身なら大丈夫だろう。だがダメ。

古い記憶は徐々に消えてしまったりすることもあるだろうけど、俺にとって今回この文章を書くのは簡単だ。
40年近く経っても、バナナのニオイを嗅ぎさえすれば鮮明に思い出せるのだから。意識がなかった部分以外は。

こうして俺の好物が一つ苦手なものとなっていった。


そしてお察しの通りエンガワも同様。
でもこれは全く同情できない経緯。


落ちていたお寿司を食べて当たったのだ(笑)


もちろん素のまま寿司が落ちていたわけではない。
エンガワ6貫入りのパック寿司が道端に落ちていたのだ。
一度は素通りして家に帰った。だがどうしても気になるあのお寿司・・・

嫁の制止を振り切り俺は戻ってその寿司を拾い、すぐに食べた。

それで信じられないレベルの食中毒を起こした。
病院には相変わらず行かないので詳細はわからないが、O-157とかそういった類だと思う。

3日高熱が続いて、その間ずっとトイレにいた。誰かがトイレを使う時以外は。
吐いて吐いて下痢出して下痢出して・・・胃の中と風景がずっとぐるぐる回る。

ようやく回復した時に思った。そりゃ子供や老人なら死ぬわなと。

それまで多少なりとも「当たったなぁこりゃ」という経験はしてきた。
今回はそんな子供騙しなレベルではない。死との戦いだ。
事故で頭をパックリやって集中治療室に担ぎ込まれた時よりも切羽詰まっていた。
何度力尽きそうになったことか。スポーツドリンクを大量に買ってきてくれた嫁に感謝。
一人なら恐らく勝てなかった。スポーツドリンクが手に入らない国なら勝てなかった。

こうして俺はエンガワが嫌いになった。
嫌いという表現は少しおかしいかも知れない。
怖いと言った方が感覚的に近い。
回転寿司でエンガワが流れてくると反射的に身体を避けるくらい。
美味しいのはわかってる。でもダメなんだ。


そして俺は高いところが好きだった。
全てを見下ろせる場所が好きだった。
小学5年生の時の話。

ある日マンションの8階の階段の踊り場にあった窓のそばに立った。
1.2mくらいの段差がある場所があって、窓はその上に4枚。
段差の幅は80cmくらいあって余裕で立てる。

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(こんな感じで4枚窓があり、引き戸のように開けるタイプ。外側には当然柵なんてない)


段差の上に立ち窓をガラリと開けるといい風景が広がる。
走る市電や車が小さく見え、その奥にはすすきの。

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(これも例だけれど、足元にはこんな感じで風景が広がっていた)

窓は身長よりも大きな窓で、足の部分まである。
つまり窓を開けてその縁に立つと、ビルの屋上の縁に立っているようなもの。
違うのは窓と窓の間に柱のようなものがあるので、いざとなればそこに掴まることが出来る点。

ここで仁王立ちして、いつも時間も忘れて遠くを見ていた。

そんなある日、同じマンションの同じくらいの年齢の友達がやってきた。
「面白いのか?」と聞いてきたから「気持ちいいぞ」と答えた。
「じゃあ俺も見る」と登ってきて反対側の窓を開けた瞬間だった。

突風が窓から踊り場に吹き込んで、その吹き込んだ風が何かに当たって跳ね返り、俺の身体を窓から押し出したのだ。

「え?」と思った時にはもう俺の足元には何もなかった。

反射的に窓枠の真ん中の柱に掴まり、空中で反転して反対側の窓から飛び込んだ。
「あ・・あ・・・」と踊り場の方に落ちていたその友達が声をあげる。
一瞬俺が消えたからだろう。そして戻ってきたからだ。

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(こんな感じ。これを8階の窓でやった)

その友達と目を合わせ「・・・あ・・・く・・・」とお互いに声にならない声を出す。
そのまま声も出さずに二人とも涙をぽろりと流しながらしばらく見つめ合った。少し経ってからハァ!ハァ!ハァ!とようやく呼吸。

この時のことは今でも夢に出る。
夢だけじゃない。
高い場所に行った時、高い所の映像を見た時にフラッシュバックを起こす。

なにせこの文章を書いている時でさえ、何度もフラッシュバックを起こしている。息が詰まる。

しかしそこにあるのは落ちたらどうしよう?という気持ちだけではない。
ここから飛び出したらどうなるのだろう?という意味がわからない気持ちに支配され、自ら飛び出してしまいそうな自分が一番怖いのだ。
落ちたら自分がどうなるのかを知りたいという欲求が抑えられない。


だがその欲求は就職した後に叶えられることになった。
会社のビルの雪かきをしてて雪ごと屋上から落ちたのだ(笑)
ほんの一瞬のことなのにたくさんのことを考えられる時間が与えられるということがわかった。

まずはよくある走馬灯。
保育園で発表会をやった時のことや、小学校の遠足、あとはサンマを食べてやっぱり美味しいなぁとやってる些細なことも思い出す(笑)

その後はちょっとしたシンキングタイムが始まる。
次の月刊マガジン楽しみにしてたのになぁとか、先に死んだら母に悪い事したなとか、隠してたエロ本見つかるなぁとか(笑)

それと大体どの辺に落ちるんだろうと確認することも出来る。
それも結構ゆっくりと。
俺の場合は真下にブロック塀があって、あれに直撃したらバラバラになるだろなぁと思いながら「なんとかあれを避けて死ぬことは出来ないものか?」と考えていた。
でも考えはできても体を動かすことはほぼ出来ない。ゆっくり動いているのは思考だけだ。そして不思議と死ぬ恐怖はない。

それからもっと色々なことを考えたけれどもう覚えてない。
そして時間が突如加速する。

ドーン。

俺の身体はブロック塀のすぐ手前に落ちた。
まさに目と鼻の先というか、鼻の先をブロック塀が擦っていった。
落ちた場所が1~2ミリ前なら恐らく鼻はない。10センチ前なら頭と命がない。

そのブロック塀の傍にあった雪の吹き溜まりに、つま先から頭の先まで一気にズボッと突き刺さった。
雪で出来た吹き溜まりは2メートル近くあって、あとで雪かきをしようと思っていたところだ。

つまり落ちた場所がもう10センチ前なら頭と命はなかったけれど、塀から1.5メートル手前なら吹き溜まりはなくほぼ地面に直撃。大怪我かやはり命はない。
まさに助かるのにここ以外はないという場所にピンポイントに落ちた。悪運強し。

結局鼻の先を擦りむいた程度でほぼ無傷で生還。えらい寒い思いしたけれども、落ちた音に気がついてすぐにみんなが助けてくれた。

走馬灯の存在ってみんな死ぬ間際なのに、どうやってそんなのがあるってみんなに伝えてるんだよ(笑)と笑っていたが、こうやって同じような経験をして伝えた人がやっぱりいるのだろう。


以上が俺が嫌いになったもの、そして理由だ。
トラウマを克服なんて周りは簡単に言うけれど、そんな簡単にできるものではない。

しかしまあ、酒呑んでぶっ倒れてもタバコ吸って喘息の発作で死にかけても一向にトラウマにならないな。
俺の勝ちだな!と今日もタバコを吹かし酒をあおるように飲んでいる。



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