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正面衝突とキャラメル

ホワイトアウトの恐怖。
真っ白な景色の中、2つのヘッドライトだけが浮かんでいた。


40数年前のまだ俺が子供の頃、俺と母は誰かの車の助手席に乗せられどこかへ向かっていた。
運転していたのが誰なのかは未だに俺は知らない。どこかのおじさん。
覚えているのは景色が真っ白になるくらいの吹雪とガソリンスタンド。

俺は助手席に座る母の膝の上にちょこんと座り、窓の外を見ていた。
どこかの街の中。ガソリンスタンドで忙しそうに働く人々。

あまりの吹雪っぷりで全く進めなくなってしまい、信号を超えた先にあるガソリンスタンドの直ぐ側の路肩に車を停めハザードを出し、吹雪が収まるのを待っていたのだ。


吹雪は収まるどころか徐々に勢いを増し、ガソリンスタンドで働く人もついに見えなくなるくらい。
完全なるホワイトアウト。
街中でこんなことになるのはかなり珍しい。
そもそもこれが俺にとって初めてのホワイトアウト体験。
なんだか夢の中にいるような不思議な気持ちでフロントガラスの先に見える白の世界を覗いていた。

その白の世界に光る2つのライト。

恐らく車のヘッドライトと思われる光が真っ直ぐこちらに向かってやってきた。
「車かな?」と俺。
「車だね」
「真っ直ぐぶつかったりして」
「まさか(笑)」と笑う母。
他愛もない会話。

片側二車線の狭いとも言えない普通の道路。
歩道の縁石に乗り上げて停まってる車に反対車線からぶつかってくるような対向車は流石にいない。
もし本当にそうならこの車がいなかった場合、左斜め後ろにあるガソリンスタンドに真っ直ぐツッコんでいくような方向。下手すりゃ大事故というか大事件になってしまう。
街中で片側二車線の車線を乗り越え斜めに走ってくるわけがない。

2つの光は少しずつ強く大きくなっていく。
「ぶつかっちゃう!」
「あはは」とおじさんと母。
「〇〇ちゃん(俺)は隠れる!」
そう言って助手席の下の方にしゃがみこんだ。目の前には母の膝。

それから数秒後。
「なんか変だな・・・こっち見えてるだろ??」
「嘘?!」
というおじさんと母の声。
それとほぼ同時にこの世のすべてが壊れたような破壊音とトンカチで殴られたような衝撃が後頭部に走る。

正面衝突。
タクシーがノーブレーキで突っ込んできたのだ。

車内はすぐに静かになった。
叫び声が聞こえたがそれはずっと遠くから。
ぶつけた頭を擦りながら狭い助手席の足元から這い上がると、母の眉間にガラスが突き刺さっていた。
吹き出した血が鼻の横を通って顎の下から滴り落ちる。
母は目を開けたままもうピクリとも動かなかった。

この当時はまだ車のガラスが砕け散る仕様になっていなかったので、三角のガラスの破片が完全に突き刺さってしまったのだ。
横を見るとおじさんも同様に血だらけになって、目を開けたまま動いていなかった。

困ったな。母が死んでしまった。まあ仕方ないか。

そう思いながら窓の外を見ると、ガソリンスタンドの従業員やお客達が叫びまくってるのが聞こえた。
「救急車呼べぇ!!」
「手ぇ貸せ!車ずらすぞ!このままじゃまたぶつかる!」
「子供いるぞ!子供は生きてる!」

目を開けたままピクリとも動かない母達はやっぱり死んじゃったんだと改めて思った。

「ボクは大丈夫だったの?」
「頭ぶつけたよ」
「どうしてボクだけ大丈夫だったの?!」
「いや頭ぶつけたの!椅子の下にいたから」
「そうかぁ」
そんな会話をしながら車から降りる。その時、

「おい!まだ息あるぞ!」
「救急車まだか!!」
「誰かタオルか毛布か持ってこい!」

そんな会話が聞こえてきた。
どうやら母は生きていたらしい。
タクシーの運転手とおじさんはどうなったのか覚えていない。


程なくして救急車がやってきた。
初めて乗る救急車に俺はワクワク。
外を見ると壊れた車がガソリンスタンドの方へと運ばれていて、大人って力持ちだなぁと妙なところで感心していた。

救急車の中。
母は意識を取り戻したものの混乱中。
「お名前とか言えますかー?」という問いに「子供は!子供がいるんです!」と叫んでいて「何言ってんだろ?ここにいるのに」と思っていた。

「大丈夫ですよ!お子さんは無事です!」
「え?え?」
「大丈夫です!!」

そんなやり取りを納得の行かない表情で見ていた俺。
俺も頭を強打したのだ。
「ここにたんこぶ出来てるから!」と母だけが心配されている様子に憤怒。
そのやり取りを見て安心したのか、母はまた意識を失った。

ここから記憶はやや曖昧なのだが、看護婦に声をかけられたことだけ覚えている。
病院に着いた後なのか、看護婦が一緒に救急車に乗ってきていたのかはわからない。

「お母さん大丈夫だよ」
「知ってるよ」
「泣かないんだね。強いね」
「泣いても別に何も変わらないし」

この頃から俺は泣くことがただの無駄だと思っていたのだ。むしろ足を引っ張ることが多い。
これは俺の子供達にも見事に引き継がれている。

そんな会話をしていると看護婦が自分のポケットに手を突っ込んで「じゃあ偉いから、はいひと粒どーぞ」とキャラメルをくれた。
銀色の包み紙に赤と青の線。
「ありがとう」と言って受け取り、無造作に自分の口に放り込んだ。

これが美味いのなんの。

こんな美味いものがこの世にあったのか!と救急車の中の椅子に座りながら驚愕。
あまりの衝撃にこの後母がどうなったのか?どうやって帰ったのか?も全く覚えていない。
どうでも良くなってしまったのだ(笑)

「すぐ溶けちゃった?!」と目を白黒。
意識を失った血だらけの母の横でズンタズンタと小躍りする俺を見て、周りの人たちは一体どう思ったことだろうか?

呆れ顔の看護婦が半笑いしながらキャラメルをもう一粒くれた。
すぐに口に放り込みまた小躍りする俺。
あと10粒ほどくれたならば世界大会レベルのブレイクダンスを踊っていたことだろう。


それから十数年後。
当時付き合っていた彼女と買い物をした時、キャラメルをかごに入れてきた。
すでに酒飲みだった俺は「キャラメルなんかつまみになんねーだろうに」と悪態をつきながらも渋々レジへ。

助手席で鼻歌を歌いながらキャラメルの箱を開け「はいひと粒どーぞ」とキャラメルを渡してきた。



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あ!!!


血を流し目を見開いたまま気絶してる母の顔。
2つのヘッドライト。
救急車と看護婦。
銀紙に赤と青の線。
ホワイトアウト。

順番はバラバラで脳内にフラッシュバック。
キャラメルを手に「あ・・あ・・」と言葉が出ない状態になっている俺を不思議そうに見つめる彼女。

口に入れてしっかりと確かめる。
溶けた。間違いない。

しっかりと味わった後、俺は当時あったこの事故のことを彼女に語り始めた。すると、

「知ってるよ。この前酔って喋ってたし」

あ、あれ?そうなの??
今急に思い出したわけではないんだ俺・・・。

「銀紙に赤と青の線のキャラメルったらハイソフトだろうと思ってわざわざ買ったんじゃん」

そうだったのか。偶然じゃないのか(笑)
しかしまあ驚いた。
キャラメルを自ら買ったことなんてサイコロキャラメルくらいしかないし、気が付かなかった。
夢の中とか妄想とかじゃなく本当に存在してたんだという衝撃。

それから俺は救急車で運ばれる度に「あのキャラメルくれねぇかなぁ」と血だらけになりながら考えている。



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