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旅の途中のラブホテルにて

「嘘だろ?」
看板、その佇まい、そして周囲の状況、全てをひっくるめて思わず声が出た。
中に入ってからは更に大きな声で叫ぶことになるのだが。

狐に化かされたんだと思った方がまだ理解が出来る。
こんな突飛な経験をすることになろうとは。
少し長い話になるけど聞いて欲しい。


今の嫁ではない、その前の彼女を乗せて札幌から室蘭・登別方面に向かっていた時のこと。だからもう20年以上も前の話。
ボートから落ちた例の天然の元彼女だ。

元々一泊はする予定だったのだが、その日の仕事の関係上かなり遅い時間の出発となってしまい、千歳を越えて苫小牧に向かう途中辺りのラブホに泊まることにした。
明日早めに起きて行けば予定にそれほど支障はない。

当時はナビもなけりゃスマホもない。
かろうじて携帯はあったが連絡を取るためだけのもの。
だからラブホ探しは俺の記憶と看板だより。

確かこの辺りの暗闇の中に突然明るいラブホが右手にあったはず。
すでに深夜0時過ぎ、さっさと見つけて風呂入って寝てしまいたい。
やることやらなくても今日はもういい。

少し焦りながらそれらしき光を道のずっと先に発見。
「あれっぽいな」「あれだねきっと」
そんな会話をしていた時に、ふと左手にラブホの看板を発見した。
宿泊代は激安。多少ボロくても眠るだけなので問題はない。

「こっちの安いとこ泊まって明日旨いものでも食うか?」
「いいね」
これが間違いの始まりだったのだ。


「ここを左」とあったところを左折する。
本当にここか??と疑問に思うような、車が一台通れるかどうかの狭い道に住宅か何かがポツリポツリと建っていた。それも人が住んでいるのかいないのか・・・。

鬱蒼とした木々に囲まれた真っ暗な道の中、車のライトを頼りにゆっくりと進む。
どう考えてもラブホテルなんてあるとは思えない。
あるのは絶対に心霊スポットとなる廃墟だ。
車の外に出るどころか窓を開けるのも恐ろしい。

引き返そうにもUターンができる場所を探さなければならない。
だから渋々そのまま前に進む。
ほんの数十メートルか数百メートルか。たったそれだけなのに長いこと長いこと。

そんな時それは突然ポツンと現れた。

「あった・・ここか?嘘だろ??」
ライトは点いていたもののかなり薄暗い。
見た目はラブホというより民宿というかアパートというか。
ただきちんと看板もある。宿泊料金は4000円前後だっただろうか?激安だ。

各部屋につながる駐車場が1階にあり、横の階段から2階に上がっていくシステムだったと思う。田舎でよく見かけるやつ。
ここまで来たらもう引き返せはしないから覚悟を決め泊まることにした。

他に客がいるとは思えない。
あまりにも静かな薄暗い階段を上っていく。
本当に心霊スポットのようで心臓がバクバク鳴っていた。

ドアを開ければきっと明るくエロい雰囲気の部屋が広がっているはずだ。
テレビにはエロビデオが流れて、有線放送もかかってるはず。

ギギギギギ・・・・
恐る恐る開いたドアの向こうにあったのは、残念ながらただの心霊スポットだった。

「怖いよここ・・」
「大丈夫だ多分」

もうここに泊まるしかないのだ。
明かりをつけても薄暗い。
腰掛けたベッドから大量のホコリが舞った。

冷蔵庫は故障して使用不可だったと思う。
なので備え付けのポットで紅茶を飲もうとしたが、ポットの中には茶色の泥になった水らしきものが入っていた。

トイレはなにか手書きの張り紙があったように記憶しているが、とにかく怖くて一人で入れるような代物ではない。
風呂に到っては天井から何から蜘蛛の巣だらけでどうにもならない。

落ち着け。落ち着いて考えろ。
なんとか乗り切る方法があるはずだ。

まずは飲み物だ。
俺はこのポットを洗おう。
その間彼女には一旦シーツを外して、窓を開けてホコリを払ってもらうことにした。

ポットを持ち、ひとまず洗面所に中身を捨てる。
ちょっと洗いにくいがなんとか蛇口の下にポットを潜り込ませて、水を出して洗い始めた。その時だった。

ドッバアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

ウッソだろお前!!蛇口がもげた!?!
派手に吹き出す水。手で思わず抑えるも全く意味はない。
とにかく水の方向を洗面台の方に手の平で向けながら元栓を探すとすぐ下にあった。(因みに出てきた水も茶色かった。)
元栓はメチャメチャ錆びていたので苦労はしたがなんとか水は止めることが出来た。俺はもうびしょ濡れだ。

これはもう自力ではどうにもならない。
電話で管理人を呼び出した。

「蛇口が取れたんですけど!」
「あ!あー取れちゃいましたか」
「へ?」
「すみませんねぇ・・ホント申し訳ない」

あまりにスットンキョな返事で力が抜けた。
正直寝たらヤマンバみたいな何かが出てきて殺されることまで考えていた。
シチュエーションとしては完全にホラー映画だったから。

話を聞くと新しい蛇口は買ってあるが付けられなかったそうだ。
「工具はあるんだけど」ということなのでこっちで付けてやることになった。
爺さんだったか婆さんだったかは何故か記憶はないが、とにかく工具と新しい蛇口を受け取り修理した。
この手の作業はお手のもんで、すぐに直った。
茶色い水はしばらく出していればキレイになるはずだ。

「すみませんねぇ年寄りなもんで」
「いやいやいいよこのくらい。ところでホウキとチリトリとあと掃除するスポンジとハタキ貸してくれます?」
「はいはいすぐ持っていきます」

お掃除セットをゲットしてようやく光明が見えた。
ホウキで風呂場の蜘蛛を退治し、あとの掃除は彼女に任せた。
ハタキでベッドをホコリが出なくなるまで叩きまくり、床に積もったホコリを集めて捨てる。シーツは洗ったものを持ってきてもらってベッドは復活。

風呂掃除を終えた彼女が軽くベッドでハネてから今度は部屋の拭き掃除。
雑巾も借りた。

クレンザーと鉄タワシも借りたのでそれで洗面所とポットの中を磨く。
何気にこれが一番悪戦苦闘した。
ポットはコンセント部分の接触が悪かったので、鉄タワシを利用して接続部分を削って直した。
これでお湯が沸かせる。

あらかた掃除が終わったところでようやく風呂だ。
折角二人で入ったものの、ナニをする元気はもう何もなく、ただただ体についたホコリを落としただけだった。
その途中で生き残っていたでかい蜘蛛が天井から降りてきてパニックに。ホウキで捕まえて外に逃がす。

その際カーテンと窓を開けたが、窓が汚すぎることに気が付き窓拭きを始める。
そこでようやく気がついた。もう朝だってことを・・・。

午前6時。紅茶を飲み一服。
一睡もせず疲れてはいたが、なぜかよくわからない充実感。
彼女は紅茶を飲むなり倒れ込むようにベッドで眠った。
チェックアウトの時間まで俺も少し休もう。


帰り際、管理人に借りた道具を返しつつ料金を払おうとしたら「いただけません!」と言われたものの、どう見ても久々の客だろう。
色々押し問答をやった結果2千円くらい払ったと思う。
えらく感謝されたが「この部屋みたいに他の部屋も掃除しないとダメだよ」と一応注意しておいた。

旅の続き。
寝不足で変なテンションになっていた彼女は「汚れたパンツなんて穿けるか」とミニスカなのにノーパンで助手席に乗り込み、ダッシュボードの上に両足を乗っけて対向車のドライバーに「見るなら見ろ!」と爆笑していた。
やることがB型っぽいな。俺もだけれども。

途中で寄った地球岬。
とんでもなく強い風が吹きまくり、彼女のスカートはめくれっぱなし。
何の意地か知らんけど全く隠しもしないので、他の観光客が皆驚いてる。
俺ももうどうでもいい気分だったのでただただ笑っていた。

その後登別のクマ牧場や水族館に行ったと思う。
その日の内に帰宅して泥のように眠った。


それから数年後。今の嫁と旅打ちに出た時の話。

攻略できる台を探しながら南下し、千歳辺りで稼いだあとに翌日苫小牧か室蘭で打つことを決めて夜に千歳のパチンコ屋を出発。
苫小牧に向かう途中のラブホで一泊することにした。

この道を行けば暗闇の中に突然明るいラブホが右手にあったはず。

くれぐれも左には行ってはいけない。
絶対に行ってはいけない。
いけないのだけれども・・・(笑)

手が勝手に左にウインカーを上げてしまっていた。

確かこんな道だった。
多分この先だったはず。
ラブホで以前こんな事があったという今回のこの話は何度も嫁に話をしている。
お互い泊まるのは嫌だけど一度見てみたいという欲求はあるようだ。

真っ暗な道をゆっくりと進む。
がしかし、どこまで進んでも例のラブホが見つからない。
この辺にあったはず。
看板あるはずだから見ていてくれ。

でもやはりなかった。

もうあの時の記憶自体作られたものなんじゃないかと思うくらい。
記憶違いなのか?
もしかして本当に化かされていたんじゃないか?

不思議に思いながらなんとか元の道に戻り、当初の予定通り、というか数年前の予定通りに右手にあったラブホに泊まることにした。女は違うが。
前回の例があったので期待もせずに入ったところ、ベッドはピカピカふかふか。お風呂も近代的。サービスも満点。値段もそれほど高くない。

最初からこっち泊まっとけよ(笑)

その後何度探しても、そして今何度検索してもこのラブホが出てこない。
ついでにふかふかベッドのラブホもどこに行ったのかがよくわからない。
本当に苫小牧だったんだろうか?
やっぱり俺は未だに化かされてるのかもしれない。



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