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酒と散歩とヒップアタック

はじめは健康のためだった散歩がいつしか趣味となった。
更にそれがいつしかエスカレートしていったのだ。
気がつけば俺は札幌を飛び出し小樽の街を歩いていた。


事故で膝の靭帯を3本切って手術をし、トボトボと休みながらだがまた歩けるようになったものの、移植した靭帯の寿命が約15年。
結局20年目くらいにパチンと切れてしまい、元通りのグラグラの膝に。

だがあの辛い移植手術もあの辛すぎるリハビリも、もう二度とやりたくない。そもそもお金もない。

トボトボとも歩けなくなってしまった俺が、どうにかトボトボレベルまで歩けるようになるには筋力でカバーするしかない。
ジムやプールにでも行ければ良いのだろうけど、そんな金も持ち合わせていない。
ならばウォーキングで鍛えてやろう。

その結果歩けるようになるために散歩をするという、全くわけのわからないことになった(笑)

冬の間はあまり散歩ができない北海道。
たまに街に行っては地下街を歩き回るも、どうしても筋力は落ちていく。
なので春になって暖かくなると、よちよち歩きのゾンビのように、ゆっくり、そして無理やり歩き始めて筋力を蓄える。
秋までに鍛えまくって冬を乗り越えるためだ。


始めのうちは家からスタートして夕方家に戻る普通の散歩だった。
一度行ったコースは面白くないので、東西南北あらゆるところに向かって散歩をして数キロ範囲の全方向、全てを制覇してしまった。

家に帰るのも来た道を戻るだけではつまらないので、必ず別の道を帰っていた。
その帰り道すら全て制覇。脇道から何から何までだ。

ここまで来るともう「今日はこっちに向かおう」と考えた瞬間にそこまでの道、建っている建物や店、そして恐らくここを通って帰ってくるだろうという帰り道の様子まで見えてきてしまう。そうなるともうつまらない。

ならばいっそのこと徒歩で帰ることが出来ない範囲まで散歩してやろう!
帰りは嫁に車で迎えに来てもらえばいい。

歩いて帰る時間を気にしなくていい散歩はとても楽しい。行動範囲も一気に広がる。
その上泥酔して歩いて帰ることが出来なくなる心配もしなくていい。

こうして俺にコンビニゴルフという趣味が加わった。
コンビニで酒を買い、次のコンビニまでに飲み切るというルール。
ちょうど飲みきれるくらいの量の酒を買うのだ。

コンビニがどこにあるかわかる道では簡単だが、知らない街や田舎道ではもう周りの雰囲気を見て当てずっぽう。
3~4缶買って様子を見ながらペース配分しつつ飲む。
予想を外し、意外と近くにコンビニがあったりしたら大慌てで全て飲まなくてはならない。店がなければチビチビと。この加減が難しい。

こんなペースで10kmも歩いたらそりゃ泥酔するよ(笑)

こんな散歩を数日に一度、春から秋だけとはいえまた数年繰り返した。
そうして今度は家から十数キロ範囲全て制覇した。もうつまらない。
(徒歩速度は時速1キロ程度なのでこれが精一杯の行動範囲)


こうなればあとは行動範囲である十数キロ圏を飛び出すしかない。
家からバスや地下鉄や電車に乗り、知らない街へと降りるのだ。
そこから更に知らない街へと(泥酔しながら)散歩する。

それも数年繰り返すとやはり同じように全てを網羅してしまった。
知らない街を歩いていたはずなのに見覚えがある。
ああ、ここは2年前に向こう側から歩いてきた道だ・・・と。

そしてついに札幌市内全てを歩いてしまった。住宅街の裏道までも。

おかげでかなり脚力もついた。
膝に痛みはあるけども、俺はまだ歩ける。
でも・・・未踏の地を失ってしまい、喪失感がハンパない。

これは更にもっと行動範囲を広げるしかあるまい。


電車に飛び乗り、俺は小樽に向かっていた。


正確には小樽築港という駅。
ここから二駅ほどで有名な小樽駅に着く。
そこまで右往左往で探検しつつ、酒飲みながらパチンコ屋を探しつつ歩こうではないか。健康のために。

こんな所にこんなお店が!
こんな所にパチンコ屋が!
こんな所に温泉が?!
仕事や遊びで何度も来てはいるが、ゆっくり街を歩いてみると違うものがたくさん見えてくる。楽しい!


そんな中で不意に見つけた古い酒蔵。
この歴史ある酒蔵で地酒を買い、小樽名物のかま栄のかまぼこをつまみに一杯やりながら歩くなんて最高じゃないか。
少しだけ小雨が降る中、雨宿りついでに飛び込んだ。

観光バスも沢山停まり、観光客が酒蔵見学なんかをしていたが俺は地酒売り場に一直線だ。

古い酒蔵内をウロウロしている人達を尻目に、たまたま空いていた店内を物色。
すでに酔いが回っている状態で手頃な酒はないものかとあれやこれやと見ていたら、突然ダンプカーに轢かれたような衝撃。

ビターン!!

これ以外の表現のしようがない。
前のめりにビターン!(笑)
中身の入った1.5リットルのペットボトルのジュースをフローリングの床に倒した時を想像してみて欲しい。それと同じビターン。

「Oh!」という声が聞こえた方をうつ伏せの状態のまま振り向くと、全盛期の小錦を少しだけ大きくしたような髭面で年配の外国人男性がこちらを振り向き驚いていた。

どうやら俺はこの人のヒップアタックをもろに食らったらしい。

転んでいる俺を笑いながら両手でつまみ上げてソーリーと謝る男性。
笑っていることを猛烈に怒り、心配そうに抱きしめてくる小錦を少しだけ小さくした奥さんらしき人。

ペラペラペラペラと言いながら俺の服をパンパンとはらい、強烈なハグをしながら頭を撫でてくる。おっぱいに埋まる俺。
ヒップアタックをしてきた旦那さんも自分の目を指差して見えてなかったオーノーソーリー!というようなジェスチャー。そして頭を撫でてくる。

ペラペラペラペラ。オホホ。ハハハ。

心配そうに見つめていた店員さんを手で制しながら、ニッコリとノープロブレム。
何を言ってるのか全くわからないけれど、多分この人達は俺のこと子供だと思ってるだろ(笑)
年齢を聞かれたので答えたら「フォーティーン?」「ノー。フォーティーなんちゃら」「??」というやり取りをしばらくさせられた。

そんなことをやっている内に、小錦予備軍みたいな外国人達がゾロゾロと入店してきて店内はとんでもない様相に。
「大丈夫大丈夫。ノープロブレム。エンジョイユアトリップ」とジェスチャーしながらそそくさと退散。

結局隣のセブンイレブンで普通のお酒を買った。

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コンビニ内も外国人だらけで、外の灰皿も外国人だらけ。

灰皿の周りで輪になってタバコを吸ったり、食べ物を食べて「うまーい」とやってる外国人達の中に分け入り、酒を飲みながら俺も一服。
いやはやえらい目にあった。
ふぅーと煙を吐き、旅行を楽しむ外国人たちの笑顔を見つつ、俺は額の脂汗を拭いた。


もう歩けないかもしれない。


ヒップアタックを食らった瞬間に、膝に痛みが走ったのは覚えている。
それよりもビターン!とハグが強烈過ぎてよくわからなかったのだ。

足を引きずるようにコンビニまで移動して買い物を済ませたけれど、灰皿まで着いたところで一歩も動けなくなった。
というより、動こうとするとサメに脚でも食われたんじゃないかというような痛みが走る。

壁に寄りかかりながら、タバコを吸い終わった外国人たちを見送る。
観光バスに乗り込んだ先程の小錦夫婦も窓から見えて、こちらに気がついた様子だったので軽く手を振り見送る。

それから一時間くらいだろうか?
コンビニの壁に寄りかかりながら過ごした。

ようやく多少歩けるようになったものの、それまでの半分とまでは言わないが3分の2くらいのスピードになってしまった。片側三車線の中央分離帯のある横断歩道を一度の青信号で渡りきれない。

その上5分か10分おきに先程のような痛みがぶり返す。
歩けなくなり、しばらく休むと復活する。


地元の市場をゲームでゾンビに襲われて瀕死になった人のような歩き方で楽しみ、結局何も食べずに市場を出た。痛くてそれどころじゃない。
ガードレールに掴まり、電柱によりかかり、ズルズルと小樽駅まで。

たった二駅なのに、着いた頃にはすっかり日も暮れて夜になっていた。

電車に乗って札幌へ戻る。
理由を話し、駅まで迎えに来てもらった。
また元気になったらあの酒蔵や市場に行こう。


それからまた数年。
結局俺の脚は治ることはなかった。


あんなヒップアタックごときでこんなことに・・・(笑)

休み休みなら散歩も出来るけど、なんとももどかしい。
だからといって筋力をつけなければ本当に歩けなくなってしまう。

こうして俺は昔乗っていた自転車を引っ張り出すことになった。
自転車だと体重が膝にかからないので痛みはそれほどない。
押して歩く時には歩行器代わりとなる。


自転車に乗るようになってから更に行動範囲を広げたが、今ではそれも行き尽くし、結局すすきのにしか行かなくなった。
行き尽くしたどころの話じゃない、生まれ故郷のすすきのへと帰る。



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