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広島でのガイド

時はまだコロナ前。海外のお客さん(代理店)を広島へ案内する事になった。

今回も"海外営業"としてお客さん(4人)を案内するのだが、準備期間が1週間もなく、かなり付け焼き刃で案内する場所についての知識を得る必要があった(広島へ行くのは今回が初めて)。特に、広島での原爆に関する事の説明は難しく感じるが、できるだけ正しい情報を伝える事に努めようと考えた。準備が大変だった。

お客さんのその後の予定を考慮すると、17時までには大阪に戻ってこないといけない…。新幹線での移動時間を考えると、かなりタイトスケジュールになると思われた。しかし、それをお客さんに悟られ、気を遣われ、楽しんで頂けないのでは元も子もない。この点を考慮し、余裕をもったプランを組んだ。

事前の打ち合わせでは、原爆ドーム、資料館、平和公園、爆心地跡の見学、そして広島名物を食べる事がマスト条件だった。食べ物のNGもなかった為、昼は広島焼きに決めた。

現地での移動は歩き+路面電車とした。日本でも路面電車を見る機会は減ってきているので、これは良い機会かなと考えた。(帰りの新幹線に間に合わないと判断する場合は、道中タクシーの使用も考えた。)

ホテルでお客さんをピックアップ。その後電車+新幹線で広島へ向かう。ここまで大きな遅れはない。

原爆ドーム、資料館ではその場の展示品を見て感じ、思い、考える事を意識していただく為、説明は極力減らした。また資料館では、音声ガイドがあった為、それに頼る事にした。(私も音声を借り、聴いた。)
いや…ここで私の説明はいらない。私も共に感じよう。

資料館見学直後は、静寂な空気が流れた。

やはり、自分の目で見ると違う。これが教科書や本では学べない事なんだと思った。

1人の日本人として、今日ここに一緒に来られて心底良かったと思う。彼らの感想を聞くと、私も思わず頷いた。

その後、平和記念公園を歩き、みんなで一緒に祈りを捧げる。

祈りを捧げた後、広島焼きを食べに向かう。

中に入る具材を簡単に説明し、好きな具材の入ったものを選んでもらう。

どうかな?と思ったが、みな美味しいと言いながら、お好み焼きを頬張る。その後、私が諸事情で席を一旦外した後に席に戻りお金を払おうとすると、店の方が一言、"もう頂いてますよ!"

ここまでの労いだろうか…。有り難く。

その後、爆心地へ移動。説明文を読みながら思わず寒気がする。

このような悲劇は決して繰り返してはならない。

辺りを会話しながら探索していると、あっという間に時間は経ってしまい、大阪に戻る時間となる。

無事に定刻通りに新幹線に乗り、予定通りに大阪に戻れた。今回はガイドというよりは、"アテンド"に近かった。

でも、お客さんが有意義な時間を過ごせたのであれば、それで良い。それは別れ際の彼らの言葉、笑顔、握手にも表れていた。

学生時代にも歴史は学んできたつもりであったが、まだまだ足りない…。

1人の日本人として、こうした歴史もしっかりと(正しく)学ばないといけない…と改めて痛感した1日だった。

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