見出し画像

12.後夜祭

高校二年生で初めてのエフェクターを買いに行くも歪みエフェクターではなくデジタルディレイを買ってしまった僕はまたしてもギターを挫折した。(3年ぶり2度目)

このようにギターの挫折をオリンピックが開催されるが如く繰り返していたのだがある日、転機が訪れることになる。

それは、高校の文化祭最終日に行われる"後夜祭"でのことである。

自分が通っていた高校では文化祭の最終日、各々のクラスの片付けが終わると教室棟から少し離れた体育館に生徒が集められ、
後夜祭という"打ち上げ"的なイベントが行われるのである。
後夜祭ではステージ上で有志のバンドが代わる代わる15分くらい演奏をするということで、集まった生徒たちはソワソワしながら開演を待っていた。

バンドを夢見ていた僕は、中学生の時からライブをDVDやテレビでは見ていたが、実際の"生"演奏を見たことは無かった為、かなりドキドキしていたと思う。
そのライブ前のドキドキはこれからライブが見れるという"お客さん目線"でのドキドキだったかもしれないし、いいなぁ俺もやりたいなぁという"憧れ"のドキドキだったかもしれない、あるいは素人が無事演奏できるだろうかという"不安"のドキドキだったかもしれない。

暫くして体育館の照明が落ち、ステージの幕が開ける。
ステージ左の方から軽音部らしきメンバーが順番に出てきて、各々の楽器のポジションにつく。や、否やそれまでまばらに座ってその時を待っていた生徒たちが一斉にステージ前方のエリアにわっと押し寄せてまるで乗車率120%の中央線が如くおしくらまんじゅうが始まった。
その後ろで呆気に取られていた僕に、
「おい、前行くぞ!」と、剣道部で学年が一つ上の先輩に声をかけられ
「…あ、はい!」と反射的に返事をしてその先輩の後についておしくらまんじゅうの中に入っていった。

なんだこれ?
まじでわけわからなかった。
みんなこのバンドのこと好きなの??
別にステージのバンド、自分の友達とかではないし知らんのだけどみんな知ってるの??
もしかしてみんな友達的な陽キャの集まりですか?

そんなことを考えながらある程度のパーソナルスペースを確保して、頭上にあるステージを見上げた。

「2年生軽音部、〇〇バンドです、よろしくお願いします!」
ステージの右手にいるギターを持った人がそう言うのと同時にドラムがスティックで4カウントを刻む。

1.2.3.4…

5になるタイミングで爆音が体育館に響き渡った。
その刹那、乗車率120%の中央線は乗車率200%の朝の埼京線に変わった。
なんかすげえ前からも後ろからも体当たり的にどんどんぶつかられ、肘とか硬い部分も当たるし、女子の胸なのかデブの胸なのか分からないがそれも当たる。て言うかみんな背が高くてステージ見えねぇし、今やってる曲が何なのかもわからねぇ。

とにかく、
"わからない"
という気持ちが全ての感情をマスキングして、
ただその場で自分の居場所を保持して転ばないように見ているのがやっとであった。

歌は上手い?
演奏は上手い?
この曲は何?
俺の前にいる背の高い人は誰?
後ろで肘当ててくる人は誰?
隣でなんか叫んでるけど何て叫んでいるの?

分からない。

だが、そんな"分からない"が頭の中を忽ち埋め尽くす中に2つだけ明確に分かったことがあった。

まず一つ目が、
ステージ前方で見ている人が全員"熱狂"という輪の中にいること。

やっている曲がなんだっていい、
知らない人がやっていたっていい、
演奏の上手い下手じゃない、
とにかくみんながステージを見て、飛び跳ね、ぶつかり、叫び、汗を散らし、熱狂の渦を描いて一つになった。

そして二つ目が、
その輪の中心にいるバンドに自分が"憧れ"を抱いたこと。
羨ましい。
俺もこの輪の中心になりたい。


全てがマスキングされたことによってこの二つがはっきりと浮かび上がってきたのであった。


ただひたすらに、

俺も演りたい。

あのステージに立ちたい。

あの熱狂の中心に居たい。

背が低くてもバンドなら俺も勝っていける。
顔が悪くてもバンドなら勝っていける。
歌が上手くなくてもバンドなら勝っていける。

俺が勝っていく方法はバンドの中にある。

高校生が演奏する後夜祭のステージを見ながら僕はそんなことを思っていたのであった。


アニソン、あるいはヒット曲であろうか、3曲ほど盛り上がるアップテンポの曲を演奏し終わり、
「ありがとうございました!○○バンドでした!」
とボーカルが言い、順番にバンドメンバーはステージ袖にはけていった。
はけるやいなや、あれほどまでくっついて熱狂していたステージ前の生徒たちが蜘蛛の子を散らすようにすーっとパーソナルスペースを取り始め、自分たちの"居場所"に帰って行った。


演奏前に、自分にステージ前に行こうと声をかけてくれた剣道部の先輩に僕は聞いた。
「後夜祭に出るのってどうやったら出られるんですか?」
「これは基本軽音部の3年が出れるらしいよ」
「あれ?でも有志って言ってませんでした?」
「まぁ暗黙のルール的な?」

軽音部かぁ…
有志だからもしかしたら出られるんじゃないかと思ったんだけどな…


流石に剣道のスポーツ推薦で入学しておきながら、それを辞めて軽音部に入ることは許されない。
しかも通っていた学校は公立でありながら毎年関東大会に出場するような都内の強豪校であり、
部活も水曜だけが唯一の休みで、土日も練習試合や遠征など毎週のようにあった。

現実的に無理だ。

こうしてこれまでやりたいなという憧れだった思いが、やるんだという確信に変わった夜であったが、それは"剣道部"というとてつもなく高い壁の前に呆気なく散っていった。



こうしてギターを買い、エフェクターの存在を知り、バンドをやりたいというところまできた岡本少年であったが、
また悶々とした日々が続くのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?