# 122_情報技術の系、人の系、知の系

 みなさん、はじめまして、島影と申します。どうぞこれからしばしの間よろしくお願いします。今回、講義の初回ということで、なんとなくの本講義の全体像みたいなものに触れていけるといいかなあと思っています。それでその前にですね、今回の講義というのは、ぼくとここにいる須田さんの二人で、講師の方務めさせてもらいます。須田さんのことについてはご本人から話してもらうのがいいかなと思いますが、簡単にぼくの方から紹介すると講義の全体像を説明していくのにスムーズなので少しお話させてもらいます。
 須田さんは、大学などで非常勤講師をされていて、主にはインタラクションデザインというのを教えられています。といいつつもインタラクションデザインと言っても広いので、また改めて須田さんから詳細を話していただければと思っています。次に須田さんは、ぼくと大学の同期です。なので、そうですね、付き合いとしては、僕と須田さんが大学に入学したのが2010年になるので、約十一年の付き合いになりますでしょうか。なのですが、実際、須田さんと共に過ごしたのは、大学一年生の時のほんのちょっと最初の時だけで、須田さんはその後、忽然と姿をくらましてしまいます。ぼくが須田さんを記憶しているのは、入学してすぐに大学の催しで球技大会というのがあって、そこでフットサルをして、ぼくと須田さんは同じチームだったんですけど、えらい愚直なディフェンスをする奴だなあと感心していたら、その後、静かに消えてしまいます。ぼくの十一年前の唯一の記憶は、フットサルコートの中での須田さんの姿のみです。その後、六〜七年後くらいに偶然再会するわけですね。その間、須田さんになにがあったかというのは、その日、夜に出会って朝方まで呑んで聞かせてもらったわけですけど、ぼくがそれを代わりに語り直すのも変なので、須田さんに話のバトンが渡ったときに、話したり話さなかったりしてもらえればと思います。
 須田さんと出会い直して、今このような講義というのが開かれています。なんだか感慨深いですね。それで、これも変だなあというか、おもしろいなあと思っているんですが、ぼく、今こういう距離感で関係している大学時代の友人って須田さんくらいしかいないんですよね。大学時代ほとんど一緒に過ごしてないのに。グラフィックデザイナーの友だちでぼくの大学の同期の人がいて、その人にはサポートをお願いしたりしているんですが、須田さん含めてその二人くらいですね、協働という関係性を持っているのは。
これは単にエモい話をしているわけではなくて、講義内でも重要な概念として「系」というのを扱っていきたいと思っているんですが、その具体的な形、事例として僕と須田さんの関係性というのを捉えられるんじゃないかなと思っています。系に関して、また今後の講義内でも触れていきたいと思っていますが、今軽く触れてしまうと、とりあえず「ゆるやかなつながり」くらいに思っておいてもらえればと思います。人とのゆるやかなつながりが今の話だとして、講義内では情報技術とのゆるやかなつながり、知とのゆるやかなつながり、といくつかの異なる層としての系を設定して、それについて考えていきたいと思っています。そして、その自らを関係性の中に置くというか、自らを取り囲むゆるやかなつながり、その系というのに自覚的になって、やっとプロトタイピングというからだのふるまいが生まれるというか、そんなふうに考えています。
 主には須田さんには情報技術の系のところを担当していただくというか、みなさんには実践演習という形で実際に手を動かしてもらおうと思っています。ぼくは、今みたいな形で、ぼく個人の物語というのをお話しさせていただこうと思っています。初回だから、こういう語り口になっているのではなくて、基本的には「民話」と言ってみたいんですけど、ある一人の人間にこのようなことがあったのだと、一人称視点の物語というか、そういう形式でみなさんにお話をしていきたいと思っています。この形式の理由に関しても、講義内で触れていきたいと思いますが、ざっくりとは知の系における実践だと思ってもらえればと思います。なんらか大きな歴史、大きな文脈の中で語るのではなく、等身大の物語といいますか、たった一人の小さな物語として語ること、これもひとつプロトタイピングというふるまいにおいて重要になると考えています。
 主には、ぼくが手掛けてきたOTON GLASSというものについてお話ししていきたいと思っています。OTON GLASSというのは、文字を代わりに読み上げるメガネなんですけれども、元々ぼくの父が脳梗塞の後遺症で文字が読みづらくなる失読症という障害が残りまして、それをきっかけに仲間と一緒に開発を始めたものになっています。そこから、開発を共にする仲間が変わっていきながら、その都度その時におけるOTON GLASSというのが生まれて、バージョンアップというのを重ねていきました。また幸いにもですが父はリハビリのかいあって、今はかなり回復して文字も読めるようになりました。その過程で弱視の人に出会って、また様々なエンジニア、情報工学研究者やメディアアーティストの人と出会っていきます。そういった活動を経て、現在は自立共生する弱視者やエンジニアを増やすプロジェクトでFabBiotopeというのに取り組んでいます。本講義においては、このOTON GLASSからFabBiotopeに至るまでの過程を「OTON GLASSと僕」という、自らと、自らが主体となって生み出した人工物との物語として綴っていこうかと思っています。
 FabBiotopeに関しては『FabBiotope1.0→2.0』というタイトルで書籍を自作していて、そこにまとめられていまして、もし講義を通じて興味が湧いた方がいらっしゃいましたらぜひそちらも読んでみてください。本講義においては、FabBiotopeそれ自体には深く触れず、あくまでOTON GLASSからFabBiotopeに至る過程、つまり近過去についてお話していきます。『FabBiotope1.0→2.0』は、そういう意味では未来に向かっている文章で、企画書というか自らに向けた戯曲のようなものになっていて、他者が追体験できるようなものにはなっていません。本講義においては、OTON GLASSの物語と、実際にOTON GLASSを構成する要素技術に触れてもらう実践演習が対になった内容になっていて、ある意味、ある民話を実際に手を動かす、実装することで追体験するようなものになっています。これを「民話と実装」という知の伝達や保存の手法として位置付けて、本講義で実践してみたいと思っています。

 みなさん薄々気付いているかもしれませんが、この講義は、講義なんですが、みなさんが今まで受けたことのある講義とは違うなにかです。でも講義ではあります。ぼくと須田さんは講師で、みなさんは受講生です。この役割、そこから生まれる関係性がないと、この時空間が立ち上がらない。講義という形式、その見立てが必要です。では、いわゆる講義とはなにが違うのか、まあ色々違うわけですけど、ひとつはこういう理想的なというか、健常なからだの動かし方がある、というタイプのものではない。もちろんプロトタイピングというからだのふるまいなど大切だと思っているものはあるんですが、ひとそれぞれのプロトタイピングのふるまいとか系の紡ぎ方があって、それは当人にしか発見できないということを前提としています。では、じゃあやってみようと思っても、まっさらな状態では難しくて、ひとつその事例をからだに一度取り込んでみよう、というのが本講義です。あくまで自分にとっての個別のからだの動かし方を探していく参照として、その事例として、OTON GLASSとぼくの場合を知ってもらうような。
 また、ぼくと須田さんもいわゆる正統な教員ではありません。須田さんはちゃんと計十五回とかの授業を組んで実践されていますが、ぼくに至っては単発のゲスト講義とかが多いです。少なくともどちらも授業をする型は持っているのですが、いわゆる教員の方たちと比べると少し無責任というか、学生さんとはかりそめの関係性ですよね。少なくともぼくは真っ当な人間として受講生のみなさんの前に立っている感覚はありません。少し外れてしまった大人の事例としてぼくの話をしたり、実践を通じてそれを体験できるように方法論を渡したりしていて、それはある理想とするからだのふるまいに近付けるものというよりは、受講生の人にとってなにか切実な創造力が求められる場面が来た時のための準備運動というか、そういうものになるといいなと思っています。
 なので、いわゆるなにか正しいと思われるものがあって、それができるようにするという教育でもなければ、相手の内側からなにかを直接的に引き出していくものでもなく、あくまである個別の物語を追体験してみる、その事例を一度自分のからだに取り込んでみる、というような積極的なのか消極的なのか、よく分からない形になっています。でも、その絶妙な距離感というのが、切実な創造力が求められたときのための準備運動になるのに必要なのではないかと考えています。
 ということで、ややこしいですが本講義では、講義という形式を採用しながら《教育する/される》という関係をずらしていけないだろうかと思っています。そして、またこの関係性自体が、人の系を考えていくときの事例といいますか、例えばこういうこと、というようなものになればいいかなあとも思っています。これで、ひとまず、本講義の全体像の説明とさせていただき、次回からは『OTON GLASSと僕』の物語に入っていくというか、第一話みたいなものを綴っていければと思います。

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Keisuke Shimakage

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