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頭が身体にかえってゆく

2023年10月29日(日)
北鎌倉で六十年に一度開催される、洪鐘弁天大祭のパレードをさくらと観に行った。先月ごろまで全くこのお祭りの存在を知らなかった。偶然この年に自分が北鎌倉で生活を始めた不思議さを嬉しく思う。六十年に一度のお祭りなんて他に聞いたことない。
合摩と彼の同僚のトゥルプティさんとキランさんと合流し、五人でみこしやお囃子のパレードを観た。こんなに北鎌倉に人がいる光景は初めて見たし、次に見られるとすればきっと六十年後なのだと思うと、目の前の人だらけの光景に頭がくらくらする。
合摩たちとは昼過ぎに解散し、今度は腰越でめぐさんとゆうさんと合流。カフェで少し話をした後、ふたりの知り合いのアーティストのカナさんとパートナーのロジャーさんのアトリエにお邪魔した。カナさんが作った服をみんなで着ていたら、だんだん写真撮影が本格化してきた。
私が身につけたのは、暗めの黄色のレインコート風のジャケットにカナさんが絵の具で柄を描いたもの。太陽や植物を思わせるデザインで、大地のパワーを感じるようだった。身体を動かしたくなった。写真を撮られるとき、自然とポーズや顔の角度が自分の中から出てきた。服を着るという行為で、キャラクターが自分に勝手に入ってくる。衣装のすごさを身体で感じた。
夜は六人で近くの龍口寺に灯籠を観に行き、小さな灯がゆらゆら竹筒のなかで揺れているさまにうっとりした。腰越の定食屋さんで、かんぱちの刺身定食を食べ、満腹で家に帰る。たくさん初めましての人たちと出会い、多少疲れはあるけれど全く嫌な感じではない。とにかく鎌倉とのつながりを感じられた一日だった。

2023年10月30日(月)
観ようとしていた映画の上映開始時間に間に合わず、冒頭の五分ほどを見逃す。電車が遅れたので仕方なかったけれど、余裕をもって動けなかった自分にとても苛立ってしまった。私はひとつの映画やドラマを、ほんの少しでも見逃すことが、本当に嫌いなのだと改めて感じた。こんなにも嫌な気持ちになっていることに、自分自身がびっくりするほどだった。身体が一気に重くなった。
三時間以上ある作品だったのでほとんど観ることができたものの、最初を見逃していることが、ずっと胸の奥で引っかかってモヤモヤしていた。目の前の映画に純粋に集中することができず、私自身の内面にだいぶ引っ張られてしまった。そのせいか、観た作品自体のこともあまり好きになれなかった。
去年の東京国際映画祭で知り合ったプロデューサーのロバートが、数日前から連絡をくれていて、明日ロサンゼルスに帰る前に是非またお茶をしようということになっていた。ハリウッドでかなり大きな仕事をしている彼が、たまたま出会ったずっと歳下で経験も浅い私のことを、一年後も覚えていて連絡をくれたことは素直に嬉しかった。やっぱり肩書きなんて関係ない。ロバートがかなりのスピードでたくさん話すので、私は聞いているばかりだった。一時間ほどコーヒーを飲みながら話して、今度は一年経たないうちにどこかで再開しようと声を掛け合って、解散した。
帰りの乗り換えで大船で降りなければいけなかったのに、ぼんやりしていたのか通り過ぎていて、もう一度逆方向の電車に乗って戻った。今日はとことん上手くいかない。戸塚で買い物を済ませていたらあっという間に二十一時近く。特別ゆっくりしているつもりもないのに、どうして私はひとつのことをするのにこんなに時間がかかってしまうのだろう。
散々な一日で疲れていた。割引券を持っているファストフードのお店がちょうどあったので、夕飯を済ませてしまおうと思った。店に入りメニューを見るものの、決められない。とてもお腹が空いているので、塩気の強いハンバーガーや揚げ物を食べたらきっと美味しいけれど、なんだか食べたくない。どこか違和感がある。こういう時こそ料理をしたい。自分の手を動かして作る、素朴で基本的なものが食べたい。とても空腹ではあったけれど、ひとまず家まで我慢して、味噌汁と白米と納豆を食べようと決めた。
昨日カナさんロジャーさんの庭からいただいたおかわかめを洗って、味噌汁の具にした。白米と納豆を揃えて食べ終わった頃には、もう二十二時半になっていた。それでもやっぱり家で料理をして、ひとり静かに夕飯を食べたことで、今日の一日がこれで大丈夫だという気になった。

2023年10月31日(火)
昼過ぎからひかると映画作家のジェイミー、映画教育者のナタリーが北鎌倉に来てくれた。円覚寺をゆっくり拝観し、小津安二郎の墓へ挨拶をした。
円覚寺から少し歩いた「しんとみ」という食事処で昼食。お店は大正元年から続いているらしく、もともとは寿司屋だったが、戦時中米が手に入りにくくなり、ラーメンを出し始めたとのこと。私たちは全員ラーメンといなり寿司のセットを頼んだ。素朴で懐かしい感じのするしょうゆラーメンで、スープを全部飲み干すほど美味しかった。近くにこんなお店があってとても嬉しい。
友人の升本くんが展示をやっているというので、電車に乗って茅ヶ崎へ向かった。私が育った場所を、ひかるや今日初めて会った方たちに案内しているのは不思議な気分だった。案内や説明をしているというよりは、自分自身が茅ヶ崎という街を再発見している感覚だった。
偶然にも升本くんが展示をやっていた茅ヶ崎館という旅館は、小津が脚本を書いていた場所で、今日は小津に誘われる日なのだと思った。現在も多くの作家たちがこの旅館に泊まって脚本を書いている。展示を見つつ、ジェイミーが置いてあったピアノを弾き、オーナーの森さんがコーヒーを淹れてくれたりと、自由でとても良い時間だった。ナタリーが明るいうちに海を見に行きたいと言っていたので、日没前には茅ヶ崎館を出て、歩いてすぐの海岸に向かった。
ひかるは浜辺でタバコを吸い、ジェイミーとナタリーと私は波打ち際で足を水に浸けた。スコットランドやフランスに比べて水が暖かいという。するとジェイミーが服を脱ぎ出し、パンツ一丁で泳ぎ始めた。そうやって水に飛び込みたくなる気持ちはとても分かる。けれどさすがに今日は肌寒さが勝ち、私は泳ぎにはいかなかった。陽が沈んでからも朱色が残る空、灰色の海を眺めながら、浜辺に座ってぼんやりしていた。頭でごちゃごちゃ考えず、目の前の景色これだけで今日も良い日だったと思える。私が今暮らしている北鎌倉、子供時代を過ごした茅ヶ崎を満喫した、湘南に住んでいることが嬉しい一日だった。

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